第13話 また頼む
第13話 また頼む
三日後、ボルクがまた店に来た。
俺は倉庫で小麦袋を数えていた。
「エリク、客」
兄に呼ばれて店へ出る。
ボルクは父と話しながら、片手に紙を持っていた。
「明日、空いてるか?」
「行き先は?」
「この前と同じ町。届け先は別」
胸の奥が少し軽くなる。
前の仕事で何か問題があれば、もう一度頼みに来ることはないだろう。
「荷物見せてもらっていいですか」
「外にある」
今度は先に確認した。
革の束が四つ。
木箱が二つ。
前回より量は多いが、荷台には十分収まる。
革を持ち上げて重さを見る。
木箱は一つがかなり重い。
「中は?」
「金具。鍛冶屋に渡す分」
「割れ物はなし?」
「お前が箱ごと崖から落とさなきゃ平気だ」
「落としません」
「なら大丈夫だ」
その言い方もどうかと思う。
荷物を一つずつ見ていく。
革の一束に黒い汚れが付いていた。
「ここ、最初からですか?」
ボルクが覗き込む。
「ああ。積む前からある」
帳面へ短く書く。
革一束、端に黒い汚れ。
木箱も見る。
一つは問題なし。
もう一つは蓋の角が少し欠けている。
「こっちも傷ありますね」
「その箱は何度も使ってるからな」
これも書く。
ボルクが横から帳面を見た。
「ずいぶん慎重になったな」
「前の仕事で、荷物が最初からへこんでたのか途中でなったのか分からなくなったので」
「壊したわけじゃないんだろ?」
「中身は無事でした」
「なら今回は忘れず見とけ」
それだけだった。
こっちが気にしているほど、相手は深刻に考えていないらしい。
でも俺にとっては、それでよかった。
翌朝。
革を奥へ。
木箱を手前寄りへ置く。
途中で降ろす順番を考え、少し積み直した。
「また動かしてる」
兄が言う。
「今気づいた」
「最初に考えればいいのに」
「分かってるよ」
「分かってる人は二回やらないだろ」
言い返そうとしたが、その通りなのでやめた。
最後に縄を締める。
荷札を見る。
六つ。
預かった時の傷も確認した。
「今日は何回数えた?」
「二回」
「少ないじゃん」
「成長してる」
「そこ?」
兄が笑った。
町までは、前回より楽に着いた。
道を覚え始めたのもある。
水場で一度休み、ロイの脚を見る。
縄を締め直す。
荷物も動いていない。
問題なし。
町の入口で、今度は最初から人に聞いた。
「グレン商店ってどこですか?」
荷車を押していた男が足を止める。
「大通りを真っすぐ。噴水の手前を左」
「青い看板?」
「赤だよ」
危ない。
前に誰かから青い看板と聞いた気がしていた。
「ありがとうございます」
「鍛冶屋の隣だから、鉄叩く音で分かる」
今度の説明は分かりやすかった。
店はすぐ見つかった。
確かに隣から金属を叩く音が聞こえる。
馬車を裏へ回すと、店の男が出てきた。
「ボルクから?」
「はい。革が四つ、箱が二つです」
「降ろそう」
二人で荷物を下ろす。
革の一束を見て、男が手を止めた。
「ここ汚れてるな」
前回なら一瞬焦っていた。
今日は違う。
「預かった時から付いてます」
帳面を開く。
「端に黒い汚れ。ボルクさんにも確認しました」
男は革と帳面を見比べた。
「ちゃんと見てるんだな」
「一応」
「じゃあいい」
次に木箱を持つ。
欠けている方だ。
「これも古い傷?」
「はい。積む前からです」
「中は金具だし問題ないだろ」
蓋を開ける。
中身を軽く確認する。
足りない物もなさそうだった。
「全部受け取った」
印をもらう。
紙を受け取った時、ようやく少し嬉しくなった。
同じように傷を指摘されても、前とは全然違う。
自分で見ていた。
それだけのことだった。
「もう帰るのか?」
男が聞く。
「帰りの荷物が見つかれば積みます」
「うちにはないな」
「残念」
「そんな顔するなよ」
「荷台空いてるので」
