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馬車一台から始める異世界物流  作者: 甘藷屋


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第11話 ベルナー運送

第11話 ベルナー運送


 初仕事の翌朝、俺はいつもより少し早く目が覚めた。


 身体が痛い。


 特に腕と腰。


 昨日はそこまででもなかったのに、一晩寝たらしっかり残っていた。


「痛……」


 起き上がる。


 前世でもよくあった。


 若い頃は翌日に来た筋肉痛が、歳を取ると少し遅れて来るようになった。


 今の身体は十五歳なのに、そこまで前世を真似しなくていいと思う。


 着替えて外へ出る。


 商会の裏へ回ると、ロイはもう起きていた。


「おはよう」


 声をかける。


 こっちを見る。


 それだけだった。


「もうちょっと反応してくれてもいいだろ」


 餌を用意する。


 今度は寄ってきた。


「結局それか」


 昨日一日一緒に走ったからといって、急に仲良くなるわけではないらしい。



 馬車も確認する。


 車輪。


 荷台。


 縄。


 昨日使った雨除けの布は、そのまま畳んである。


 別に今日は仕事が決まっているわけではない。


 それでも何となく触ってしまう。


「朝から何してんだ」


 後ろから声がした。


 ガルドだった。


「見れば分かるだろ」


「俺の真似すんな」


「前にそう言われたから」


 ガルドが鼻を鳴らした。


「昨日どうだった」


「普通」


「壊した?」


「何も」


「馬は?」


「元気」


「ならいい」


 本当にそれだけだった。


「もうちょっと聞かないの?」


「何を」


「最初の仕事だったんだけど」


「帰ってきたなら終わったんだろ」


 それはそうだけど。


 ガルドは店の方へ歩いていった。


 少しして振り返る。


「荷札間違えた?」


「間違えてない」


「なら上出来だ」


 褒められた。


 たぶん。



 朝食の後、父に呼ばれた。


 店の奥にある小さな机。


 昨日の受け取りの紙と、帳面が置いてある。


「これ」


 父が受け取りの紙を指差す。


「昨日の?」


「そう」


「何か問題あった?」


「ないよ」


 父が帳面をめくる。


「ただ、書くところがなくて」


「何を?」


「誰に頼んだか」


 父が指で一行を叩く。


 そこには今まで、ガルドの名前や他の運び屋の名前が書かれていた。


「エリクでいいんじゃない?」


「僕もそう思ったんだけど」


「じゃあそれで」


「今はね」


 父は少し困った顔をした。


「これから他の商会から仕事を受けるなら、何か名前あった方がいいよ」


「名前?」


「仕事の名前」


 少し考える。


 確かに、ずっと『ベルナー商会のエリク』ではまずい。


 ベルナー商会とは別の仕事として始めた。


 父も昨日、ちゃんと運賃を払った。


「運び屋エリク」


 横から兄が言った。


 いつの間に来た。


「嫌だ」


「分かりやすいじゃん」


「絶対嫌」


「エリク運送」


「もっと嫌」


「何が違うんだよ」


 父が笑っている。


「兄さんの店じゃないんだから真面目に考えてよ」


「じゃあ自分で決めろ」


 そう言われると困る。


 大げさな名前は嫌だ。


 馬車一台。


 馬一頭。


 従業員もいない。


 立派な名前だけ付けても仕方がない。


「……ベルナー運送でいいんじゃない?」


 父が少し首を傾けた。


「そのままだね」


「分かりやすいだろ」


「ベルナー商会と間違えない?」


「商会と運送なら分かるよ」


 兄が帳面を覗き込む。


「俺は運び屋エリクの方が好きだけど」


「却下」


「じゃあベルナー運送でいいんじゃない?」


 軽い。


 こんな感じで決めていいのかと思った。


 父はもう帳面に書き始めている。


「ちょっと待って」


「何?」


「もう書くの?」


「決まったんでしょう?」


「まあ……決まったけど」


 父の字で、


 ベルナー運送。


 と書かれた。


 思っていたよりあっさりだった。


「はい」


「はいって」


「今日からベルナー運送」


 兄が笑う。


「立派な会社だな。馬車一台」


「うるさい」


「従業員一人」


「俺だけだから一人でいいんだよ」


「馬は?」


「従業員じゃない」


 外からロイの鳴き声が聞こえた。


 兄が笑った。


「不満だって」


「たぶん餌だよ」


 名前が決まった瞬間としては、かなり締まらなかった。



 それから数日間、仕事はなかった。


 本当にない。


 朝、ロイの世話をする。


 馬車を見る。


 ベルナー商会を手伝う。


 昼。


 まだない。


 夕方。


 ない。


「仕事って毎日来ないんだな」


 俺が言うと、父が笑った。


「始めたばっかりだからね」


「家の荷物は?」


「今日はない」


「明日は?」


「たぶんない」


「明後日」


「知らない」


 暇だった。


 馬車を買う前は、買えばすぐ走れるような気がしていた。


 そんなわけはない。


 荷物がなければ走れない。


 当たり前なのに、実際に暇になると落ち着かなかった。


 商会の手伝いをしながらも、店に人が来るたびに少し気になる。


 荷物?


