第16話 二つの仕事
第16話 二つの仕事
雨のアルネスから戻って三日後。
朝、ベルナー商会でロイの水桶を替えていると、通りから聞き覚えのある声がした。
「エリク、いるか?」
ボルクだった。
店へ入るより先に俺を見つけ、そのまま馬小屋の方まで歩いてくる。
「明日、また頼みたい荷物がある。前と同じ町だ」
「明日なら大丈夫です」
「布が四包み。届け先は前とは違うが、場所は分かりやすい」
受け取り先の名前と場所を聞く。
前に二度行った町だった。アルネスへ向かう街道の途中にある。
「朝に取りに行きます」
「頼む」
話はすぐ終わった。
ボルクが帰ったあと、俺は水桶を持ち上げる。
もう何度か仕事をもらっているせいか、最初の頃ほど緊張しなくなった。
それでも、明日の予定が埋まると少し嬉しい。
昼前。
今度は乾物屋の女主人がベルナー商会へ来た。
嫌な予感はしなかった。
むしろ少し期待した。
「明後日、空いてる?」
「明後日なら――」
言いかけて止まる。
「ごめんなさい。明日だったわ」
「明日ですか」
「アルネスへ乾燥果物を四箱。前と同じ店よ」
頭の中に明日の予定が出てきた。
ボルクの布。
途中の町。
その先にアルネス。
方向は同じだ。
ただ、今まで一日に二人の客から仕事を受けたことはない。
「何か入ってる?」
「途中の町まで仕事があります」
女主人は少し考えただけだった。
「それが終わってから来られるなら構わないわ。夕方じゃなければ」
「荷物の量を確認してもいいですか?」
「もちろん」
店へ向かった。
乾燥果物は四箱。
前回の五箱より一つ少ない。
大きさも見覚えがある。
これだけなら荷台には余裕がある。
問題はボルクの布だった。
四包みと聞いている。
以前の大きさなら両方載る。
でも、聞いただけで決めるのは怖かった。
「昼まで待ってもらえますか。もう一件の荷物を見てから返事したいです」
「分かったわ。無理なら早めに教えて」
「はい」
店を出る。
断られたわけでもないのに、少し急ぎ足になった。
ボルクの店では、荷物はもう倉庫の端へまとめられていた。
「これですか?」
「ああ」
四包みを見る。
前と同じくらい。
一つだけ少し長いが、積み方を変えれば問題なさそうだった。
「明日、もう一件アルネス行きの仕事を受けても大丈夫ですか?」
ボルクは荷物ではなく俺を見る。
「うちのが遅れないなら好きにすればいい」
「途中で先に降ろします」
「なら問題ない。荷台に載るんだろ?」
「載ります」
「じゃあ頼んだ」
それだけだった。
当たり前と言えば当たり前だ。
ボルクが買っているのは馬車一台そのものではなく、自分の荷物を届けてもらう仕事だ。
乾物屋へ戻り、引き受けると伝えた。
「じゃあお願い」
二件決まった。
店を出たところで、ようやく少し息を吐いた。
翌朝。
まずボルクの店へ行く。
布を四包み載せる。
今日はこの町で先に降ろすので、取り出しやすい位置へ寄せた。
そのあと乾物屋へ向かう。
四箱を積む前に、目立つ傷と数を確認する。
一箱ずつ荷台へ上げていく。
全部載せても、まだ少し余裕があった。
「思ったより入るな」
荷台の横から見ていた兄が言った。
「今日は軽いからね」
「もっと載せられそう」
「載るのと運べるのは別じゃない?」
箱と布だけなら、見た目ほど重くない。
だからといって空いている場所を全部埋めればいいわけでもない。
俺は縄を掛ける。
途中で布を降ろした時、残った箱が動かないようにもしておく必要があった。
兄はしばらく見ていたが、仕事へ戻っていった。
ミレアを出る。
天気はいい。
前回の雨が嘘のようだった。
ロイの歩き方も軽い。
荷台の後ろを何度か振り返る。
布と箱。
二人の客の荷物が一緒に載っている。
