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第七話

 建国神話


 天が生まれ、地が生まれ、光が生まれた後


 神は地上に降り立った。


 地界に初めて降り立った場所を神は「庭」と呼んだ


 神は自らに似せて人を作り


 自らの息子たちに庭を分け与えた


 神はやがて「帝」と呼ばれるようになり、


 3人の息子たちにより支えられ、共に榮えた。


 神帝曰く

「仁を以て徳と為せ

 徳を以て庭を統べよ

 子らよ邪心勿りしか

 子らよ庭を侵す事勿れ」


 (原文)

「以仁為徳、

 以徳統庭、

 子勿邪心、

 子勿侵庭」

 大庭協約(GGC)序文より引用 


 有史以来1000年に渡り、西庭国の帝家を中心として四庭家はGGC序文「子らよ庭を侵す事勿れ」の下、

 各庭家の領土を侵さずを是としてきた。

 西庭国、北庭国、南庭国はそれぞれ、四庭国の「外」であれば庭には当たらずとGGCを解釈し領土拡大を続けてきた。

 東庭国は外であれ「他人の庭」として侵すことなく建国以来の領土を固持している。

 四庭国は連合国家として「仁」という国号を有し、仁国皇帝として西庭国を最高位としつつも、

 四庭国でそれぞれの統治機構があり、文化・言葉・思想も少しずつ異なり始めている。


 仁建国から1000年を迎えようとするころ、


 西庭国の帝家は最も友好的である南庭国に対して、近年東庭海沿岸部での海運を寡占状態にしつつあるロンデール島嶼王国への侵攻を命じる。


 通商条約締結国及び軍事的同盟関係であるロンデール島嶼王国への侵攻を受け、東庭国は集団的自衛権を行使する。


 ロンデール島嶼王国領にて、東庭国と南庭国は戦闘状態に突入する。


 有史以来初めての庭園相撃である。



『砲兵戦術論 第一巻』

 東庭国陸軍砲兵科運用教本

 東庭国陸軍編纂局

 

 第三章 島嶼防衛戦における砲兵運用

 第一節 島嶼戦域の特性

 東庭国の国防環境は、本土大陸部と島嶼部によって構成される。

 本土においては鉄道網および道路網による兵力機動が可能であり、上級司令部による支援も比較的容易である。

 しかし島嶼戦域においては事情が異なる。

 各島嶼は海峡によって分断されており、戦時には相互支援が著しく困難となる。

 敵海軍が制海権を獲得した場合、その傾向はさらに顕著となる。

 島嶼守備隊は孤立し、独立して戦闘を継続しなければならない。

 したがって島嶼防衛戦において孤立は例外ではない。

 想定である。

 

 第二節 最小戦略単位としての連隊

 本軍は島嶼防衛戦における連隊を最小戦略単位として位置付ける。

 連隊は単なる戦術単位ではない。

 一方面の防衛を遂行し得る戦略単位である。

 各連隊は上級司令部との連絡を失った場合においても戦闘を継続し得る能力を保持しなければならない。

 しかしながら、現代戦において歩兵のみで防衛戦を継続することは困難である。

 特に上陸戦においては、敵橋頭堡形成以前の火力発揮が戦局を左右する。

 ゆえに島嶼防衛を担当する各方面には、連隊戦力を支援するための砲兵連隊を配属するものとする。

 

 第三節 砲兵連隊の存在意義

 砲兵連隊の任務は単純な火力支援ではない。

 砲兵連隊は島嶼戦域における戦域火力そのものである。

 歩兵連隊が地形を保持し、敵を拘束する存在であるならば、砲兵連隊は戦域全体に対して火力を配分し、その戦闘力を保証する存在である。

 島嶼戦域においては各連隊が孤立することを前提とする。

 ゆえに砲兵連隊は単一部隊のみを支援してはならない。

 砲兵連隊は方面全体を支援しなければならない。

 一個大隊が危機に陥ったからといって、その軍全体の火力を投入することは適切ではない。

 砲兵将校は常に戦域全体を見なければならない。

 一地点の勝利によって他方面が崩壊したならば、それは勝利ではない。

 

 第四節 火力集中と火力分散

 火力集中は戦闘の要諦である。

 十分な火力を一点に投射した場合、防御陣地は容易に破砕される。

 しかし島嶼戦域においては、その原則のみを追求することは危険である。

 複数島嶼が同時に攻撃を受けた場合、一方面への過度な火力集中は他方面の崩壊を招く。

 したがって砲兵将校は、

 

