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第五話

建国神話


 天が生まれ、地が生まれ、光が生まれた後


 神は地上に降り立った。


 地界に初めて降り立った場所を神は「庭」と呼んだ


 神は自らに似せて人を作り


 自らの息子たちに庭を分け与えた


 神はやがて「帝」と呼ばれるようになり、


 3人の息子たちにより支えられ、共に榮えた。

 神帝曰く

「仁を以て徳と為せ

 徳を以て庭を統べよ

 子らよ邪心勿りしか

 子らよ庭を侵す事勿れ」


 (原文)

「以仁為徳、

 以徳統庭、

 子勿邪心、

 子勿侵庭」

       大庭協約(GGC)序文より引用 


有史以来1000年に渡り、西庭国の帝家を中心として四庭家はGGC序文「子らよ庭を侵す事勿れ」の下、


各庭家の領土を侵さずを是としてきた。


西庭国、北庭国、南庭国はそれぞれ、四庭国の「外」であれば庭には当たらずとGGCを解釈し領土拡大を続けてきた。


東庭国は外であれ「他人の庭」として侵すことなく建国以来の領土を固持している。


四庭国は連合国家として「仁」という国号を有し、仁国皇帝として西庭国を最高位としつつも、


四庭国でそれぞれの統治機構があり、文化・言葉・思想も少しずつ異なり始めている。


仁建国から1000年を迎えようとするころ、


西庭国の帝家は最も友好的である南庭国に対して、近年東庭海沿岸部での海運を寡占状態にしつつあるロンデール島嶼王国への侵攻を命じる。


通商条約締結国及び軍事的同盟関係であるロンデール島嶼王国への侵攻を受け、東庭国は集団的自衛権を行使する。


ロンデール島嶼王国領にて、東庭国と南庭国は戦闘状態に突入する。


有史以来初めての庭園相撃である。


東庭国臨時編成ロンデール島嶼王国派遣防衛軍戦闘序列

※開庭暦1012年5月 第一次東南戦争開戦時

軍司令:狭嶋 氏智 中将

──────────────────────────

├─ 第1師団(嶼州北部正面・本島防衛)

│ 師団長:鷹宮 恒一 少将

│ ├─ 歩兵第103連隊

│ ├─ 歩兵第107連隊

│ ├─ 歩兵第112連隊

│ ├─ 師団砲兵大隊

│ ├─ 工兵大隊

│ ├─ 通信大隊

│ └─ 輜重大隊

├─ 第2師団(嶼州南部・島嶼展開/上陸阻止)

│ 師団長:桐生 正景 少将

│ ├─ 歩兵第105連隊

│ ├─ 歩兵第109連隊

│ │

│ ├─ 第301砲兵連隊

│ │ ├─ 第一大隊

│ │ │ ├─ 第一中隊

│ │ │ │ └─ 第二小隊(ロンデール湾西側島嶼配備)

│ │ │ │

│ │ │ │  〔小隊編制〕

│ │ │ │  ├─ 第1分隊(7名/砲1門)

│ │ │ │  ├─ 第2分隊(7名/砲1門)

│ │ │ │  ├─ 第3分隊(7名/砲1門)

│ │ │ │  ├─ 第4分隊(7名/砲1門)

│ │ │ │  │

│ │ │ │  ├─ 小隊本部分隊

│ │ │ │  │ ├─ 小隊長 水城 昴 少尉

│ │ │ │  │ ├─ 副官  古賀 軍曹

│ │ │ │  │ ├─ 観測班 3名

│ │ │ │  │ └─ 通信班 2名

│ │ │ │  │

│ │ │ │  ├─ 衛生分隊(5名)

│ │ │ │  └─ 牽引馬(4頭)

│ │ │ │

│ │ │ │     総員:40名

│ │ │ │

│ │ │ └─ (各中隊・小隊が島嶼に分散配備)

│ │ │

│ │ └─ (他大隊略)

│ │

│ ├─ 師団直轄砲兵中隊

│ ├─ 工兵大隊

│ ├─ 通信大隊

│ └─ 輜重大隊

└─ 軍直轄部隊(司令部直轄)

