第八話
建国神話
天が生まれ、地が生まれ、光が生まれた後
神は地上に降り立った。
地界に初めて降り立った場所を神は「庭」と呼んだ
神は自らに似せて人を作り
自らの息子たちに庭を分け与えた
神はやがて「帝」と呼ばれるようになり、
3人の息子たちにより支えられ、共に榮えた。
神帝曰く
「仁を以て徳と為せ
徳を以て庭を統べよ
子らよ邪心勿りしか
子らよ庭を侵す事勿れ」
(原文)
「以仁為徳、
以徳統庭、
子勿邪心、
子勿侵庭」
大庭協約(GGC)序文より引用
有史以来1000年に渡り、西庭国の帝家を中心として四庭家はGGC序文「子らよ庭を侵す事勿れ」の下、
各庭家の領土を侵さずを是としてきた。
西庭国、北庭国、南庭国はそれぞれ、四庭国の「外」であれば庭には当たらずとGGCを解釈し領土拡大を続けてきた。
東庭国は外であれ「他人の庭」として侵すことなく建国以来の領土を固持している。
四庭国は連合国家として「仁」という国号を有し、仁国皇帝として西庭国を最高位としつつも、
四庭国でそれぞれの統治機構があり、文化・言葉・思想も少しずつ異なり始めている。
仁建国から1000年を迎えようとするころ、
西庭国の帝家は最も友好的である南庭国に対して、近年東庭海沿岸部での海運を寡占状態にしつつあるロンデール島嶼王国への侵攻を命じる。
通商条約締結国及び軍事的同盟関係であるロンデール島嶼王国への侵攻を受け、東庭国は集団的自衛権を行使する。
ロンデール島嶼王国領にて、東庭国と南庭国は戦闘状態に突入する。
有史以来初めての庭園相撃である。
『砲兵戦術論 第一巻』
東庭国陸軍砲兵科運用教本
東庭国陸軍編纂局
第三章 島嶼防衛戦における砲兵運用
第一節 島嶼戦域の特性
東庭国の国防環境は、本土大陸部と島嶼部によって構成される。
本土においては鉄道網および道路網による兵力機動が可能であり、上級司令部による支援も比較的容易である。
しかし島嶼戦域においては事情が異なる。
各島嶼は海峡によって分断されており、戦時には相互支援が著しく困難となる。
敵海軍が制海権を獲得した場合、その傾向はさらに顕著となる。
島嶼守備隊は孤立し、独立して戦闘を継続しなければならない。
したがって島嶼防衛戦において孤立は例外ではない。
想定である。
第二節 最小戦略単位としての連隊
本軍は島嶼防衛戦における連隊を最小戦略単位として位置付ける。
連隊は単なる戦術単位ではない。
一方面の防衛を遂行し得る戦略単位である。
各連隊は上級司令部との連絡を失った場合においても戦闘を継続し得る能力を保持しなければならない。
しかしながら、現代戦において歩兵のみで防衛戦を継続することは困難である。
特に上陸戦においては、敵橋頭堡形成以前の火力発揮が戦局を左右する。
ゆえに島嶼防衛を担当する各方面には、連隊戦力を支援するための砲兵連隊を配属するものとする。
第三節 砲兵連隊の存在意義
砲兵連隊の任務は単純な火力支援ではない。
砲兵連隊は島嶼戦域における戦域火力そのものである。
歩兵連隊が地形を保持し、敵を拘束する存在であるならば、砲兵連隊は戦域全体に対して火力を配分し、その戦闘力を保証する存在である。
島嶼戦域においては各連隊が孤立することを前提とする。
ゆえに砲兵連隊は単一部隊のみを支援してはならない。
砲兵連隊は方面全体を支援しなければならない。
一個大隊が危機に陥ったからといって、その軍全体の火力を投入することは適切ではない。
砲兵将校は常に戦域全体を見なければならない。
一地点の勝利によって他方面が崩壊したならば、それは勝利ではない。
第四節 火力集中と火力分散
火力集中は戦闘の要諦である。
十分な火力を一点に投射した場合、防御陣地は容易に破砕される。
しかし島嶼戦域においては、その原則のみを追求することは危険である。
複数島嶼が同時に攻撃を受けた場合、一方面への過度な火力集中は他方面の崩壊を招く。
したがって砲兵将校は、
集中すべき時に集中し
分散すべき時に分散し
維持すべき時に維持する