 集中すべき時に集中し

 分散すべき時に分散し

 維持すべき時に維持する

 

 能力を備えなければならない。

 砲撃は敵を撃破するためだけに行われるものではない。

 敵を遅滞させるため。

 敵を拘束するため。

 敵の行動を制限するため。

 戦場の形を整えるため。

 砲撃がこれらの目的を達成したのであれば、その任務は成功である。

 

 第五節 観測の重要性

 砲兵の目は観測員である。

 砲そのものではない。

 射撃諸元がいかに正確であろうと、観測を欠いた砲撃は無価値である。

 観測なくして修正はない。

 修正なくして命中はない。

 命中なくして勝利はない。

 勝利なくして国はない。

 砲兵連隊は砲の損失を恐れる以前に観測能力の損失を恐れなければならない。

 砲兵が失うべきでないものは砲ではない。

 観測である。

 失われた砲は補充できる。

 失われた観測は補充できない。

 観測能力を失った砲兵連隊は、存在していても存在しないことに等しい。

 

 巻末 砲兵将校の心構え

 砲兵は歩兵ではない。

 歩兵は敵を見る。

 砲兵は結果を見る。

 ゆえに砲兵将校は推測によって判断してはならない。

 敵に損害を与えたと思うこと。

 敵が退いたと信じること。

 味方が優勢だと考えること。

 その全ては観測されていない限り価値を持たない。

 観測されない戦果は存在しない。

 確認されない損害は存在しない。

 本軍砲兵科には古くから伝わる二つの言葉がある。

 

 砲兵とは、観測された事実のみから喜びを見出す。

 正射必中。

 

 この言葉は、本国における火器運用の黎明期に松永空住によって創始された松永流火砲術にその源流を持つ。

 松永流火砲術には次の一節が伝わる。

 

 夫れ鉄砲とは、的を知り銃を知れば百発百中なり。的を知りて銃を知らざれば半ば中り、的を知らざれば遂に中ることなし。是れ則ち正射必中の道なり。

 

 砲兵科の思想は、この教えを受け継ぐものである。

 

 砲兵将校はこの言葉を忘れてはならない。

 楽観は推測から生まれる。

 悲観もまた推測から生まれる。

 砲兵に許されるのは事実のみである。

 命中を確認したならば喜べ。

 損害を確認したならば受け入れよ。

 確認されていない事柄について語るな。

 観測された事実のみを基準とする者だけが、継続して正しい射撃を行うことができる。

 