├─ 独立野戦砲兵隊

├─ 騎兵偵察隊

├─ 近衛第一連隊

└─ 憲兵隊

 ロンデール湾の外縁に展開する嶼州鎮定艦隊は、

 三日間にわたる砲撃戦の痕跡をそのまま海上に引きずっていた。


 湾口は狭く、その内側に踏み込めば射界は限られ、外に出れば散在する島嶼群が観測点として機能する。

 砲兵の側から見れば、ここは固定された防御線ではなく、位置を変え続けながら撃ち続ける“面の火力”で構成された戦場だった。


 その結果が、いま海面に浮いている。


 破断した木片にしがみつく者、仰向けのまま視線だけを空へ向ける者、制服の色でようやく所属が判別できる程度に崩れた躯体が、波間にいくつも散らばっていた。


「右舷、漂流者多数!」


 駆逐艦の甲板で声が上がり、浮き輪と縄と鉤が投げ込まれる。


 縋りつく。

 だが力が入らない。


 濡れた手が滑り、指が離れ、そのまま海面に叩きつけられる。


 再び浮かび上がる者もいれば、そのまま沈む者もいる。

 血はすぐに水に溶け、色を失う。


 引き上げられた一人が甲板に転がされる。


 何かを訴えようと口を開くが声は出ず、胸部は途中で消失しており、呼吸という行為そのものが成立していなかった。


 次の波が来たとき、その動きも止まる。


 その横を、戦艦「護風」が進んでいる。


 推進は維持されている。

 だがそれを“戦闘艦として航行している”と呼ぶ者はいなかった。


 艦橋は崩壊している。


 外形こそ辛うじて残っていたが、上部構造は内部から吹き飛ばされ、装甲板は外側へめくれ、骨組みだけが露出している。

 その内側にあったはずの区画は、もはや区別がつかない。


 伝声管は各所で裂断し、千切れた断面が垂れ下がる。

 声を通す経路は寸断され、どこにも届かない。


 電信室は焼失していた。

 計器も配線も、そこにいた人間ごと炭化している。


 連絡という概念そのものが、この艦では既に機能していなかった。


 艦橋直撃。


 報告としては一行で済む事象だったが、内部で起きていたのは“壊滅”に近い。


 艦長以下、直上の指揮系統に属する高級将校はほぼその場で肉塊へ変質している。

 肉塊でないものも、壁面に張り付いたものか、構造材の隙間に挟まれたもので、原形を保っているとは言い難かった。


「報告を続けろ」


 護風艦内、臨時に設けられた指揮所で榊原正彰中将が言った。


 声は一定だった。

 その声を拾っているのは、直接届く距離にいる者だけである。


 浅霧が報告する。


「護風、艦橋機能喪失。艦長以下高級将校、戦闘不能」


 書面を一度確認する。


「通信系統、復旧不能」


 続ける。


「第二輸送群所属大型輸送艦、轟沈」


 一瞬だけ言葉が止まる。


「搭載していた連隊は、行動能力喪失と判定。実質的に壊滅」


 榊原は視線を落としたまま地図を見ている。


 島嶼は点在している。

 三日間、あらゆる方位から砲撃を受けた位置がそのまま刻まれている。


 本来であれば制圧してから進むべき場所だった。


 観測点を潰し、射界を削り、徐々に圧力をかける。

 それが教範通りの進め方だ。


 だが今回の作戦は、それを省略した。


 南岸へ直接上陸し、一気に橋頭堡を確保する。

 嶼州編入を既成事実化し、他戦域への圧力を軽減する。


 そのための電撃戦だった。


 結果として、島は残り、砲も残り、観測も生きていた。


 固定されていない砲兵を、艦砲で完全に封じることはできない。

 動く敵に対しては、連続した観測と修正を行う側が有利になる。


 そして——輸送艦が沈んだ。


 榊原の中で、結論はすでに出ていた。


 これは一個艦の損害ではない。


 一個連隊の消失は、そのまま上陸戦力の穴となる。

 穴がある状態での上陸は、成立しても維持できない。


 維持できない橋頭堡は意味を持たない。


 浅霧が口を開く。


「継続した場合、損害は加速度的に増大します」


 榊原は頷きもしない。


「分かっている」


 短い沈黙。


「信号旗を上げろ」


