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馬車一台から始める異世界物流  作者: 甘藷屋


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第4話 学校と街道

第4話 学校と街道


 六歳になると、俺は学校へ通うことになった。


 初日の朝から、母は忙しかった。


「筆記板は?」


「ある」


「布は?」


「ある」


「昼のパンは?」


「入ってる」


「本当に?」


「本当に」


 母は俺の鞄を開けた。


 確認するなら最初から聞かなくていいと思う。


 横で兄のアルトが笑っていた。


「俺の時も同じだったよ」


「兄さんは忘れ物したんでしょ」


「初日に一回だけ」


 母が顔を上げる。


「三回よ」


「そんなに?」


「自分のことなのに忘れてるの?」


 朝から兄が負けていた。


 父はというと、店の方から顔だけ出した。


「エリク、学校楽しんできな」


「遊びに行くんじゃないんだから」


 母に言われ、すぐ引っ込んだ。


 いつも通りだった。



 学校では読み書きと計算、それに歴史や地理を教わった。


 前世で学校へ通った記憶があるせいか、文字や計算を一から習うのは妙な感じがした。それでも、知らない言葉やこの世界独特の決まりは普通に難しい。


 特に面白かったのは地理だった。


 先生が壁に大きな地図を掛ける。


「ここがハルデン伯爵領。その中で、私たちが住んでいるのがミレア」


 木の棒が地図の一点を示す。


「こっちが領都アルネス。大きな街道で繋がっている」


 知っている地名が地図の上に現れる。


 それだけで少し嬉しかった。


 今まで父や運び屋の口から聞いていた場所が、初めて線で繋がった。


「エリク」


 隣から小声が飛んでくる。


 エレナだった。


「何?」


「また道見てる」


「地図なんだから道見るだろ」


「山とか川もあるよ」


「あるね」


「興味ないの?」


「あるよ。道ほどじゃないけど」


 エレナは変なものを見る顔をした。


「やっぱり変」


「何が」


「普通そこまで道ばっかり見ないでしょ」


 先生がこちらを見た。


 二人で前を向く。


 少しして、エレナがまた小声で言う。


「怒られた」


「エレナが話しかけたからだろ」


「返事したのエリクでしょ」


 どっちもどっちだった。



 学校から帰れば、商会の手伝いをする。


 最初は箒を持たされるだけだった。


 それが少しずつ変わった。


 荷札を運ぶ。


 箱を数える。


 小さな袋を持つ。


 倉庫から頼まれた物を取ってくる。


 できることが増えるのは単純に楽しかった。


「それ、こっち」


 ある日、荷台の上にいた店の男が声をかけた。


 俺は抱えていた小箱を止める。


「こっち?」


「いや、奥じゃない。手前」


「さっき奥って言ったじゃん」


「あれは別の箱だ」


「同じに見える」


「札見ろ、札」


 見る。


 確かに違う。


 こっちは途中の町で降ろす荷物らしい。


 俺は言われた場所へ箱を置いた。


 その上に別の袋を乗せようとすると、今度は止められた。


「それ上に置くな」


「何で?」


「箱潰れる」


「そんな重くないよ」


「道走ったら跳ねるんだよ」


 男はそう言って、自分で袋を別の場所へ動かした。


 説明はそれだけだった。


 俺も黙って見ていた。


 荷台の中は、適当に積んでいるようで適当ではない。


 先に降ろす物。


 後で降ろす物。


 重い物。


 潰れやすい物。


 揺れて動きそうな物。


 前世なら何度も見た考え方だった。


 でも、馬車は違う。


 木の車輪。


 硬い道。


 荷台そのものもよく揺れる。


 同じ荷物でも、同じ積み方では駄目そうだった。



 雨の日はもっと分かりやすかった。


 昼前から空が暗かった。


 店の前では、運び屋の男が革の束を荷台へ積んでいた。


 雨除けの布は畳んだまま端に置かれている。


「布かけないの?」


 俺が聞く。


 男が空を見る。


「まだ降らんだろ」


 父も店の中から外を見た。


「怪しいけどねえ」


「近いから平気だ」


 男は気にせず縄を締めた。