 巻末 訓示

 孤立は失敗ではない。

 想定である。

 弾薬不足も失敗ではない。

 想定である。

 支援の途絶も失敗ではない。

 想定である。

 砲兵将校は常に最悪の状況から思考しなければならない。

 砲兵連隊の使命は戦場の幸福を願うことではない。

 戦場に必要な火力を与え続けることである。

 たとえ味方歩兵が見えなくとも。

 たとえ支援が来なくとも。

 たとえ自身が孤立していようとも。

 砲兵連隊は射撃を継続しなければならない。

 その為に砲兵連隊は存在する。

 その為に砲兵将校は存在する。

 その為に砲兵は存在する。

 その為に砲は存在する。

 最初の一発が来た。


 土が弾け、遅れて音が叩きつけるように押し寄せる。間を置かず、次の着弾がその上に重なった。砲撃は途切れない。


 第三小隊はすでに配置についている。照準は取れている。観測点も確保されていた。撃てる状態ではあった。


 だが、水城は撃たなかった。沖を見ている。


 艦影が、広がっている。


 一列ではない。正面に集まってもいない。横へ、薄く広がるように配置されている。その数は、もはや一隻二隻と数えて意味のあるものではなかった。


 視界の端まで続いている。


 砲撃は均等に落ちていた。どこか一点に集中している様子はない。島を選んでいない。


 古賀が低く言う。


「撃つ場所を決めておりませんな」


「違う」


 水城は即座に否定する。


「決めている」


 そして、答えを置く。


「島嶼全域だ」


 意味が変わる。突破ではなく、圧力であった。


「なるほど、線を作りに来ている、と」


 古賀の言葉に、水城は短く応じる。


「分散させる気だ」


 それで足りていた。


 伝令が走ってくる。


 息を切らしながら報告する。


「報告! 東側島嶼群に敵上陸! 中隊規模、各島に分散!」


 水城は動かない。


「位置は」


「各島、同時です!」


 その報告に重なるように、別の伝令が飛び込んでくる。


「南側でも同様!」


 報告は続く。


 すべて同じ内容だった。


 中隊規模。各島。同時。


 古賀が言う。


「想定どおりですな」


「ああ」


 水城は答える。視線は沖のままだった。


 古賀が沖を見やる。


「こちらは連隊で八糎砲が総数六十四門。そこから減って減って、今は半数の三十二門あれば良い方ですな」


「ああ」


 水城は沖を見たまま答えた。


「向こうは護風型の三十糎級が八門。それだけじゃない。巡洋装甲艦の主砲、副砲まで含めれば七十門近い。副砲は片舷だけを砲撃に使うとしても、それでも四十門を超える」


 古賀が小さく息を吐く。


「数も口径も負けておりますな。さすがは戦艦二、巡洋装甲艦十の物量ですな」


「ああ」


 水城は頷く。


「正面から殴り合えるものではない」


 古賀が笑う。


「厳しいですな」


「だからそんなことはしない」


 水城は即座に答えた。


「そもそも前回の艦橋への直撃弾も、まぐれと言っていいからな」


 古賀は苦笑した。まったく事実だった。


 艦隊は動く。距離もある。


 命中そのものが奇跡に近い。


「では」


 古賀が促す。


 水城は地図へ視線を落とした。


「今回は散弾で輸送艦と上陸艇を狙う」


 一拍。


「それ以外は捨てる」


 さらに続ける。


「というより、当たったところで抜けん 前回は火力を集中することで嫌がらせにもなったが、今回これではな」


 古賀が頷く。


「なるほど」


 砲撃はさらに精度を上げている。観測点の周囲にも間断なく落ちる。


「……すでに観測は通ってるな」


 水城が言う。


「修正も早い」


 古賀が応じる。


 着弾に無駄がなかった。


 砲撃の間を縫うように、海面に影が現れる。


 上陸艇だった。


 一隻ではない。複数。それが各方向から同時に近づいてくる。


「来たか」


 古賀が言う。


 水城は視線を移す。


 だが、そこでわずかに止まる。


 違う。


 来ていない。


 この島には、向かっていない。


 上陸艇は、水城たちの陣地を外して進んでいた。東、南——周囲の島へ分散して向かっている。


「外縁からですか」


 古賀が息を吐く。


「囲っている」


 水城は頷く。


 それで十分だった。


 不安げな顔をした一等兵が古賀へ声を掛けた。


「軍曹殿、なぜ敵はこの島に来ないんでしょう」


 古賀の眉が吊り上がる。


「なんだと? 貴様、それでも砲兵か!」


 隣で赤鬼が現出したところで、水城が口を挟んだ。


「良い」


 古賀が口を閉じる。


 水城は山口へ視線を向けた。


「良いか、山口一等兵」


「敵はこの島に来ないんじゃない」


 さらに続ける。


「"まだ来ていない"が正しい」


 山口は首を傾げる。


 水城が言う。


「砲兵戦術論 第一巻、巻末は?」


 そこまで聞いて山口ははっとしたように姿勢を正した。


「砲兵とは、観測された事実のみから喜びを見出す──であります!」


「ああ」


 水城は頷く。


「そういうことだ」


「観測された事実だけを見ろ」


「敵が来ないことは観測されていない」


「観測されているのは、まだ来ていないという事実だけだ」


 山口は大きく頷いた。


「はっ! ありがとうございます!」


 古賀が肩を竦める。


「中尉殿。小官の仕事を奪ってもらっては困りますな」


 水城は苦笑した。


「どうせこの後、お前が赤鬼になって怒鳴り散らさなきゃいけなくなる」


 古賀も笑う。


 砲撃は続く。観測を押さえ、頭を上げさせない。


 その間に、各島で上陸が始まる。


