第二話
建国神話
天が生まれ、地が生まれ、光が生まれた後
神は地上に降り立った。
地界に初めて降り立った場所を神は「庭」と呼んだ
神は自らに似せて人を作り
自らの息子たちに庭を分け与えた
神はやがて「帝」と呼ばれるようになり、
3人の息子たちにより支えられ、共に榮えた。
神帝曰く
「仁を以て徳と為せ
徳を以て庭を統べよ
子らよ邪心勿りしか
子らよ庭を侵す事勿れ」
(原文)
「以仁為徳、
以徳統庭、
子勿邪心、
子勿侵庭」
大庭協約(GGC)序文より引用
有史以来1000年に渡り、西庭国の帝家を中心として四庭家はGGC序文「子らよ庭を侵す事勿れ」の下、各庭家の領土を侵さずを是としてきた。
西庭国、北庭国、南庭国はそれぞれ、四庭国の「外」であれば庭には当たらずとGGCを解釈し領土拡大を続けてきた。
東庭国は外であれ「他人の庭」として侵すことなく建国以来の領土を固持している。
四庭国は連合国家として「仁」という国号を有し、仁国皇帝として西庭国を最高位としつつも、
四庭国でそれぞれの統治機構があり、文化・言葉・思想も少しずつ異なり始めている。
仁建国から1000年を迎えようとするころ、
西庭国の帝家は最も友好的である南庭国に対して、近年東庭海沿岸部での海運を寡占状態にしつつあるロンデール島嶼王国への侵攻を命じる。
通商条約締結国及び軍事的同盟関係であるロンデール島嶼王国への侵攻を受け、東庭国は集団的自衛権を行使する。
ロンデール島嶼王国領にて、東庭国と南庭国は戦闘状態に突入する。
有史以来初めての庭園相撃である。
嶼州沖に展開する南庭国嶼州鎮定艦隊は、東庭側沿岸砲兵による初弾を受けていた。
射程は適正範囲内であったが、散布界は広く、命中弾は認められない。しかし弾着は明瞭であり、発砲位置の推定には十分であった。
「着弾、艦右二百」
報告を受け、榊原正彰中将は双眼鏡を下ろした。視認できるものはない。だが位置は割り出せる。東庭砲兵の射撃は教範通りであり、同時に教範通りの欠点も露呈していた。稜線裏に均等配置された陣地、統一された観測、標準化された射撃諸元。整然としているが、柔軟性に欠ける。
「砲兵陣地は稜線裏に点在している。観測も統一されている」
一拍置いて、榊原は言い切った。
「潰せる」
艦橋の空気がわずかに締まる。
「諸君、ようやく我々の知る戦争の時間だ。艦砲、撃ち方用意」
命令は短い。各艦は即応し、砲塔旋回、測距、諸元入力を機械的に進める。
「初弾は不要だ。修正を優先しろ。第二射で寄せる。第三射で当てる」
「――撃て」
発砲。艦体が震え、発射炎が吹き出す。数瞬後、弾は陸上へ向かった。
水城昴少尉の指揮する砲兵陣地は、すでに捕捉されていた。空気を裂く音が降り、直後に着弾。九十年式八糎野戦砲の側に落ちた弾は直撃こそ免れたが、破片で一名が倒れる。
「来たか」
第二射、第三射。修正速度は速い。観測されていることは明白だった。九十年式はなお展開途上であり、砲床固定も照準も不十分。本来なら準備完了後に撃つべき砲である。しかし、その時間は存在しない。
「連中、さすがですな。海上からもう合わせてきた」
古賀軍曹の声には、まだ余裕があった。
「装填急げ。遅れるな」
水城の声は抑制されていたが、命令は明確だった。砲員は即応する。一名を欠いたが、動作は維持されている。
至近弾。土砂と破片が降る。
「頭下げろ!」
古賀が怒鳴る。
「寝て終わりか! 手ぇ動かせ! 撃って当てなきゃ終わらんぞ!」
伏せたまま動けない若い兵を、古賀は容赦なく蹴り飛ばす。
「伏せるだけなら餓鬼でもできる! 装填急げ!」
自ら砲架に取り付き、手を動かす。南庭の射撃は修正を続け、着弾は確実に近づいていた。
「少尉殿! 完全に捕捉されています! 陣地転換を!」
古賀が吼える。
「分かっている! だがキューマル式の足では、転換中に上陸を許す!」
水城は吼え返す。
「撃てるうちに撃つ」
古賀は一瞬だけ水城を見る。意味を理解し、すぐに吼える対象を戻す。
「聞いたな! 撃てるうちだ! 止まるな!」
砲員の動きが加速する。恐怖は残っているが、手は止まらない。
装填完了。しかし照準は不完全。命中は期待できない。だが撃たねば一方的に潰されるだけだ。
「……上げろ。そのままでいい」
砲口がわずかに動く。さらに着弾。破片が飛び、一人が倒れる。水城は見ない。
「――撃て」
発射。鈍い反動。着弾は確認できない。直後、再び至近弾。
「もう一発だ! まだ動くぞ!」
古賀の怒号は止まらない。
「九十年式様が泣くぞ! まだ“撃てるうち”だ!」
誰かが笑った。場の緊張がわずかに緩む。砲は残る。人は減る。それでも作業は継続される。
「……継続だ」
水城は短く言った。それが唯一の方針だった。
砲撃間隔がわずかに伸びた。南庭艦隊が前進に合わせ、修正に入っている。
「今のうちだ。負傷者の後送と再装填急げ」
「小隊長殿、死者はどうしますか」
「今はどうにもできん。認識票だけ回収しろ。衛生兵は負傷者を優先しろ」
古賀はそれを見て言う。
「少尉殿。任官二年目でしたな」
「そうだ」
「海賊と山賊を追い回して、あとは小規模な叛乱を鎮圧した程度で、まともな戦は初めてのはずですが……妙に場慣れしておられますな」
そのとき砲員が一人倒れた。誰も止まらない。
「もちろん慣れているわけではない」
水城は空を見上げ、弾着までの間を測る。
「当たる距離でも撃てない。手順が揃わなければな。訓練でも同じだった」
古賀は鼻を鳴らす。
「なるほど。訓練の延長ですか」
「違うな」
水城はわずかに首を振る。
「訓練の方が楽だ」
一瞬だけ、表情が歪む。
「少なくとも、実弾で撃ち返されることはない」
古賀はわずかに笑った。
「それは確かに」
水城は続ける。
「……値踏みするような助教の軍曹が、
常に横にいることを除けば、な」
土砂と硝煙と血の舞う中で、古賀軍曹だけが声を出して笑っていた。




