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馬車一台から始める異世界物流  作者: 甘藷屋


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第6話 初めてのアルネス

第6話 初めてのアルネス


 十一歳になった春、初めてアルネスへ行くことになった。


 きっかけは夕食の時だった。


「明後日、アルネス行くんだけど」


 父がスープを飲みながら言った。


 俺はすぐ顔を上げた。


「仕事?」


「うん。商談」


 母が横から言う。


「飲みに行くんじゃなくて?」


「商談だよ」


「前もそう言ってたわね」


「今回は本当に」


 兄が笑っている。


 どうやら前科があるらしい。


「俺も行っていい?」


 父の手が止まった。


「アルネス?」


「うん」


「なんで?」


「見たい」


「何を?」


「街」


 半分は本当だった。


 もう半分は、そこへ出入りする馬車を見たかった。


 父は少し考えた。


「ガルドの馬車で行くけど、それでもいい?」


「いい」


「結構揺れるよ」


「大丈夫」


 母がこっちを見る。


「この前、近くの町に行っただけで腰痛いって言ってなかった?」


「あれは慣れてなかったから」


「そんなすぐ慣れるもの?」


「たぶん」


 父が笑う。


「じゃあ聞いてみるよ」


 翌日、ガルドは店に来た。


「嫌だ」


 即答だった。


「まだ何も言ってない」


「顔で分かる」


「アルネス連れてって」


「嫌だ」


「なんで?」


「面倒」


 父が横から口を挟む。


「一人増えるくらいいいだろ?」


「荷物じゃねえんだぞ」


「荷物より喋るしね」


「父さん」


 余計なことを言わないでほしい。


 結局、母が昼飯を多めに持たせると言ったところでガルドが折れた。


「一回だけだぞ」


「ありがとう」


「礼は飯作る母親に言え」


 その場にいた母が言った。


「あなたの分も作るわよ」


 ガルドが少しだけ顔を上げる。


「肉ある?」


「あります」


「ならいい」


「昔アルトのお菓子取った人が何言ってるの」


 ガルドが黙った。


 兄が笑った。


「まだ覚えてるんだ」


「忘れるわけないでしょう」


「ガルド、取ったの?」


「昔の話だ」


「何年前?」


「知らん」


 それ以上は聞いても答えなかった。



 出発は朝早かった。


 まだ空気が冷たい。


 店の前で馬の息が白く見えた。


 俺は荷台に乗り込む。


 父は御者台の横。


 ガルドが手綱を取る。


「そこ座っとけ」


 言われた場所へ座る。


 荷物の間だった。


「前じゃないの?」


「邪魔」


「父さんは前なのに」


「金払う奴だから」


「俺も払えばいい?」


「寝ろ」


 朝から雑だった。



 ミレアを出る。


 街道へ入る。


 最初のうちは楽しかった。


 いつもと違う景色。


 前を行く馬車。


 追い抜いていく騎馬。


 畑。


 牧草地。


 遠くの林。


 でも、しばらくすると尻が痛くなった。


「……まだ?」


 前から父の声が飛んでくる。


「まだ何が?」


「アルネス」


「まだだよ」


「どれくらい?」


「さあ」


 聞く相手を間違えた。


 ガルドが鼻で笑う。


「昼前には着く」


「最初からそっちに聞けばよかった」


「聞くな」


 父が振り返る。


「エリク、平気?」


「尻が痛い」


「言っただろう?」


「父さんも痛い?」


「少し」


 ガルドが言う。


「二人とも座り方が悪い」


「どう座るの?」


「慣れろ」


 役に立たない。



 途中、水場で一度止まった。


 ガルドが馬に水を飲ませる。


 その後、縄を触り始めた。


「何してるの?」


「見て分からんか」


「縄見てる」


「なら聞くな」


 一箇所、少し締め直す。


 次に車輪を見る。


 父は近くの石に座っていた。


「毎回やるの?」


 俺が聞くと、父が答えた。


「たぶん?」


「父さんに聞いてない」


「だよね」


 ガルドがこちらを見る。


「緩んでたら締める。車輪おかしかったら見る。それだけ」


「壊れてなくても?」


「壊れてからじゃ遅いだろ」


 それだけ言って、馬の脚へ目を移した。


 俺も近づこうとすると、


「踏まれるぞ」


 止められた。


 少し離れて見る。


 ガルドは何かを細かく説明しない。


 でも、止まった時にやることは決まっているようだった。



 アルネスが近づくと、道の様子が変わった。


 馬車が増えた。


 人も増えた。


 荷物も増えた。


 何台も連なって同じ方向へ進んでいる。


 俺は荷台から身を乗り出した。


「危ねえ」


「ごめん」


 戻る。


 また見る。


 ガルドに睨まれる。


「そんなに見たいか」


「うん」


「着いてから見ろ」


 父が笑う。


「僕も最初来た時はそんな感じだったよ」


「父さんも?」


「人が多すぎて疲れた」


「馬車じゃなくて?」


「人」


 そこは違ったらしい。



 門の前には列ができていた。


 待つ。


 少し進む。


 また止まる。


 魚の匂いがした。


 次は家畜の匂い。


 その後は何か焼いている匂い。


「臭い」


 思わず言う。


「街だからな」


 ガルドは気にしていない。


 父も平気そうだ。


「慣れるよ」


「父さん、前は人酔いしたんじゃないの?」


「それと匂いは別」


 よく分からない。



 門を抜ける。


 中はもっとすごかった。


 声。


 車輪。


 蹄。


 売り子の呼び声。