 違う。


 取引?


 違う。


 ただの客。


 その繰り返しだった。



 四日目。


「エリク」


 店の奥から父に呼ばれた。


「何?」


「仕事」


 手に持っていた箱を落としそうになった。


「どこ?」


「まだ決まってない」


「仕事じゃないじゃん」


「話があるって」


 店先を見る。


 一人の男が父と話していた。


 知っている顔だ。


 ボルク・ネイン。


 何度かベルナー商会へ来ている商人だった。


「こんにちは」


 俺が近づくと、ボルクがこっちを見る。


「お前が始めたんだって?」


「はい」


「運び屋」


「ベルナー運送」


 初めて他人に言った。


 少し恥ずかしい。


 ボルクは一度父を見た。


「名前まで付いたのか」


「数日前にね」


 父が笑う。


「そのまんまだけど」


「分かりやすくていいだろ」


 俺が言うと、ボルクも笑った。



 話は簡単だった。


 ミレアから街道を少し南へ行った町まで、布を運んでほしいらしい。


 荷物は多くない。


 馬車の半分にもならない。


「急ぎですか?」


「いや。明日出て、その日のうちに着けばいい」


「帰りは?」


「知らん」


 ボルクはあっさり言った。


「こっちへ持ってくる荷物はないんですか?」


「俺のはない」


 父が横から俺を見る。


 余計なことを聞くなと言いたいわけではなさそうだった。


 ただ見ている。


「運賃は?」


 ボルクが言う。


 ここで少し詰まった。


 父の荷物は、父が金額を決めてくれた。


 今回は違う。


 自分で決めないといけない。


「……このくらいでどうですか」


 金額を言う。


 ボルクはすぐには答えなかった。


 少し考える。


「高くはないな」


「安い?」


「そうとも言ってない」


 難しい。


「じゃあそれで」


 決まった。


 あっけない。


「荷物はいつ?」


「夕方持ってくる」


「分かりました」


 ボルクは父と別の話を少ししてから帰っていった。



 いなくなった後、父が俺を見る。


「安かった?」


 聞く。


「どうだろうね」


「父さん分かるだろ」


「僕が答えたら意味ないでしょう」


「急に先生みたいなこと言うじゃん」


「まあ、大赤字ではないよ」


 そこまでは教えてくれた。


「じゃあいい」


「いいの?」


「最初だし」


「それはあんまり言わない方がいいかもね」


「何で?」


「最初だから安くします、がずっと続く人いるから」


 それだけ言って、父は店の奥へ戻った。


 俺は少し考えた。


 安くしすぎたのかもしれない。


 でも、まだ分からない。


 実際に走ってみれば、餌代や使う時間も見える。


 今度考えればいい。



 夕方、ボルクが布を持ってきた。


 包みが六つ。


 俺は一つずつ確認する。


「全部同じ?」


「同じ」


「濡れたらまずい?」


「できれば濡らすな」


「できれば?」


「多少なら平気だ。でも雨なら布掛けろ」


「分かりました」


 荷札を見る。


 届け先。


 数。


 全部確認する。


 ボルクが俺を見ていた。


「結構細かいな」


「最初なので」


 言ってから父の言葉を思い出した。


「……今のなしで」


「何が?」


「何でもないです」


 ボルクは変な顔をした。



 荷物を積み終わる。


 縄を締める。


 一度触る。


 もう一度見る。


「明日だろ?」


 兄が言う。


「そうだけど」


「今から出そうな顔してる」


「出ないよ」


「寝られる?」


「寝られる」


 たぶん。


 ガルドが店の前を通りかかった。


 こっちを見て止まる。


「荷物か」


「うん」


「どこ」


「南の町」


「誰の」


「ボルクさん」


「そうか」


 荷台を見る。


 縄を見る。


 何も言わない。


「どう?」


 聞いてしまった。


「何が」


「積み方」


「自分で考えろ」


「ちょっとくらい見てよ」


「見た」


「で?」


「明日落ちなきゃ正解だ」


 それは結果論ではないのか。


 ガルドはそのまま行ってしまった。



 日が落ちる前、荷台に雨除けの布も積んだ。


 天気は悪くなさそうだった。


 でも一応。


 最後に荷札を見る。


 六つ。


 全部ある。


 ベルナー商会の荷物ではない。


 初めて、外の客から預かった荷物だった。


 昨日まで何も積まれていなかった自分の馬車に、仕事が載っている。


 その感じが妙に嬉しかった。


 店へ戻ろうとすると、父が入口に立っていた。


「明日早いよ」


「分かってる」


「寝坊したら?」


「起こして」


「自分で起きなさい」


 横から母の声が飛んできた。


 父と顔を見合わせる。


「だって」


「聞こえてる」


 荷台を見る。


 六つの包み。


 たったそれだけ。


 それでも明日は、ベルナー商会の手伝いではない。


 ベルナー運送の仕事だった。

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