 副官が反応する。


「後退だ。全艦へ通達しろ」


 命令は簡潔だった。それ以上の説明を要する状況ではなかった。


 甲板上で信号兵が動く。


 旗が引き上げられ、展開される。

 色が並び、風を受けて翻る。その組み合わせが意味するのは一つだけだった。


 ——退却。


 護風が転舵する。舵が入り、艦首が湾外へ向く。


 推進は落ちているが、確実に進路は変わる。


 その横で、輸送艦が沈んでいく。


 艦尾が沈み込み、甲板が傾き、保持していた人員が一斉に崩れる。


 手すりにしがみつく者、飛び込む者、そのまま滑り落ちる者。


 いずれも同じ方向へ消えていく。白い泡が立ち、すぐに消える。


 船体が完全に水線下に没したとき、海面には何も残らなかった。


 誰も声を出さない。


 出す必要がなかった。


 護風が煙を吐く。黒煙が断続的に上がる。


 辛うじて制御されている転舵と、掲げられた信号旗が、艦の生存を示している。


 他艦も転舵を開始する。隊形は崩れ、間隔が広がる。


 統制された前進ではなく、損害を抱えた艦隊が後退へ移行する過程そのものだった。




 水城はそれを見ていた。

 小隊も同じ方向を見ている。


 言葉はなかった。


 それが、後退であることだけは、誰一人として疑わなかった。


 砲撃の間隔が、変わる。最初の変化は、わずかだった。


 同じ調子で続いていた弾着が、ほんの一拍だけ遅れる。


 次弾が来るまでの空白が、意識される程度に伸びる。


 それが一度ではない。


 二度、三度と続く。


 地面の跳ね方が違う。


 これまで収束していた弾着が、わずかに外れ始める。


 修正が遅れている。


「……間が伸びてる」


 第三分隊の一人が言う。


 誰も返さない。誰の目にも明らかだった。


 弾はまだ来ているが、揃っていない。観測と修正が一致していない。


「砲撃、弱まってます」


 観測員が報告する。水城は黙っている。


 原因は明確だった。


 沖合では、すでに護風が後退を開始している。


 その動きに合わせて、他の艦も追随に入る。


 だが隊形は崩れている。距離も角度も揃わない。


 統制の取れた射撃ではない。各艦が個別に撃っている。


 弾は来る。


 だが、当たらない。


「……指揮を潰したか」


 古賀が低く言った。


 水城は答えない。視線を外さずに見ている。


 そのときだった。


 巡洋装甲艦が、前へ出る。


 護風の側面に位置を取り、緩やかに進路を変える。


 数隻が同時に並ぶ。


 次の瞬間、甲板から白煙が噴き上がった。


 一度ではない。複数の艦から、意図的に放たれている。


 煙は低く、横へ広がる。


 風に押され、帯のように海面を覆う。


 最初は透けて見える。艦影がぼやける程度。


 だが連続して煙が足される。層が重なり、密度が増す。


 護風の輪郭が崩れ、やがて完全に溶ける。


「煙幕ですか」


 古賀が言う。


 水城が答える。


「後退の掩護だ」


 煙の向こうで、艦の動きが見えなくなる。


 砲撃はまだ続いている。だが照準は完全に甘い。


 観測が効いていない。


 撃っている。だが見えていない。


 修正もされない。


 弾着は散り、次弾は遅れる。


 やがて途切れる。


 最後に一発、大きく外れた砲弾が土を抉る。


 それで終わりだった。


 煙が流れていく。


 ゆっくりと、海面をなぞるように薄れていく。


 残ったのは、何もない沖だった。


 嶼州鎮定艦隊は、完全に視界から消えていた。


 射程の外へ出ている。


 音が消える。


 三日間続いていたものが、唐突に断ち切られる。


 耳が慣れない。静けさに違和感が残る。


 そのときだった。


「……出てきましたな」


 古賀が、沖を見たまま言う。


 水城も視線を動かす。


 煙の流れの先、視界の端に、細い帆が現れる。


 低い喫水。

 軽い船体。


 風を受けて、滑るように進む。