 そのまま出ていった。


 午後。


 降った。


 しかも、かなり強く。


 屋根を叩く音が店の中まで響いた。


 俺は窓の外を見た。


「さっきの人」


 父が帳面から顔を上げる。


「ああ」


「濡れてるよね」


「たぶんね」


「大丈夫なの?」


 父は少し考えた。


「さあ」


 またそれだった。


 数日後、その運び屋が来た。


 いつもより静かだった。


 父と二人で店の隅へ行く。


「悪かった」


 最初にそう言ったのは運び屋の方だった。


「どのくらい?」


「端の方が濡れた。全部じゃない」


「先方は?」


「使えない分は引くって」


 父は少し黙った。


「払う?」


「俺のせいだからな」


「全部じゃなくていいよ。濡れた分だけで」


「分かった」


 それだけだった。


 喧嘩にもならない。


 父も怒鳴らない。


 運び屋も言い訳をしない。


 話が終わると、男はいつもの顔で店を出ていった。


 俺は少し離れたところで見ていた。


「怒らないんだ」


 父がこっちを見る。


「何を?」


「荷物濡らしたのに」


「わざとじゃないしね」


「でもお金払うんでしょ」


「今回はね」


 父は帳面を閉じる。


「最初から箱が壊れてたとか、荷主がちゃんと包んでなかったとかなら話は別だよ」


「何でも運び屋のせいじゃない?」


「そりゃそうだろう」


 そこで店の奥から母の声が飛んだ。


「ヨハン、さっきの仕入れの紙どこ?」


 父の顔が止まる。


「……ここだったかな」


「無いから聞いてるの」


「今探す」


 話は終わった。


 俺も手伝って探した。



 何か月か経った頃。


 店の裏に、小さな荷物がいくつか残っていた。


 布。


 乾物。


 小箱。


 どれもアルネス方面らしい。


「これ出さないの?」


 俺が聞くと、兄が箱を持ちながら答えた。


「運ぶ人いないんだって」


「ガルドは?」


「明後日」


「他の人は?」


「知らない」


 兄はそのまま倉庫へ入っていった。


 父にも聞いた。


「今日持っていきたいなら?」


「急ぎなら探す」


「見つからなかったら?」


「待つ」


 あっさりしている。


「困らないの?」


「困る時もあるよ」


「じゃあ――」


「エリク、その箱持てる?」


 話が切れた。


 渡された箱を持つ。


 少し重い。


「これどこ?」


「奥」


 倉庫へ運ぶ。


 戻ると、さっき話していた荷物も片付けられていた。


 結局、その日は動かなかった。



 それから、そういう荷物が目につくようになった。


 一個だけ。


 二個だけ。


 馬車を一台出すほどではない。


 でも、いつか運ばなければならない。


 店の隅で待っている。


 前世なら、同じ方向の荷物をまとめる方法はいくらでもあった。


 でも、この世界では誰がいつどこへ行くのか、その情報すらすぐには分からない。


 俺は箱を眺めた。


 何となく、もったいない。


 それだけだった。


 まだ、どうすればいいのかは分からない。



 学校では、また地図の授業があった。


 先生がアルネスへ向かう街道を指す。


 その線の先に、別の町や村がある。


 前より少しだけ違って見えた。


 地図の上では一本の線だ。


 でも実際には、その道を荷馬車が走る。


 荷物が待つ。


 雨も降る。


 馬も疲れる。


 壊れることだってある。


「また道見てる」


 エレナが言った。


「見てる」


「飽きないの?」


「飽きない」


「変なの」


「前も言った」


「じゃあ今も変」


 先生がこっちを見た。


 今度は二人ともすぐ黙った。


 授業が終わって外へ出ると、ちょうど一台の荷馬車が学校の前を通った。


 車輪が石の上を鳴らす。


 荷台には何かの樽が積まれている。


 俺は少しだけ足を止めた。


 エレナも止まる。


「見るの?」


「ちょっとだけ」


「毎回見るね」


「うん」


 馬車はそのまま街道の方へ曲がっていった。


 どこまで行くのかは分からない。


 俺は見えなくなるまで眺めてから、エレナと一緒に家へ帰った。

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