第六話
建国神話
天が生まれ、地が生まれ、光が生まれた後
神は地上に降り立った。
地界に初めて降り立った場所を神は「庭」と呼んだ
神は自らに似せて人を作り
自らの息子たちに庭を分け与えた
神はやがて「帝」と呼ばれるようになり、
3人の息子たちにより支えられ、共に榮えた。
神帝曰く
「仁を以て徳と為せ
徳を以て庭を統べよ
子らよ邪心勿りしか
子らよ庭を侵す事勿れ」
(原文)
「以仁為徳、
以徳統庭、
子勿邪心、
子勿侵庭」
大庭協約(GGC)序文より引用
有史以来1000年に渡り、西庭国の帝家を中心として四庭家はGGC序文「子らよ庭を侵す事勿れ」の下、
各庭家の領土を侵さずを是としてきた。
西庭国、北庭国、南庭国はそれぞれ、四庭国の「外」であれば庭には当たらずとGGCを解釈し領土拡大を続けてきた。
東庭国は外であれ「他人の庭」として侵すことなく建国以来の領土を固持している。
四庭国は連合国家として「仁」という国号を有し、仁国皇帝として西庭国を最高位としつつも、
四庭国でそれぞれの統治機構があり、文化・言葉・思想も少しずつ異なり始めている。
仁建国から1000年を迎えようとするころ、
西庭国の帝家は最も友好的である南庭国に対して、近年東庭海沿岸部での海運を寡占状態にしつつあるロンデール島嶼王国への侵攻を命じる。
通商条約締結国及び軍事的同盟関係であるロンデール島嶼王国への侵攻を受け、東庭国は集団的自衛権を行使する。
ロンデール島嶼王国領にて、東庭国と南庭国は戦闘状態に突入する。
有史以来初めての庭園相撃である。
南庭国戦闘序列
※開庭暦1012年5月 第一次東南戦争開戦時
南庭国嶼州鎮定軍
軍司令:南庭 時政 大将
└─ 嶼州鎮定艦隊
艦隊司令:榊原 正彰中将
└─副官:浅霧 亮少佐
├─ 第1戦隊(先発)戦隊司令:榊原中将(兼任)
│ ├─ 戦艦「護風」(旗艦)
│ ├─ 巡洋装甲艦(白波型×4 荒波型×2)
│ ├─ 大型人員輸送艦×4(第1軽装歩兵旅団)
│ ├─ 支援艦艇×9
│ └─ 上陸用舟艇多数
│
└─ 第2戦隊(予備戦力)※南庭本国待機
├─ 戦艦「護濱」戦隊司令:柏崎 高次少将
├─ 巡洋装甲艦(白波型×3 荒波型×1)
├─ 大型人員輸送艦×6(第2軽装歩兵旅団)
├─ 支援艦艇×9
└─ 上陸用舟艇多数
└─ 上陸戦部隊(陸上戦力)
├─ 第1軽装機動歩兵旅団
├─ 第2軽装機動歩兵旅団
├─ 旅団砲兵隊(軽野戦砲・臼砲)
├─ 工兵隊
├─ 通信隊
└─ 補給隊
└─ 軍直轄
└─ 情報部
ロンデール島嶼王国は、本島とそれを取り巻く多数の島嶼から構成されている。
島嶼は本島の東西に帯状に広がり、その数は多いが、南北方向への展開は限られている。
そのため、湾口を押さえれば、航路はある程度限定される。
本島北部には王都が置かれている。
北岸は切り立った崖となっており、海上からの直接侵入は困難であった。
対して南部にはロンデール湾が広がる。
湾内には緩やかな海岸が形成されており、大規模な上陸が可能な地形となっていた。
したがって、上陸地点は限定される。
南岸である。
南庭国本国。
嶼州鎮定艦隊第一戦隊司令部より、打電が発せられる。
——第二戦隊の投入を要請する。
文面は簡潔だった。
損害報告も、戦術分析もない。
必要な事実だけが並べられている。
数刻後。
それに対する返答が届く。
——第二戦隊、出動。
——五日後、現地合流予定。
命令は即時に伝達された。
港の水兵たちが動き出す。
炉に火が入れられる。
煙が立つ。
蒸気が上がる。
第二戦隊は、そのまま海へ出た。
五日間。
それが、臨時編成ロンデール島嶼王国派遣防衛軍およびロンデール軍司令部参謀部が提示した時間的猶予であった。
五日目に第二戦隊が合流する。
それまでは動きはない。そう見られていた。
第一師団、第二師団の損害は極端に偏っていた。
第一師団の歩兵部隊は比較的軽微である。
損耗は存在するが、その多くは分隊規模に留まり、指揮系統は維持されていた。
戦列は保たれている。
対して第二師団。
とりわけ第301砲兵連隊の損害は大きかった。
観測点の露出。
修正中の滞留。
継続射撃による位置露見。
三日間の砲撃戦で、観測と通信は優先的に叩かれている。
砲の損失もある。
だが致命的だったのは、人員の断絶であった。
中、小隊は孤立し、各砲は個別に消耗した。
構成単位としての砲兵は残っているが、体系としての砲兵は崩壊していた。
