1、庭のすみ
ふと見上げれば、目にはいる若葉の青さがきらりとまぶしい。自転車で駆けると気持ちのいいさわやかな風が感じられて、どこまででも進んでいけそうな気がしてくる。
道路から一歩その敷地内に入ると、どことなくひんやりとした雰囲気に包まれる白寿堂にもその風は訪れているらしく、春に萌えだした草木ものびのびと育ち、前庭の飛び石はなかば緑に埋もれていた。
それを避けながら進み、いちど玄関を開けたよつはは、室内にいた珠串にあいさつをしてすぐまた外に出る。
そしてアルバイトだからと自主的に着てきている襟付きの無地シャツの上にパーカーを羽織り、軍手をはめて、頭には麦わら帽子も装着する。
五月も半ばに差し掛かろうというのに、相変わらずよつはの仕事は椅子に座って珠串の淹れたお茶を飲み、ときどき姿を見せる椅子のつくもがみである少女の相手をするだけ。
「あたしの名前を考えるっていう大事な仕事があるでしょう。早く名前をつけてくれないと、呼んでもらえないじゃない!」
少女には会うたびそう言われるけれど、大事な仕事だからこそ焦って決めたくはない、とよつはは思う。
だから、今日は自分でほかに仕事をつくることにした。
それが、草むしりだ。
首にまいた淡いピンクのタオルは、本日はアルバイト先の草むしりをする、と報告した礼華ちゃんの差し入れだ。礼華ちゃんは相変わらず白寿堂のことを怪しいバイト先だと思っていて、会うたびにいろいろと心配してくれる。
今日も「今日こそはよつはちゃんのアルバイト先に行くんだから!」と言ってくれていたが、連れ立って大学を出る前に教授に呼び止められて「なんでいつも邪魔が入るの!」と怒りながら日焼け止めクリームをたっぷり塗って見送ってくれた。
今度お礼においしいものでも持っていこう。そう決意して、庭にしゃがんだよつはは草をむしりはじめた。
玄関からはじめた草むしりが庭のなかばまで進んだころ。
ずっとしゃがんでいた体を伸ばそうと立ちあがったよつはの視界のはしで、なにかが揺れた。
ぱっと顔を向けると、そこにあるのは伸び放題の草と庭木が何本か。そのあいだに隠れるようにして、ちいさな石灯篭がちょこんと立っている。動くものといえば長い草の葉が吹き抜ける風にさやさやと揺れているが、それだけだ。
気のせいか。そう思って体をほぐしにかかるよつはだったが、上半身をぐいっとひねったときに見えた景色に首をかしげる。
伸び放題の草、いくつかの庭木、ちいさな石灯篭。
見えるものは変わらないのに、違和感がある。
なにかが違うような気がする。
「…………」
じぃっと見つめて、違和感の正体をさぐる。
草はいろいろな種類が好き勝手に伸びてはいるものの、とくに変わった様子はない。
庭木の名前はわからないけれど、どれもすらりと細くひとの通行を邪魔しない、かつ陽射しをほどよくさえぎってくれる枝ぶりをしたふつうの木だ。
石灯篭はよつはの腰より低いくらいのちいさなもので、風雨に削られたのか角のとれたやわらかい形をしている。まだらに色の濃い箇所があるほかは、特筆するところもない。
さて、ではなにに違和感を覚えたのだろうか。
気になりつつも体を戻したよつはは、しゃがんで草むしりの続きに精を出す。
むしり、むしり。草の根といっしょに掘り起こしてしまったダンゴムシをつまんで逃がし、またむしりむしり。
よつはの通ったあとには、抜いた草の山が点々とできる。
そのままもくもくと作業すること、しばし。
見回せば、玄関からはじめた草むしりは最後の飛び石までたどりついていた。草を取ったのは、飛び石の周辺だけだが。
とはいえ、これで来客があっても足元を気にせず入ってきてもらえるだろう。いまのところひとりとして客のすがたを見てはいないけれど、だからといって備えておいて悪いことはないだろう。
それにしても、これだけ客が来ないのによつはの給料はどこから支払われているのだろう。毎週きっちりと計算をして現金を渡してくれる珠串は、お気になさらずにというけれど。
そんなことを考えながら、抜いた草の山を端に寄せて空を見上げたよつはは、きらめく緑に目を細める。
つくもがみと成った華奢な椅子の緑とは、またちがう緑だ。光を透かしながら重なる葉のどこかに、この庭に茂る草木のどこかに、あの少女の瞳と同じ色はないだろうか。
そう思ってゆるゆると視線を下ろしていったよつはは、草の間にたたずむ石灯篭に目を止めた。
「あ」
違和感の正体に気が付いたよつはが声をあげたとき。
「どうも、こんちは」
背後から誰かが呼びかけてきたのだった。