能力を備えなければならない。
砲撃は敵を撃破するためだけに行われるものではない。
敵を遅滞させるため。
敵を拘束するため。
敵の行動を制限するため。
戦場の形を整えるため。
砲撃がこれらの目的を達成したのであれば、その任務は成功である。
第五節 観測の重要性
砲兵の目は観測員である。
砲そのものではない。
射撃諸元がいかに正確であろうと、観測を欠いた砲撃は無価値である。
観測なくして修正はない。
修正なくして命中はない。
命中なくして勝利はない。
勝利なくして国はない。
砲兵連隊は砲の損失を恐れる以前に観測能力の損失を恐れなければならない。
砲兵が失うべきでないものは砲ではない。
観測である。
失われた砲は補充できる。
失われた観測は補充できない。
観測能力を失った砲兵連隊は、存在していても存在しないことに等しい。
巻末 砲兵将校の心構え
砲兵は歩兵ではない。
歩兵は敵を見る。
砲兵は結果を見る。
ゆえに砲兵将校は推測によって判断してはならない。
敵に損害を与えたと思うこと。
敵が退いたと信じること。
味方が優勢だと考えること。
その全ては観測されていない限り価値を持たない。
観測されない戦果は存在しない。
確認されない損害は存在しない。
本軍砲兵科には古くから伝わる二つの言葉がある。
砲兵とは、観測された事実のみから喜びを見出す。
正射必中。
この言葉は、本国における火器運用の黎明期に松永空住によって創始された松永流火砲術にその源流を持つ。
松永流火砲術には次の一節が伝わる。
夫れ鉄砲とは、的を知り銃を知れば百発百中なり。的を知りて銃を知らざれば半ば中り、的を知らざれば遂に中ることなし。是れ則ち正射必中の道なり。
砲兵科の思想は、この教えを受け継ぐものである。
砲兵将校はこの言葉を忘れてはならない。
楽観は推測から生まれる。
悲観もまた推測から生まれる。
砲兵に許されるのは事実のみである。
命中を確認したならば喜べ。
損害を確認したならば受け入れよ。
確認されていない事柄について語るな。
観測された事実のみを基準とする者だけが、継続して正しい射撃を行うことができる。
巻末 訓示
孤立は失敗ではない。
想定である。
弾薬不足も失敗ではない。
想定である。
支援の途絶も失敗ではない。
想定である。
砲兵将校は常に最悪の状況から思考しなければならない。
砲兵連隊の使命は戦場の幸福を願うことではない。
戦場に必要な火力を与え続けることである。
たとえ味方歩兵が見えなくとも。
たとえ支援が来なくとも。
たとえ自身が孤立していようとも。
砲兵連隊は射撃を継続しなければならない。
その為に砲兵連隊は存在する。
その為に砲兵将校は存在する。
その為に砲兵は存在する。
その為に砲は存在する。
三日目。
夜明け前から報告が続いていた。
「西側第五島嶼、制圧」
「第七島嶼、連絡途絶」
「第九島嶼、守備隊壊滅を確認」
伝令は次々に現れては去っていく。
その度に地図の上から防衛線が消えていった。
水城は黙ってそれを見ている。
古賀が地図へ目を落とした。
「あと西はここだけですな」
「ああ」
否定できる材料はなかった。
西側島嶼群はほぼ制圧された。
残っているのは孤立した部隊ばかりだった。
沖を見る。
海面に影が並んでいる。
上陸艇だった。
前日まで各島へ散っていた艇群が、一つの方向へまとまり始めている。
こちらだった。
「来たか」
古賀が言う。
「ああ」
今度こそ。
本当に来た。
伝令が駆け込んでくる。
「中隊本部命令!」
古賀が命令書を受け取り、目を走らせる。
すぐに水城へ渡した。
「面白い命令ですな」
水城も目を通す。
内容は簡潔だった。
全砲同時射撃。
目標、上陸艇群。
弾種、散弾。
初撃以後、自由射撃。
古賀が笑う。
「やっと撃たせてもらえますな」
「ああ」
水城は命令書を畳んだ。
「準備だ」
砲員たちが走り出す。
弾薬箱が開けられる。
運ばれてきた散弾が並べられる。
砲口は海へ向けられていた。
中隊保有全六門。
その全てが上陸艇を待っていた。