 第一波が接岸する。


 小隊規模ではない。中隊規模。


 それが各島に分散して上がる。


「……上がりました」


「ああ」


 水城は短く答える。


 撃てば届く島もある。


 だが撃たない。


 どこに撃っても足りない。


 火力は足りていなかった。


 報告が変わる。


「……東側島嶼、接敵!」


「南側、交戦開始!」


「西でもこの島以外の小規模な島嶼に上陸が始まりました!」


 各島で同時に戦闘が始まる。


 時間差を置いて、報告が変化する。


「……東側、後退!」


「観測点移動!」


「陣地一部放棄!」


 接敵から、後退へ。


 さらに、


「……南側第一線、圧迫!」


「敵増加なし、だが押されている!」


 言葉が揃う。


 押されている。


 数は増えていない。


 古賀が言う。


「一中隊で一島、固定してきますな」


「ああ」


 水城は答える。


「抜く気はない」


 一拍。


「縛る気だ」


 その認識が、そのまま戦況だった。


 やがて。


「……第一防御線、失陥!」


 報告が来る。


 続けて、同様の報告が時間差で届く。


 順に、落ちる。


 だが一気には来ない。


 均等に削られていく。


 水城は沖から視線を外す。


 この島は、まだ来ていない。


 来ていないのではない。


 残されている。


 それだけだった。


 これは、開始に過ぎなかった。


 一日目が終わる。


 砲撃は完全には止まらない。断続的に続いていた。各島で戦闘が続き、接触と後退、再配置と再編が繰り返される。


 失われた位置を埋める。


 埋めきれない場所もある。


 それでも、線は維持されていた。


 維持されているだけであった。


 夜が来る。火の手が上がる島もあれば、沈黙している島もある。どこも同じではないが、状況は同じだった。


 持っている。それ以上ではない。




 二日目。


 砲撃は変わらない。だが意味が変わる。


 水城は沖を見ている。


 砲撃は途切れない。弾数は十分だった。


 だが、効いていない。


 着弾は均等だった。


 どの島にも同程度に落ちている。


 偏りがない。集中していない。


 結果として、どの地点にも決定的な打撃は与えられていなかった。


 一箇所に火力を集中すれば、戦線は崩れる。


 観測と修正が通っている以上、それは可能なはずであった。


 だが現実には、そうなっていない。


 火力は分散させられている。


 意図的に。


 古賀が言う。


「……火力が散っておりますな」


 水城は否定しない。


「艦隊が広く展開してる分、点に集中できる砲が足らん」


 地図を見たまま続ける。


「敵は各島に対して射撃を割り当てている」


「それぞれに対応を強制され、我が軍の一か所あたりの火力も落ちる」


 一拍。


「嫌がらせにしても、決め手にならない」


 古賀が頷く。


「どうにか耐えることはできる」


「だが、押し返せはしない」


 水城は短く答える。


「ああ」


 砲撃は強い。


 だが運用の仕方が違う。


 教本の通りに言うなら「火力集中は戦闘の要諦である」。


 突破や撃退に用いるのであれば、特定の一点に集中し、短時間で圧倒するだけの火力を投射するはずであった。


 だが現在の射撃はそれを行えていない。


 各島を均等に押さえられ、反撃は戦線を固定するために使用されている。


 南庭艦隊の目的は殲滅ではない。


 抑圧であった。


 接触点が増えている。戦線が広がり、薄く引き伸ばされていく。


 各島から報告が上がる。


「接触継続」


「敵増加なし」


「だが引けない」


 同じ内容が繰り返される。


 誰も押し切られてはいない。


 だが誰も押し返していない。


 水城はしばらくそれを聞いている。


「……止めてるな」


 古賀が視線を上げる。


「止める、でありますか」


 水城は地図を見たまま答える。


「突破する気がない」


 一拍。


「進めるだけなら、もうどこか一か所は抜いている」


 実際、そうであった。


 各島で優勢は取られている。


 だが決定的な攻勢は来ていない。


「押し込めば崩れる場所はある」


 古賀が言う。


「だがやらない」


 水城は頷く。


「均している」


 一拍。


「どこも落とさない代わりに、どこも維持させる」


 古賀が小さく息を吐く。


「逃がしませんな」


「動かさない」


 水城は続ける。


「動かした瞬間に切るつもりだ」


 それで十分だった。


 戦線は維持されている。


 だがそれは安定ではない。


 固定されている。


 意図的に。


 砲撃の意味も同じだった。


 殲滅のためではない。


 頭を上げさせないためのもの。


「……時間をかけておりますな」


 古賀が言う。


「ああ」


 水城は短く答える。


「時間を使って、形を作ってる」


 その形が、まだ見えていないだけだった。


 だが、分かる。


 十分だった。


 水城は地図を見る。


 線はつながっている。だが遠い。


 支えきれない。


 古賀が言う。


「広がりましたな」


「ああ」


 水城は答える。


「持っているが、このままでは無理が出る」


 一拍。


「明日だ」


 古賀は何も言わない。


 水城は沖を見る。


 まだ変化はない。


 だが、分かる。


 それで十分だった。


「明日、大きく動くぞ」

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