第14話 仕事をください
第14話 仕事をください
ボルクから来週の仕事をもらった翌日。
俺は朝から暇だった。
ロイの世話をして、馬車を見て、縄を畳み直して、ついでに車輪まで触る。それでも、まだ朝だった。
「やることないなら、こっち手伝って」
兄に呼ばれる。倉庫には、今日出す荷物が山になっていた。
「今日はやめとく。今から営業行ってくる」
兄が手を止めた。
「営業?」
「店回って、運ぶ荷物ないか聞いてくる」
「自分から?」
「待ってるだけじゃ増えないだろ」
兄は少しだけ感心したような顔をして、それからすぐ肩をすくめた。
「まあ、頑張って」
「その言い方腹立つな」
「だって俺、商会の仕事あるし」
その通りだった。
仕事が来るのを待つだけでは、たぶん増えない。
ボルクは父の知り合いだし、今までの客もベルナー商会から繋がったところが多い。このままでも少しずつは増えるかもしれないが、それではまだ父の商売の延長だ。
前世では営業なんてしたことがなかった。
荷物があれば運ぶ。指定された場所へ行く。受け取ってもらう。
自分で客を探して、仕事をくださいと頭を下げたことはない。
その違いは、最初の店の前に立ったところで急に重くなった。
一軒目は雑貨屋だった。
店主は俺の顔を知っている。
「こんにちは。今、ベルナー運送って名前で運び屋をやってるんですけど、何か運ぶ荷物ありませんか?」
店主は少し考え、それから首を横に振った。
「今はないな」
「分かりました。またあったらお願いします」
挨拶だけして店を出た。
思っていたより、あっさり終わった。
二軒目では、いつも頼んでいる運び屋がいると言われた。
三軒目は、今週は出す荷物がない。
四軒目は店が忙しそうで、声をかける前にやめた。
五軒目では、俺の年齢を聞かれた。
「十五です。もう成人してます」
「そうなんだけど、若いなあ」
笑われて、それで終わった。
別に馬鹿にされたわけではない。
それでも、仕事にはならなかった。
昼前には、思った以上に疲れていた。
通りの端に腰を下ろし、持ってきたパンを食べる。
馬車を走らせている方がずっと楽だ。
荷物を積んで、道を進み、届ける。やることが見える。
今は違う。
店に入って声をかけ、断られて、また歩く。
荷物一つ持っていないのに、妙に消耗した。
通りを一台の荷馬車が走っていく。荷台には樽が積まれていた。
仕事がある。
それだけで少し羨ましい。
「ずいぶん暇そうだな」
声をかけられた。
ガルドだった。
「仕事探してる」
「自分で回ってんのか」
「五軒回ってゼロ」
「そんなもんだろ」
笑われると思ったが、ガルドは普通だった。
そのまま隣へ座り、持っていた包みから干し肉を出す。
「ガルドも昔こういうことした?」
「した」
「店回って?」
「他にどうすんだ」
意外だった。
今のガルドは、ベルナー商会をはじめ何軒も付き合いがある。最初から仕事があったような顔をしている。
「何かコツない?」
ガルドは干し肉を噛みながら、通りの向こうを見た。
「暇そうな店を片っ端から回るより、荷物動いてる店見た方が早い」
顎で示した先に、小さな荷車が一台、店の裏へ入っていく。
「出入りが多けりゃ、何かしら運ぶ物もある」
「なるほど」
「絶対じゃねえけどな」
最後の一言は余計だったが、午前中よりはましな気がした。
ガルドは干し肉を食べ終えると立ち上がった。
「じゃあな」
「もう行くの?」
「俺は仕事あるから」
やっぱり少し腹が立った。
午後は、近い店から順番に入るのをやめた。
歩きながら店先だけでなく、その横や裏を見る。
荷車が止まっているか。
木箱や袋が積まれているか。
人の出入りが多いか。
何を見ればいいのか、まだ全部は分からない。それでも午前中よりは考えて歩いた。
一軒の乾物屋が気になった。
さっきから二度、荷車が裏へ入っている。店先にも木箱がいくつか積まれていて、全部が店売り用には見えない。
ガルドの言った通りなら、ここは何か動いている。
店の奥では女主人が帳面を見ていた。
「こんにちは。ベルナー運送です」
女主人が顔を上げる。
「ベルナー商会じゃなくて?」
「そっちは父の店です。俺は運び屋を始めました」
「ああ、ヨハンさんの息子さん」
そこでようやく少し表情が変わった。
「運ぶ荷物があればと思って来たんですけど」
女主人はすぐ断らなかった。
「どこまで行けるの?」
「アルネスも行きます。南の方も、近いところなら」