「第三小隊、装填完了!」
山口の声が響く。
別方向から報告が続く。
「第一小隊も装填完了とのこと!」
報告が揃う。
古賀が空を見上げた。
中隊本部方向。
白煙が上がる。
発煙信号だった。
「撃て!」
六門が同時に吠えた。
砲声が重なる。
衝撃が地面を揺らした。
一拍。
海面の向こうで水柱が立つ。
その中に上陸艇が消える。
続けて第二射。
第三射。
以降は自由射撃だった。
各小隊は独自に目標を選ぶ。
海面が荒れる。
艇が砕ける。
転覆する。
炎上する。
散弾は上陸艇に対して十分な効果を発揮していた。
それでも数が多い。
一隻沈んでも次が来る。
二隻沈んでも列は消えない。
古賀が双眼鏡を下ろした。
「効いておりますな」
「ああ」
効いている。
だが足りない。
やがて沖の動きが変わった。
先頭集団が反転を始める。
続いて後続も距離を取る。
「退いていきます!」
誰かが叫んだ。
陣地に安堵が広がる。
山口が拳を握った。
古賀が苦笑する。
「嫌がらせぐらいにはなったようですな」
「そうだな」
水城も否定しなかった。
だが視線は海から離さなかった。
束の間の休息だった。
水が配られる。
乾パンが配られる。
砲員たちは岩陰へ座り込んだ。
古賀が言う。
「全く、忙しいのと暇なのとが激しくて酔いそうだな」
周囲で小さな笑いが起きる。
その空気は長く続かなかった。
観測員が声を上げる。
「上陸艇群再出現!」
全員が立ち上がった。
沖を見る。
そして息を呑む。
増えていた。
明らかに。
先ほどよりも。
「どれくらいだ」
水城が聞く。
観測員は双眼鏡を離さない。
「分かりません」
一拍。
「ですが、先ほどより遥かに多い」
古賀が眉をひそめた。
「増援ですな」
「ああ」
だが妙だった。
上陸艇は進まない。
輸送艦周辺に集結したまま動きを止めている。
まるで何かを待っているようだった。
「始まるぞ」
水城が言った。
次の瞬間だった。
島全体が揺れた。
砲撃だった。
今までとは比べものにならない。
着弾。
着弾。
さらに着弾。
砲撃は一点に集中している。
この島だった。
「全力ですか」
古賀が言う。
「全力ではない」
水城は答えた。
「だが十分だ」
観測所が吹き飛ぶ。
塹壕が崩れる。
通信線が切れる。
昨日まで各島へ分散していた火力が、今はこの島へ集中していた。
火力集中。
教本の通りだった。
十分な火力は防御陣地を破砕する。
南庭艦隊はそれを実行していた。
「陣地転換!」
水城が叫ぶ。
砲員たちが飛び出す。
転換というより避難に近かった。
砲を守るためではない。
人員を守るためだった。
次の着弾が陣地を飲み込む。
土煙が空を覆う。
古賀が怒鳴る。
「走れ! 止まるな!」
誰も止まらない。
止まれば死ぬ。
砲撃は続いた。
断続的に。
執拗に。
観測点を潰し。
通信を潰し。
指揮所を潰し。
砲兵を潰すために。
やがて伝令が現れた。
血まみれだった。
水城の前まで来ると崩れ落ちる。
「報告……」
声が掠れている。
「中隊本部……壊滅」
周囲が静かになる。
砲声だけが遠く響いていた。
水城が聞く。
「確認したのか」
「確認しました」
伝令は頷いた。
「金谷中隊長……戦死」
短い報告だった。
だが十分だった。
水城は目を閉じる。
長くはない。
数秒。
それだけだった。
やがて再び目を開く。
戦争は続いている。
砲撃も続いている。
古賀は水城を見た。
第三小隊長。
つい数時間前までそうだった。
だが今は違う。
中隊本部は消えた。
金谷大尉もいない。
残っている将校は一人だけだった。
古賀は改めて周囲を見る。
走る伝令。
伏せる砲員。
続く砲撃。
誰かが指揮を執らなければならない。
それだけだった。
古賀が歩み寄る。
そして敬礼する。
「中尉殿」
水城が顔を上げる。
古賀は静かに言った。
「ご指示を」
一拍。
砲撃が続く。
地面が震える。
古賀は続けた。
「今、我が中隊の最上級将校は水城中尉殿です」
水城は何も言わない。
砲煙の向こうには、まだ無数の上陸艇が待機していた。