「それなら隣の鍛冶屋に聞いてみれば?」
思わぬ言葉だった。
「ミレア行きあります?」
「知らん。ただ、この前あっち方面に金具出してたぞ」
「聞いてみます」
礼を言って店を出る。
隣の鍛冶屋へ行く。
熱い。
入口に立っただけで空気が違った。
奥では男が鉄を叩いている。
声をかけても一度では気づかれなかった。
「すみません!」
少し大きな声を出す。
「何だ!」
「ミレア方面の荷物ありませんか!」
「今はねえ!」
「分かりました!」
会話が終わった。
外へ出る。
期待した分だけ、少し肩が落ちる。
まあ、そんなに都合よく毎回あるわけではない。
知っている店を二軒回った。
一軒目。
「今日はなし」
二軒目。
「北ならあるよ」
「ミレアは南西です」
「じゃあ駄目だね」
終わり。
三軒目へ行くか迷った。
空を見る。
まだ昼を少し過ぎたくらい。
時間はある。
ただ、知らない店を片っ端から回ればいいという気もしない。
ロイも立たせたままだ。
「今日は帰るか」
手綱を取る。
町を出る。
荷台は空だった。
行きより馬車が軽い。
車輪の音まで少し軽く感じる。
でも気分はそうでもない。
荷物を積める場所があるのに、何もない。
前世でも空荷で戻る時は同じだった。
車は走る。
燃料を使う。
時間も使う。
それでも荷台は空。
だからといって、帰り荷を探して何時間も待てばいいわけでもない。
途中の水場で、別の運び屋と一緒になった。
何度かミレアで見た男だ。
「空か?」
荷台を見て言う。
「今日は」
「そりゃ軽くていいな」
「仕事としては微妙です」
「毎回埋まるなら苦労しねえよ」
男は馬に水を飲ませながら笑った。
「どれくらい探します?」
「何を?」
「帰りの荷物」
「一、二軒聞いて、なけりゃ帰る日もある」
「もっと探せば見つかるかもしれないのに?」
「見つかるかもな」
男は桶を置いた。
「でも探してる間に日が暮れたら面倒だろ」
それで話は終わった。
妙に納得した。
ミレアへ戻る。
先にボルクのところへ寄った。
「終わりました」
受け取りの紙を渡す。
ボルクは印を確認する。
「何か言われた?」
「革の汚れと箱の欠けは確認されました」
「問題は?」
「なし」
「ならいい」
短い。
でも、その短さが少し嬉しい。
何も起きなかった仕事は、こんなものなのかもしれない。
運賃を受け取る。
帰ろうとすると、ボルクが帳面をめくりながら言った。
「来週、また空いてる?」
足が止まった。
「いつです?」
「週の後半。まだ荷物は揃ってない」
「行き先は同じ?」
「多分な。変わったら先に言う」
「空けておきます」
「じゃあ頼む」
それで話は終わった。
ボルクはもう別の紙を見ている。
俺だけが少しその場に残った。
店を出る。
最初の依頼は、父の知り合いだからだったかもしれない。
二回目も、他を探すより俺に頼んだ方が楽だっただけかもしれない。
理由は分からない。
ただ、三回目の話が来た。
それで十分だった。
ベルナー商会へ戻ると、ガルドが荷物を降ろしていた。
「帰ったか」
「うん」
「何かあった?」
「何も」
「ならいい」
荷物を担いで倉庫へ入ろうとする。
「ガルド」
「何だ」
「ボルクさん、来週も頼むって」
ガルドは一度だけこっちを見た。
「じゃあ忘れんなよ」
「それだけ?」
「仕事増えたんだろ。よかったじゃねえか」
そのまま行った。
珍しく、ちゃんと言われた。
ロイの世話をする。
馬車の床を掃く。
今日は帰り荷を取れなかった。
空のまま戻ってきた。
そこは少し悔しい。
でも来週、もう一度ここに荷物が載る。
箒を動かしながら、ふと思う。
最初の頃は、一回の仕事が終わるたびに次があるか不安だった。
今は、少なくとも一つ先が決まっている。
大した違いではない。
それでも、空の荷台が前より少しだけ寂しく見えなかった。