 一隻ではない。


 二隻、三隻——さらに増える。


 ロンデールの商船だった。


 戦うための船ではない。


 だが、進路を取る。


 後退していく艦隊の航路に対し、

 わずかに交差する角度で前へ出る。


 正面からは入らない。


 横から、かすめるように。


「……航路を塞ぐ気か」


 古賀が低く言う。商船は距離を詰めない。


 だが、外れない。


 後退軌道の前へ出て、横切る。


 一隻では意味は薄い。


 だが数が増えると違う。舵を切らせ、微調整を強いる。


 そのわずかな修正が、後続艦との間隔を狂わせる。


 さらに別の船が入る。また横切り、離脱する。それ繰り返す。砲撃はない。反撃もない。


 撃ってまで排除する価値がない距離と規模。


 だが——無視することもできない。進路は乱れる。速度は揃わない。煙幕の残りと重なり、視界はさらに悪化する。


 後退は続いている。だが整然とは言えない。


「……海を知っている動きだ」


 古賀が言う。誰も否定しない。


 商船は深入りしない。交差して、離れる。

 また別の船が入る。

 撃ち合いはなく、損害も出ない。


 ただ、退いていく側の動きが、わずかに鈍る。


 それだけだった。


 そして——


 最初の声が、遠くで上がった。

 どの島からかは分からない。


 風に流されて届いた、短い叫びだった。


 意味は判別できない。だが人の声だった。時間を置いて、別の方向からも上がる。


 さらにもう一つ。繋がってはいない。連絡しているわけでもない。


 だが同じ光景を見て、同じ判断に至った者たちが、それぞれの場所で声を上げている。


 それが、波のように広がる。


 距離を渡るうちに、声の形は崩れる。

 だが意味だけは残る。


 ——引いた。


 それだけが伝わる。


 第三小隊は、しばらくそれを聞いていた。誰も最初には応じない。


 ただ、声が近づいてくるのを待つ。


 島影の向こうから、はっきりとした喊声が届く。


 別方向でも、同じ声が返る。


 古賀が、短く息を吐く。


 そのときだった。


「……やったんだ」


 低い声が一つ漏れる。


 すぐに、もう一つ。


 誰かが意図して合わせたわけではない。


 ただ、同じところで止めていたものが、同時に外れただけだった。


「引いた!」


「持ったぞ!」


 声は大きくない。人数も少ない。


 だが確かに、そこにある。


 さらに一人、もう一人と重なる。


 それ以上は続かない。長く叫ぶ必要はなかった。


 水城は、その中に加わらなかった。


 しかし、止めもしなかった。


 沖を見たまま、立っている。


 やがて声は自然に収まる。


 それで足りていた。




 撃ち合いは終わった。


 残ったのは、数だけだった。第三小隊は壊滅していないが、元の編成とは別物になっている。


 第三分隊五名

 第四分隊二名

 観測班一名

 通信班一名

 衛生兵一名

 水城・古賀を含めて計十二名。


 数としては残っているが、欠けた部分の方が大きかった。


 古賀が、砲兵陣地を一瞥して言った。


「しかし、たった三日で残存が一個分隊ですか……

 随分きつい戦でしたな」


 水城は答えるまでに、わずかに間を置いた。


「兵には申し訳ないことをした」


 視線は外さない。


「……だが、ロンデール湾全体でとはいえ、

 あの規模の艦隊の砲撃を耐えたんだ。


 小隊が丸ごと消えなかっただけでも、

 良しとせねばならん」


 古賀は何も返さなかった。


 それが答えだった。


「報告、持っていきますか」古賀が言う。


 水城は頷く。

「直接行く」

 伝令に任せる距離ではなかった。


 島の裏手を回り、仮設指揮所に向かう。地面は掘り返され、砲撃の跡がそのまま残っている。歩くたびに破片が靴底で鳴る。


 途中、担架とすれ違う。布の上のものは形を保っているものもあれば崩れているものもあるが、誰も目を合わせない。


