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馬車一台から始める異世界物流  作者: 甘藷屋


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第12話 預かった荷物

第12話 預かった荷物


 翌朝、目が覚めた時にはまだ外が暗かった。


 昨日から何度も確認した荷物が気になって、眠りが浅かったらしい。


 起きて裏へ回る。


 馬車には、ボルクから預かった布の包みが六つ。


 一、二、三。


 そこでやめた。


「六つあるの知ってるだろ」


 自分に言う。


 昨日の夜にも数えた。


 それでも少しすると、また荷台へ目が行く。


 ベルナー商会の荷物だった前回とは違う。


 今日は、家族でもない人間から金をもらって預かった物だ。


 もし何かあれば、父に謝って終わりではない。



 ロイに餌をやっていると、母が出てきた。


「早いわね」


「目が覚めた」


「緊張してる?」


「別に」


「そう」


 それ以上は言われなかった。


 少しして父も来る。


「雨はなさそうだね」


 空を見る。


 薄い雲はあるが、崩れそうには見えない。


「一応、雨除け積んでる」


「ならいいんじゃない?」


「届け先、ハンス商店で合ってるよね」


「うん」


「南の町入って――」


「エリク」


「何?」


「昨日も聞いたよ」


 言われて黙った。


「分からなくなったら人に聞けばいいよ」


「分かってる」


 たぶん父には、緊張しているのが全部見えている。



 出発する。


 街を出るまでは、何度も後ろを見た。


 荷物は動いていない。


 縄も大丈夫。


 しばらくすると、それにも少し慣れた。


 朝の街道は涼しい。


 ロイの蹄と車輪の音が続く。


 前を行く荷馬車が一台。


 後ろから来た馬車が一台。


 いつもの道だった。



 途中の水場で止まる。


 ロイに水を飲ませ、自分も少し飲む。


 それから荷台を見る。


 縄を触る。


 一箇所だけ、昨日より少し緩い気がした。


「これくらいなら……」


 そのままにしようとして、やめた。


 締め直す。


 ガルドなら何と言うだろう。


 たぶん何も言わずに締める。


 作業が終わったところで、通りかかった男に声をかけられた。


「ベルナーんとこの子か?」


「はい」


「運び屋始めたって聞いたぞ」


「もう知ってるんですか」


「ミレアなんて狭いからな」


 男は笑った。


「事故るなよ」


「縁起悪いこと言わないでください」


「そうだな」


 悪びれもせず、そのまま行ってしまった。


 知らない人間にまで知られている。


 少し嬉しくて、少し落ち着かない。



 昼前には目的の町へ着いた。


 問題はそこからだった。


 ハンス商店が見つからない。


 町へ入ってすぐに一人へ聞く。


「あっち」


 指を差される。


 その方向へ行く。


 分からない。


 もう一人へ聞く。


「そこの角を右、その先の井戸を越えて左、パン屋の前から一本入って――」


「……ありがとうございます」


 途中から怪しかった。


 結局、二度ほど同じ道を通った。


「さっきもいたよね?」


 店先の子供に言われた。


「気のせい」


「同じ馬じゃん」


 ロイのせいにされた。


 さらに少し走って、ようやく看板を見つける。


「ここか……」


 着いただけで妙に疲れた。



 店の裏へ馬車を回す。


 出てきた男が荷台を見る。


「ボルクの?」


「はい。六包みです」


「降ろそう」


 俺も荷台へ上がる。


 一つ目。


 二つ目。


 三つ目。


 四つ目。


 五つ目を持ったところで、男が手を止めた。


「これ、潰れてないか?」


 心臓が跳ねた。


「え?」


「ここ」


 包みの角が少しへこんでいる。


 俺はすぐ手を伸ばした。


 確かに平らではない。


「……昨日は」


 そこまで言って止まった。


 昨日。


 どうだった?


