3、くわしい説明をしてくれるそうです
「おれが全部、説明したげるよ」
甘く笑う男に言われて、よつはは珠串を見上げた。
がたん、と家のどこかからする物音をバックに、ナイスミドルはおだやかな笑顔のままほんのすこし眉毛を下げて、困ったように笑う。
「……よつはさんが望まれるのでしたら、わたくしには止められません」
「聞かないほうが、いいですか?」
よつはが尋ねると、珠串はますます困った顔になる。
「わかりません。事実を知ったよつはさんが、どう行動されるのか。わたくしには想像がつきませんから。ただ……」
口ごもる珠串をよつははじっと見つめる。見つめられていることに気がついた珠串は、弱々しく笑って首をふった。
「いえ、説明もせずにあなたをここへ引き入れたわたくしが、これを言うのはずるいですね」
そう言ってすっと身を引いた珠串が、よつはと男に座るよう促した。
よつはには「お好きな椅子へ」と言い、男には「専用のものがありますので」と部屋のどこからか古ぼけた木箱を持ってきた。
「おいおい、あんたもそろそろ耄碌してきたか?」
「はて。何かおっしゃいましたか? いやはや、歳をとると耳が遠くなるものでして」
口もとを引きつらせながら笑う男に、珠串はにこにこと笑って首をかしげる。
よつはは、ふたりが睨み合っているすきに少女が宿る緑の椅子を抱えて、こっそりと部屋のすみに移動させた。そこから男と珠串のいるところを振り返り、死角になる場所をさがしてそっと置いた。
そして、さっと部屋の中央に戻り珠串のよこに立つ。
「どこに座りますか」
よつはが問うと、珠串は視線だけで部屋のなかを見回してにっこり笑ってくれた。男に向けるものとはちがう、やさしい笑顔だ。
その笑顔のままよつはをいつもの縁台に案内した。縁台の片端によつはを座らせ、反対の端に珠串が座る。ふたりの間には、ひと一人分ほどのスペースがある。
珠串は手にしていた盆をそこへ置くと「どうぞ」とよつはに飲み物をすすめてくれた。盆のうえには飲み物がふたつ。ひとつは湯飲みで、もうひとつはグラスだ。
「あの、先にあちらのかたに」
「いいえ、これはどちらもよつはさんの物です」
まだ立ったままでいる男を見てよつはが言いかけたのを珠串はさえぎった。
そして盆に乗るふたつの飲み物を示して、にっこり笑う。
「こちらのグラスの中身は、よく冷えた緑茶です。外での作業は暑かったことと思いますから、ささやかな涼をお楽しみください」
示されたグラスは氷こそ入っていないが、しっとりと汗をかいている。珠串の言うとおり、中を満たす透き通った緑の液体は、しっかり冷えているのだろう。
「こちらの湯飲みの中身は、ほうじ茶です。冷たいものばかりでお体を冷やしてはいけませんから、ご用意いたしました。ほどよく冷めて、飲みごろになっているかと思います」
もうひとつの湯飲みからは、かすかに湯気があがっている。ほのかに香ばしい湯気が立ちのぼってきている。
並べられたふたつをじっと見て、よつはは首を傾げた。
「あのかたは……」
座るよつはたちのそばで、腕を組んで立つ男を見ながら聞けば、珠串はにっこりといい笑顔になる。
「不要です」
「あー、そんなこと言っちゃう? そんなこと言っちゃうなら、もういきなり本題に入っちゃうよ」
にこっと笑った男は、珠串が用意した古い木箱にどかっと座る。胡座をかくように片足を木箱に乗せると、その足の上にひじを置いてほおづえをついた。
からかうように目を細めた男は、よつはの目を見ながら口を開く。
「つくもがみ、って、知ってる?」
こっくり、よつははうなずく。冷たい緑茶を楽しみながら頭に思い浮かべるのは、緑のワンピースをひるがえす愛らしい少女だ。
「ここはね、つくもがみのための場所なんだよ。つくもがみとは、長いときを経た道具が意思を持ったもの。長いときを経るということは、それだけ長く大切に使われてきたということだ。古いだけじゃ、つくもがみは宿らない」
言って、男は自分の座る木箱をコツコツとたたく。たしかに古びているが、乾燥しきった木にはひびが入り、ささくれも見える。きっとそこには、宿るものはないだろう。
「そんでこの建物は、そんなつくもがみのために残されてる。というか、おれの祖父が残したんだ。つくもがみが生じて、それからも人の手で大切にされて、長く在り続けられるように、って」
ふむふむとうなずくよつはに、男がにっこり笑う。
「人に大切にされなくなったつくもがみが、どうなるか知ってる?」
首を横にふるよつはに、男はうれしそうに続ける。
「祟るんだよ。百鬼夜行って聞いたことないかな。妖怪や鬼が、群れて歩くやつ。出会うと死んでしまうって言われる怪異なんだけど、それを描いた絵巻物にね、いるんだよ。つくもがみが」
聞いたことはあるけれど、詳しくはしらない情報が目白押しで、よつはは目をぱちくりさせる。それをどう受け取ったのか、男はますます目を細めて笑う。
「大切にされなくなったつくもがみは、怒って悪さをするのかもしれない。だから、大切にしてくれるひとが必要なんだ、この建物には」
「……!!」
よつはは感動した。働き始めて数週間。ついに、自身の仕事内容が明らかになったのだ。わけもなく店内に座るだけの仕事ではなかった。ここに居て、まったりお茶を飲むことでだれかの助けになれていたのだ。
あまりにも仕事を回されないことにじつはちょっぴり落ち込んでいたよつはは、うれしくなった。うれしくて、無意識だったが目は輝き、ほほは上気した。ほほが熱くなったのは、手にした湯飲みの熱のせいだけでは、ないはずだ。
それが思っていた反応と違ったようで、男が焦ってことばを重ねる。
「えっと、つまりね。きみは、そのために利用されてるんだよ。どうやって引き込んだか知らないけれど、つくもがみがわんさかいるかもしれないこの場所で、好きに使われていたんだよ? 事実も知らされずに!」
「お役に立てていたなら、うれしいです」
うなずきながら話を聞いていたよつはが真顔で言えば、男は困惑したような表情で珠串に視線をやった。
「えぇ~。ちょっと、この子、なんなの? 全然こわがらないし」
「よつはさんは、われわれの予想の上を行かれるおかたですから」
「つくもがみが実在するって、わかってるの?」
戸惑う男と気が抜けたようにしゃらしゃら笑う珠串のやり取りを見ていたよつはだったが、男の発言ではっと思い出した。
持っていた湯飲みをそっと盆に戻すと、立ち上がるが早いか男の手を取って引っ張る。
「外に出ましょう!」