 人。


 馬。


 荷車。


 とにかく全部多い。


 ミレアより広い。


 店も多い。


 建物も高い。


 荷台から眺めているだけで忙しい。


「前見すぎて落ちんなよ」


「落ちない」


「落ちる奴はみんなそう言う」


 ガルドが言った。


 父は笑っている。



 商会へ着く。


 荷物を降ろす。


 俺も軽い箱を持つ。


 それが終わると、父は商談へ行った。


「すぐ戻る?」


「たぶん」


「どれくらい?」


「さあ」


 またそれだ。


 ガルドは別の用事があるらしい。


「お前はここにいろ」


「一人で?」


「店の人間いるだろ」


 確かにいる。


「どっか行くなよ」


「子供じゃないんだから」


 ガルドが俺を見る。


「子供だろ」


 忘れていたわけではない。


 でも言われると少し腹が立つ。



 最初は店先で待っていた。


 そのうち飽きた。


 少しだけ外を見る。


 道には馬車が途切れない。


 何台か同じ印のついた車両が通った。


 一台。


 二台。


 三台。


 全部似た荷馬車だった。


「同じ店?」


 近くにいた男に聞く。


「何が?」


「あの印」


「ああ。運び屋だろ」


「何台あるの?」


「知らん」


 男は木箱を運びながら答えた。


「十台くらいじゃねえか?」


「十?」


「もっとあるかもな」


 適当だった。


 でも、ミレアでは一人の運び屋が一台持っていることが多い。


 十台というだけで大きく感じた。


 少しして、ガルドが戻ってきた。


「あの印の馬車、知ってる?」


「知ってる」


「何台ある?」


「知らん」


「みんな知らないじゃん」


「何台でもいいだろ」


「よくない」


「俺にはいい」


 そこへさっきの男が来た。


「増えたって聞いたぞ」


「何台?」


「知らん」


 結局、誰も正確には知らなかった。


 俺だけが気にしている。



 父の商談は長かった。


 最初は店先。


 次は外。


 その次は裏手。


 見る場所を変えても暇だった。


 昼を過ぎた頃、空腹もひどくなる。


「まだ?」


 俺が言うと、ガルドが荷台の日陰で目を閉じていた。


「俺に聞くな」


「寝てるの?」


「見りゃ分かる」


「仕事中じゃないの?」


「待つのも仕事だ」


 どこかで聞いたような言葉だった。


 前世を思い出す。


 待機。


 あの頃も長かった。


 こっちでも長い。


 結局、何もせず座っている時間はどこでも長いらしい。


 俺も壁にもたれた。


 しばらくして、本当に少し寝た。



 父が戻ってきたのはかなり後だった。


「ごめん、長くなった」


「遅い」


「ごめんって」


 父の手には紙袋がある。


「何それ?」


「焼き菓子」


「買ったの?」


「待たせたお詫び」


 中から一つもらう。


 甘い。


 思っていたより美味い。


 ガルドも手を出す。


「お前も?」


「俺も待った」


「寝てたじゃん」


「待ってた」


 言い切った。


 父がもう一つ渡した。



 帰る前に、今度は向こうから積む荷物を探した。


 ガルドが何軒か回る。


 俺もついていく。


 一軒目。


「王都方面ならある」


「違う」


 二軒目。


「明日なら出る」


「今日帰る」


 三軒目。


「でかすぎるな」


 ガルドが荷物を見る。


 確かに大きい。


 今の馬車には無理そうだった。


 四軒目で、ようやくミレア方面へ持っていく荷物が少し見つかった。


 でも、行きよりかなり少ない。


「これだけ?」


 俺が聞く。


「これだけ」


「他は?」


「ねえ」


「もっと探さないの?」


「日暮れるぞ」


 ガルドは荷物を積み始めた。


 父も手伝う。


 俺も軽い物を持つ。


 荷台の半分くらいで終わった。


 空いている場所が目立つ。


 行きはもっと積んでいた。


「変じゃない?」


 父が振り返る。


「何が?」


「ミレアではアルネスに運びたい荷物が待ってるのに、アルネスではミレア行き少ない」


「まあ、そんなもんじゃない?」


「そんなもん?」


「毎日同じ量あるわけじゃないし」


 父はそれ以上気にしていない。


 ガルドが縄を締めながら言う。


「明日来たら積みきれねえこともある」


「そんな変わるの?」


「荷物なんてそんなもんだ」


 それで終わった。


 俺は半分空いた荷台を見る。


 今日だけ見れば少ない。


 でも明日は多いかもしれない。


 誰も困っていないようにも見える。


 ただ、何となく引っかかった。



 帰り道。


 父は途中から寝た。


 本当に寝た。


 頭が揺れている。


「落ちない?」


「落ちたら起きるだろ」


 ガルドが言う。


「それじゃ遅いだろ」


「ならお前が見とけ」


 なんで俺が。


 そう思った直後、馬車が大きな轍を踏んだ。


「痛っ!」


 尻が跳ねた。


 父は起きない。


 ガルドだけ笑った。


「だから言ったろ」


「何を?」


「慣れろって」


 それと今のは関係ないと思う。



 しばらくして、アルネスの城壁が小さくなっていった。


 行きに見た時より遠く感じる。


 尻も痛い。


 腰も痛い。


 でも、もう一度来たいと思った。


 街そのものも面白かった。


 人も多い。


 店も多い。


 馬車も多い。


 知らないことだらけだった。


 前ではガルドが黙って手綱を握っている。


 父はまだ寝ていた。


 俺は半分空いた荷台にもたれながら、遠ざかっていくアルネスを見ていた。

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