 積む時、数は見た。


 荷札も見た。


 縄も締めた。


 でも、この角を見た記憶がない。


「最初から?」


 男に聞かれる。


「分かりません」


 口の中が乾いた。


「見てなかったので」


「開けるぞ」


「はい」


 紐を解く。


 包みを開く。


 中には折り畳まれた布が入っている。


 男が取り出す。


 一枚。


 もう一枚。


 俺も横から見る。


 破れてはいない。


 汚れもない。


 ただ、外側の包みが少し押されていただけだった。


「中は平気だな」


 男が言う。


 身体から力が抜けた。


「……よかった」


「そんな顔するほど?」


「すみません」


「別に怒ってないよ」


 男は布を戻し始める。


 俺も手伝う。


「次から積む時見とけば?」


「はい」


「最初からならお前のせいじゃないし」


 簡単な言葉だった。


 でも、それが一番引っかかった。


 最初からだったのか。


 途中でなったのか。


 今の俺には分からない。



 残りを降ろす。


 受け取りの印をもらう。


 仕事自体は終わった。


 何も壊していない。


 問題なし。


 それなのに、店を出ても気持ちは軽くならなかった。


 荷台へ戻る。


 空になった床を見る。


 さっきの包みを置いていた場所に手を当てる。


 何か出っ張っているわけでもない。


 縄が当たったのかもしれない。


 最初からかもしれない。


 分からない。


「見てなかったからな……」


 それだけだった。



「兄ちゃん」


 声をかけられた。


 顔を上げる。


 隣の店の前に、年配の女が立っていた。


「ミレア帰る?」


「はい」


「荷台空いてる?」


「空いてます」


「ちょっと待って」


 店の中へ入っていく。


 すぐに小さな木箱を持って戻ってきた。


「これ、ミレアまで頼めない?」


 いつもなら、空荷で帰らなくて済むと先に思ったかもしれない。


 今日は違った。


「中身、見てもいいですか?」


 女が少し眉を上げる。


「中?」


「壊れやすいものか確認したいので」


「ああ。瓶だよ」


 蓋を開けてもらう。


 小さな瓶が並んでいる。


 間には布が詰められていた。


「香油。薬屋のリードに」


「何本ですか?」


「十二」


 一緒に数える。


 十二本。


 一つずつ細かく触ったりはしない。


 でも、割れている物がないことは見る。


 箱の角も見る。


 一箇所、古い傷があった。


「ここ、傷ありますね」


「ああ、それ前から」


「分かりました」


 自分の帳面に短く書く。


 箱角に傷。


 女が覗き込んだ。


「そこまで書くの?」


「さっき別の荷物で、最初から傷があったのか分からなくなったので」


「今日?」


「今日です」


「何か壊した?」


「壊してません」


「じゃあよかったじゃない」


「まあ……そうなんですけど」


 女は笑った。


「若いねえ」


 今の身体は十五歳なので、その通りだった。



 運賃を決める。


 帰り道で、箱一つ。


 大きくは取らない。


 金額を言うと、女はすぐ頷いた。


「じゃあお願い」


「はい」


 箱を荷台へ載せる。


 今度は置く場所も考えた。


 底が平らな場所。


 動きにくい位置。


 周りに何もないので、縄だけではかえって揺れそうだった。


 持っていた布を丸めて隙間へ入れる。


 箱を軽く押す。


 動かない。


「それなら大丈夫そうだね」


 女が言う。


「多分」


「多分?」


「……大丈夫です」


 言い直した。



 町を出る。


 荷台には箱が一つ。


 いつもなら少なく見えるはずなのに、今日は妙に存在感があった。


 途中で休む。


 ロイに水。


 俺も昼飯。


 食べながら箱を見る。


 一度確認する。


 傷はそのまま。


 蓋も閉じている。


 十二本。


 そこまで考えて、数える必要はないと思い直した。



 ミレアへ戻ると、そのまま薬屋へ向かった。


「届け物です」


 老人が出てくる。


「おお、来たか」


 箱を降ろす。


 蓋を開ける。


 中を見る。


「十二本です」


「聞いてるよ」


 老人が一本持ち上げる。


 割れていない。


 もう一本。


「大丈夫そうだな」


 受け取りをもらう。


 ようやく肩の力が抜けた。


「ありがとう」


「ありがとうございました」


 店を出る。


 今度こそ、本当に終わった。



 ベルナー商会へ戻る頃には夕方になっていた。


 父が店先にいた。


「おかえり」


「ただいま」


「どうだった?」


 受け取りの紙を渡す。


「荷物は無事」


「は?」


「何でもない」


 帰り荷の話もする。


「向こうで頼まれた」


「もう?」


「箱一つだけ」


「それでも仕事だよ」


 父は運賃を聞き、少し考えた。


「悪くないんじゃない?」


「本当?」


「帰り道だしね」


 そこで今日の包みの話をした。


 父は怒りも驚きもしなかった。


「中身は?」


「無事だった」


「じゃあ今回はよかったね」


「でも、最初からへこんでたのか分からなかった」


「そうだね」


「父さんならどうする?」


「目立つ傷なら、預かる時に見るかな」


「全部見る?」


「全部細かく見てたら日が暮れるよ」


 やっぱりそこは適当だった。


「だから、変だと思ったところだけ」


「そんなもん?」


「そんなもん」


 父は受け取りの紙を帳面へ挟んだ。


「そのうち自分で加減分かるようになるんじゃない?」


 頼りになるような、ならないような答えだった。



 夜。


 今日の仕事を帳面に書く。


 ボルクの荷物。


 帰りに頼まれた木箱。


 その横に、小さく残しておく。


 預かり時、目立つ傷を確認。


 書いてから少し眺める。


 大したことではない。


 今日だって、結局何も壊していない。


 それでも、朝の自分とは少し違う気がした。


 数が合っているだけでは足りない。


 無事に届いたかだけでもない。


 預かった時、どんな状態だったのか。


 そこまで見て初めて、自分の荷物になる。


 ――いや。


 自分の荷物ではないからこそ、見るのかもしれない。


「難しいな」


 呟く。


 帳面を閉じる。


 明日の仕事はまだない。


 でも、今日の帰りに空だった荷台へ箱を一つ載せた時の感覚は、朝より少しだけ違っていた。

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