「明後日、アルネスまで持っていってほしい物がある」
胸の奥が跳ねた。
その場で引き受けたくなるのを抑える。
「先に荷物を見せてもらっていいですか」
「慎重ね」
「最近、先に見ることにしてます」
女主人は少し笑って、店の裏へ案内した。
箱が三つ。
中身は乾燥果物だった。
大きくないし、重さもそこまでない。箱にも目立つ傷はなかった。
荷札を見る。
届け先はアルネスの食料品店。
「これなら運べます」
「いくら?」
ここからが難しかった。
頭の中で、これまでの仕事を思い返す。
アルネスまで往復すれば一日使う。ロイの餌も要るし、途中で何かあれば余計な金もかかる。
帰り荷が見つかる保証もない。
少なくとも、これ以下では割に合わない。
自分なりに線を引いて、金額を出した。
女主人の顔がすぐ変わった。
「高いね」
やっぱり来た。
「いつも頼む人より?」
「高い」
「どれくらい違います?」
女主人が笑った。
「それ教えたら、こっちが交渉しにくくなるでしょ」
正しい。
こっちとしては困る。
少し下げる。
まだ首を横に振られた。
もう一度計算する。
これ以上下げると、自分で決めた最低の線にかなり近い。
「これならどうですか。俺もこれ以上は厳しいです」
女主人は少し考えた。
「……それならお願いするわ」
決まった。
嬉しい。
はずなのに、何か負けたような感じも残った。
出発は明後日の朝。
遅れないことだけ念を押されて、店を出る。
少し歩いてから、思わず振り返った。
「安くしすぎたかな……」
もちろん答える人はいない。
ベルナー商会へ戻る頃には、朝より疲れていた。
兄が店先にいた。
「どうだった?」
「一件取れた。アルネス」
「やるじゃん」
それだけで少し救われる。
運賃を言うと、兄の顔が微妙になった。
「その顔やめて」
「俺、相場知らないぞ」
「じゃあ何でそんな顔したんだよ」
「安そうだなって」
「最悪」
父にも聞いた。
金額を伝えると、こちらは少し考えてから口を開いた。
「安い方だと思う」
「やっぱり」
「赤字ではないだろうけど、かなり頑張ったね」
「向こうは、いつもの人より高いって」
「本当にそうかは分からないよ」
「やられたかな」
「最初の交渉なら、そんなこともある」
父は少し笑った。
今ならその笑いにも、さっきほど腹は立たなかった。
「父さんも最初は失敗した?」
「したよ。もっと酷い」
「何したの?」
「仕入れた物を安く売りすぎた」
「どれくらい?」
父は一瞬黙った。
「そこは忘れたことにしたい」
「母さんに聞けば分かる?」
「やめなさい」
今度は迷いがなかった。
「そんなに覚えてるの?」
「細かいところまでね」
それを聞くと、少し気が楽になった。
父にもそういう時期があったらしい。
明後日。
約束通り、箱を三つ積んだ。
金額は安い。
だからといって、運ぶ仕事そのものは変わらない。
荷物の状態を見る。
数を確認する。
縄を締める。
届け先を確かめる。
安く受けたから雑にしていい理由にはならなかった。
道中は問題なかった。
アルネスへ着き、指定された食料品店へ行く。
店員と一緒に箱を降ろし、中身を確認してもらう。
「三箱。問題なし」
受け取りの印をもらう。
それだけで仕事は終わった。
店の外へ出たところで、ようやく肩の力が抜ける。
自分で取った仕事だった。
父の紹介でもない。
ボルクから来た依頼でもない。
何軒も断られて、歩いて、それでも最後に一件だけ取った。
運賃の安さより、その事実の方が少し嬉しかった。
帰り道では、何度も値段のことを考えた。
たぶん安い。
次も同じ金額では受けたくない。
でも、あの場で強気に押し切っていたら、仕事そのものを取れなかったかもしれない。
正解はまだ分からなかった。
数日後。
同じ乾物屋の前を通ると、女主人に呼び止められた。
「来週、またアルネス行く?」
「荷物あります?」
「今度は五箱」
前回より多い。
「それなら、前と同じ値段では無理です」
女主人が笑った。
「覚えたのね」
「さすがに」
今回は最初から、前より高い金額を出した。
向こうもすぐには頷かない。
少し下げてほしいと言われ、こちらも少しだけ譲る。
「じゃあ、それでお願い」
「分かりました」
今度は店を出た後も、変な引っかかりは残らなかった。
まだ高いのか安いのか、自信はない。
でも前みたいに、相手の顔色だけ見て値段を下げたわけでもない。
通りへ出る。
最初に営業へ出た日のような、足の重さはなかった。