再編は、その断絶を繋ぎ直す形で行われる。
残存砲兵を抽出し、分隊単位で再構成する。
元の所属は維持されない。
別中隊、別師団、観測班残存。
それぞれ異なる単位に属していた兵が、一つに集められる。
技量は同じである。
だが手順と癖が違う。
号令に対する反応が、わずかにずれる。
それでも砲は撃てる。
それで十分だった。
中隊単位でも再配置が行われる。
第二小隊は第一小隊へ。
第四小隊は第三小隊へ。
維持できる小隊数が限られていたためである。
中隊は二個小隊に集約され、第一小隊は金谷中隊長の直率である。
砲は六門。
中隊と呼べる最低限であった。
第三小隊の陣地に補充が到着する。
二個分隊。
砲二門。
すべて砲兵である。
だが同一部隊ではない。
他の損耗した砲兵部隊を解体し、抽出された要員であった。
結果として、小隊は三門体制となる。
馬車が列をなして入り、所定位置で停止する。
覆いが外され、砲が姿を見せる。
状態は悪くない。
人員が降りる。
動きは揃っていない。
弾薬箱が降ろされる。
測距具が運ばれる。
数人が砲架に手をかけるが、力が揃わず一瞬だけ止まる。
「重ぇな」
ぼそりと誰かが言う。
間を置かず、古賀が返す。
「軽くなるまで待つか」
小さな笑いが起きる。
すぐに収まる。
「持て」
別の声がかかる。
そのまま運び出される。
砲の据え付けに入る。
水平を取り、角度を合わせる。
手順に誤りはない。
だが動きは揃わない。
わずかな遅れが積み重なる。
「……合わせろ」
誰かが言う。
完全には揃わない。
それでも止まらない。
それで進む。
第三小隊は三個分隊に再編される。
第一分隊。
第二分隊。
第三分隊。
第一分隊は古賀軍曹直轄。
残された経験者を核として編成される。
第二、第三分隊には伍長が配置される。
統一された動きではない。
だが射撃は成立する。
それで十分だった。
ロンデール陸軍も島嶼へ展開を開始していた。
本来は市街地戦から合流する予定だった部隊である。
だが前線へ出る。
小舟で島を移動し、補給と連絡を担う。
戦力としては限定的である。
それでも、戦場の隙間を埋めていた。
補充兵の一人が砲身を拭っている。
油布でなぞり、止める。
また拭く。
汚れはない。
それでも繰り返す。
その横で別の分隊が乾パンを齧っている。
「……やっぱり固いな」
「前よりマシだろ」
「確かに、豆腐だと思って食うようにするよ」
小さな笑いが起こる。
補充兵はそれを見ている。
手は止まらない。
水城が声をかける。
「初陣か」
「……いえ、前回の上陸戦にも参加しております」
「ただ、補充に回っておりました」
水城は頷く。
「そうか」
それで終わりだった。
「基礎教練通りにやればいい。
それだけにすがれ」
古賀が言う。
「“砲兵は観測された事実のみから喜びを見出す”——ですな」
「楽観も悲観もせず、事実だけを基準にする」
「中尉殿はそう仰っている」
「はい!」
水城はそれを見ている。
何も言わない。
先ほどの分隊はまだ乾パンを齧っている。
「次はどの島で寝ることになるかな」
「どの島“と”じゃなくてか?」
「お前は島とも寝るのか」
「ああ、穴なら死ぬほどあるからな」
笑いが大きくなる。
音がない。
砲声は消えている。
三日間続いたものが、完全に途切れている。
耳がそれに慣れていなかった。
沖合に艦影が浮かぶ。
一隻、二隻。
その後ろにも続く。
増えている。
倍だ。
誰かが息をのむ。
古賀の声。
「総員傾注」
水城が向き直る。
「敵は二個戦隊」
一拍。
「既知の事実だ。今さら驚くことはない」
「教練通りに撃て」
「込めて、撃って、観測して、転換する」
「嫌というほどやってきたことを、今日もやる」
わずかに間。
「今回は的が倍だ。よく当たる」
小さな笑い。
すぐに消える。
「よし」
「総員、配置につけ」
動きが変わる。
装具が触れられる。
砲が据えられる。
「装具点検」
同じ動作が繰り返される。
教練通り。
「小銃は、いつでも使える状態にしておけ」
手が一瞬止まる。
すぐ動く。
遊底が引かれる。
乾いた音。
砲兵にとって、小銃は使うものではない。
今は違う。
動きがわずかに丁寧になる。
震えがある。
だが止まらない。
古賀が一瞥する。
それで十分だった。
砲の傍らに小銃が置かれる。
すぐ取れる位置。
すぐ使える向き。
距離が詰まる。
艦影が大きくなる。
第二次ロンデール湾上陸戦が、始まろうとしている。