見た目はただの荷物なのに、今日は妙に気になった。
最初の町までは順調だった。
ボルクから指定された店は、街道から一本入った場所にあった。
店先へ馬車を寄せる。
「ベルナー運送です。ボルク・ネインさんから布を四包み」
「ああ、聞いてるよ」
店の男と一緒に荷物を降ろす。
一つ。
二つ。
三つ。
最後の長い包みを下ろす。
「四つ、確かに」
受け取りをもらう。
ここまでは問題ない。
馬車へ戻って、残った荷物を見る。
乾燥果物の箱が四つ。
布を降ろした分だけ、荷物が片側へ寄っていた。
そのままでも走れるが、わざわざロイに引きにくい形で戻る理由はない。
乾燥果物の箱を中央へ寄せ、縄を掛け直す。
「よし」
出発しようとしたところで、さっきの店の男が出てきた。
「アルネスまで行くのか?」
「行きます」
「うちの荷物も頼みたいところだけど、今日出せるのはないな」
「またミレア方面があればお願いします」
「覚えとくよ」
仕事にはならなかった。
でも嫌な感じもしなかった。
そのまま街道へ戻る。
昼を挟んでアルネスへ向かう。
途中でロイを休ませる。
今日は荷物が軽くなった分、朝より楽そうに見えた。
俺もパンを食べる。
一件終わっている。
でも、まだ終わりではない。
乾物屋の荷物を届けるまでは、今日の仕事は半分残っているような気がした。
アルネスへ着いたのは、いつもの範囲だった。
前回のような門前の列もない。
食料品店へ行く。
男が俺を見て、荷台を覗いた。
「今日は綺麗だな」
「前回がひどすぎたんです」
「泥だらけだったもんな」
四箱を降ろす。
中も確認してもらう。
「全部大丈夫。早かったね」
「途中で一件降ろしてきました」
「ほかの仕事も一緒だったのか」
「方向が同じだったので」
男は頷き、受け取りの印を押した。
「そりゃ一台で行けるなら、その方がいいな」
紙を受け取る。
何でもない言葉だった。
でも、朝から気になっていたことを、そのまま言われた気がした。
店を出たあと、帰り荷を探す。
前に荷物を受けた店を二軒回った。
一軒目は王都方面。
二軒目は明日の荷物しかない。
もう一軒では、ミレアより南へ行く樽があったが、今日中に持ち帰るには行き先が外れすぎている。
断った。
アルネスまで二件積んできたのに、帰りは空。
少し惜しい。
それでも、前ほど空の荷台が嫌ではなかった。
今日は行きだけで二件ある。
ミレアへ戻る頃には、日が傾き始めていた。
先にボルクの店へ寄る。
「届けてきました」
受け取りを渡す。
ボルクは目を通して、棚の上へ置いた。
「問題なかったか」
「はい。アルネスの荷物も一緒に載せていけました」
「なら効率よかったな」
それ以上は何も言わなかった。
代金を受け取る。
次に乾物屋へ行く。
女主人も受け取りを確認した。
「ちゃんと間に合ったのね」
「途中の仕事を先に降ろして、そのままアルネスへ行きました」
「ならよかった。またお願いするわ」
「お願いします」
二件目の代金も受け取る。
手の中に、別々の客から受け取った金がある。
それだけで少し変な感じがした。
ベルナー商会へ戻る。
兄が荷台を見てから、俺の顔を見る。
「帰りは空?」
「探したけどなかった」
「でも今日は二件だったんだろ」
「うん」
馬具を外す。
ロイの背中を軽く叩く。
いつもと同じ一日分の道だった。
でも、今日は一件だけ運んだ日とは少し違った。
父が店から出てきて、俺の手にある二枚の受け取りを見た。
「両方終わった?」
「終わった」
「じゃあ今日は忙しかったね」
「思ったよりは普通だった」
父は笑った。
「それが一番いいんじゃない」
俺は返事をせず、ロイの水桶を取りに行った。
朝より少し軽くなった財布が、今日は逆に重く感じた。