 指揮所は低地に置かれていた。天幕と土嚢、その奥に人影がある。


「第三小隊、水城少尉」


 声をかける。


「入れ」


 即答だった。


 中には金谷縁大尉がいた。木箱を机代わりに地図を広げ、その上に肘をついている。顔を上げ、一瞬で状況を読む。


「……減ったな」


 短い。


 水城は書面を差し出す。


「損害報告です」


 受け取り、目を走らせ、指が一瞬だけ止まる。


「……第三が残ったか」

 視線が一度だけ、報告書の下へ落ちる。


「第四は……二名か。砲は失ったな」


 短く言う。


 そのまま紙を畳みかけるが、わずかに止まる。


「近衛から回された分隊だったな」


 独り言に近い。


「他も似たようなものか」


 小さく息を吐く。


「……あとで、礼と詫びは入れておく」


 それ以上は言わない。紙を畳み、横に置く。


「しかしよく持たせた」


 評価ではなく、事実の確認に近かった。


 水城は答えない。


 金谷が一拍置く。


「それと——」


 わずかに視線を上げる。


「貴様は中尉だ」


 短かった。


 水城は反応しない。


「野戦昇進。書類は後で来る」


 一瞬だけ間。


「……大隊全体で小隊長の戦死が多すぎる、穴埋めだと思ってくれていい」


 水城は小さく息を吐く。


「そうですか」


 それだけだった。


 任官三年目に入れば、大きな問題がなければ中尉には上がる。

 それが制度だった。今回もその範囲から大きく外れてはいない。紙一枚分、早まっただけだった。


「……戻れ。配置は変わらん、再編と補充内容は決まり次第改めて展開する」


「了解」


 それで終わった。


 外に出る。空気は変わっていない。ただ音がない。それだけが違っていた。


 少し歩いたところで、水城が足を止める。


 水城が小さく息を吐く。


「なあ、古賀軍曹」


 その声には、珍しく感情が混じっていた。


「どうしました、少尉殿」


「……疲れた」


 短い言葉だった。


 沈黙が落ちる。その横顔を見て、古賀はふと思う。


 ——この人も、二十歳そこそこの年齢に見合った顔をするのだと。


 そして同時に、

 普段は“鬼軍曹”だの“鬼そのもの”だのと呼ばれている自分が、

 今は兄か、あるいは父親のような顔をしているのだろうとも思った。


「……そうですな」


「戻りますか」


 水城はうなずく。


 水城は懐から皺の寄った煙草を取り出した。


 一本くわえ、火をつける。


 火先が小さく揺れた。


 ゆっくりと煙を吐く。


「……ガキの頃、親父から盗んだ時は、

 ひどくまずい物と思ったが」


「今日ほど、こいつを旨く感じた日はないな」


 煙が風に流れる。


 古賀は何も言わなかった。


 ただ、同じ方向を見ていた。


 二人は、また歩き出す。





 その頃、嶼州鎮定艦隊は湾外で再集結していた。


 各艦の損害は異なるが、共通しているのは作戦が中断されたという事実だった。簡易の会合で地図が広げられる。


 榊原は黙ってそれを見る。島嶼が並び、三日間の砲撃記録がそのまま残っている。


「……結果は明白です」


 参謀の一人が口を開く。


「島嶼を無視して南岸へ直接上陸した場合、観測点を残したままとなり、艦隊は全周射界に入ります」


 机上の説明に過ぎない。だが今回はそれがそのまま現実になった。


「初動で押し切る前提でした」


 別の将校が言う。


「押し切れなかった」


 榊原が言う。


 それで終わる話だった。


 沈黙が落ちる。


 浅霧が地図を見たまま口を開く。


「順序を逆にする必要があります」


 榊原はわずかに頷く。


「島から潰す」


 短い一言だったが、それで十分だった。


 南岸上陸自体は変わらない。


 だがそこへ至る経路は、まったく別のものになる。


 電撃戦は終わった。


 次は制圧戦だった。

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