2、お客さまです?
声のしたほうを振り向いたよつはは、そこに若い男性を見つけた。
ひょろりと背の高い男はよつはと目が合うなり笑顔を見せて、やあ、とばかりに片手をあげる。親しげなしぐさだが、男に見覚えはない。
もしかしたら男も大学生で、学校ですれ違ったことがある可能性もあったが、いまのよつはにはどんな場合にも使えるすばらしい対応策があった。
「いらっしゃいませ」
麦わら帽を取ってぺっこり頭をさげ、そのすきにさりげなく軍手をはずす。客として迎えてしまえば、知り合いだろうがそうでなかろうが関係ない。頭をさげてしまえば、よつはが苦手なスマイルを浮かべていなくとも気づかれない。
完璧な作戦を決行したよつはは、頭を上げるとそのまま流れるように動いて男を店へと誘う。
「どうぞ、入り口はこちらです」
「お? おお」
一瞬きょとんとした男だったが、すぐに示したとおりに飛び石を踏んで歩きだす。先に立って歩いたよつはは、さっと扉を開けて脇に避けた。
「おつかれさまでした。さあ、どうぞ中でお休みになって……」
扉のなかから聞こえたのは珠串の声。開いた扉からのぞいてみると、にっこり笑顔を男に向けた珠串が動きを止めていた。
「どーもどーも。あんたもまだ居たか。いやあ、ここに来てこんな歓迎されるとはね」
固まる珠串も気にせず笑う男はうれしそうに玄関で靴を脱ぐと、案内も待たずになかへと進んでいく。
「常連のかたです?」
この店を知っている風な男のようすを見て珠串にそう聞くと、ナイスミドルはようやく動きだし、いつものやさしい笑顔を見せてくれた。
「あれは客ではありませんから、放っておいてけっこうです。それよりもよつはさん、お疲れでしょう。お好きな椅子に座ってお待ちください」
にこやかに言う珠串だが、よつはばかりを見て男に顔を向けない。歓迎していない雰囲気を感じて、よつはは不安になった。
「……招き入れては、いけなかったですか?」
店内を見て回っている男に聞こえないように小声でたずねると、珠串はいえいえと首を横にふって困ったように笑う。
「申し訳ございません。わたくしの言い方が悪かったせいで、不安にさせてしまいましたね。ただ、簡単に説明するのは難しいものですから」
言いながら珠串はよつはをうながして、華奢な緑の椅子に座らせる。ついさきほどまであなたを待っていたんですよ、と耳元でささやいて、茶の用意をするために離れていった。
珠串が去ったのを見送って、よつはは椅子の背もたれをやさしくなでた。
よつはが来るのを待っていたらしい少女は、草むしりをしてくると告げたよつはにほほを膨らませていた。いっしょに来るかと誘えば、日焼けして色褪せたら嫌だから待ってるわ、と言った彼女は、きっと本当に待っていてくれたのだろう。
そこへよつは以外のひとを招きいれてしまったものだから、慌てて姿を消したのだろうか。
それを想像するとほほえましいと思ってしまうよつはだったが、椅子をきしきしと軽く鳴らして抗議する少女に遠慮して、表情は変えずに静かに座っていた。
「ねえねえ」
そこへ、部屋のなかをうろうろと見回っていた男が戻ってきた。
「しばらく来ないと物が増えるところだって知ってたけどさあ。ひとまで増えてるとは思わなかったよ」
へらりと笑った男は、よつはが座る椅子の前に立つ。
「お名前は?」
「……中紅よつは、です」
男は椅子の背に手をつき、よつはに覆いかぶさるようにして顔を近づけてくる。椅子がぎしぎしときしむのは、緑のワンピースの少女が不満を表しているのだろうか。どこかで、がたんと物音がする。
間近からのぞき込んでくる男の目をまっすぐに見返しながら、よつははすこし考えた。そして、ひょいと立ち上がった。
「うおっと!」
互いの顔が接触する寸前で、男がのけぞり後ずさる。ぎしぎしという音もぴたりと止まる。
その間によつははすっかり立ち上がって椅子の横に立ち、男から一歩距離をとった。
「はじめまして、中紅です。アルバイトです。こちらのお店には、五月の連休からお世話になっています」
ぺっこりさげたよつはの頭に、男の笑い声が落ちてくる。
「はははっ。さすが、ここにいるだけあって変わってるねえ」
「あまりよつはさんをからかわないでいただきたいですね。彼女は大切な人手なのですから」
珠串の声に頭を上げれば、片手に盆を乗せた和装のナイスミドルがよつはの前に立っていた。そのしゃんと伸びた背中にかくれて、よつははほっと息を吐く。
「大切な人手、ねえ。それで、その大切なよつはちゃんには、どこまで説明してあるの?」
「……数日前に、つくもがみの存在を伝えたところです」
「存在を伝えた、だけ? それでここに置いてんの? 大切だとか言っといて、それしか伝えてないの?」
「……大切だからこそ、言えないことも、あります」
妙に含みのある言い方をする男に、珠串はいつになく歯切れが悪い。
ふたりの間に流れる不穏な空気は感じ取れたが、珠串の背に隠れたよつはには、向き合って立つ男と珠串どちらの表情も見えなかった。




