シーン6:自浄作用(監視システム)の完成と、かき氷の甘い蜜
幻星蘭のバブル崩壊から一ヶ月後。
王都はまだうだるような夏の暑さが残っていたが、銀花銀行本店の頭取室は、氷の魔導具によって極上の避暑地へと変貌していた。
「ん〜っ、冷たくて美味しい! やっぱり夏は、特大のイチゴシロップをかけた『魔導かき氷』に限るわね」
私はソファで足を伸ばし、銀の匙でシャリシャリとかき氷をすくいながら、幸せなため息を吐いた。
私の足元では、ルンが冷たい冷気を独り占めするように平たく伸びて、「きゅぅぅ……」ととろけた声を上げている。
コンコン、と控えめなノックの音が響き、頭取室に二人の人物が入ってきた。
一人は銀縁眼鏡を光らせるベルノ。そしてもう一人は――かつての派手な紫のスーツを脱ぎ捨て、銀花銀行の地味でカッチリとした『標準制服(行員服)』に身を包んだ、元・天才相場師のユリアンだった。
「……会長。報告いたします。南部諸島で産出される『海竜の涙(真珠)』を使った新しい投資ファンドですが、完全に詐欺だと裏を取りました」
ユリアンは目の下に酷い隈を作っているものの、その声には一切の淀みがなく、手元の資料をテキパキと読み上げた。
「奴らが資金を集め切る前に、私が裏からダミー会社を使って空売りを仕掛け、同時に不正な帳簿を警備隊にリークしました。首謀者はすでに逮捕され、市場への被害はゼロ。……我々の空売りによる利益は、ざっと金貨千枚といったところです」
「素晴らしいわ、ユリアン! 完璧な仕事ね」
私はかき氷の匙を置き、パチパチと拍手をした。
「人間、やればできるじゃない。市場を壊すより、市場を守りながら詐欺師からお金を巻き上げる方が、ずっとスマートで安全なビジネスでしょう?」
「は、はい……。おっしゃる通りでございます、会長……」
ユリアンは引きつった愛想笑いを浮かべながら、チラリと横に立つベルノを見た。
「ユリアンはよくやってくれていますよ」
ベルノが冷たい声で、しかし確かに評価するトーンで言った。
「私が設定した『一日の睡眠時間四時間』という過酷な労働環境にも耐え、この一ヶ月で五件の小規模な詐欺を未然に防ぎました。彼の相場を読む目だけは、本物のようです」
「ひぃっ……! い、いえ、全てはベルノ副頭取の温かいご指導の賜物です! 私など、まだまだ会長の足元にも及びません!」
ユリアンが直立不動で叫ぶ。すっかりベルノの恐怖政治によって、忠実な社畜へと調教されているようだ。
「ふふっ、その調子で頼むわね。あなたの借金が返し終わる頃には、立派な銀行マンになれるわよ」
私が笑いかけると、ユリアンは「一生ついていきます!」と涙目で深く頭を下げた。
ユリアンが新たな調査のために逃げるように退室した後、ベルノがふっと表情を和らげた。
「……会長の目論見通り、我が銀行の『自浄作用(監視システム)』は完璧に機能し始めました。これで、二度とあのような馬鹿げたバブルが王都で起きることはないでしょう」
「ええ。それに、今回の騒動は私たちにとって良い『宣伝』にもなったわ」
私はかき氷の器を置き、窓から王都の街並みを見下ろした。
幻星蘭のバブルで自己破産しかけた市民たちは、銀花銀行が空売りの利益で借金を帳消しにしてくれたことで、完全に私たちを「命の恩人(神様)」として崇拝するようになった。
彼らは今、「もう二度と怪しい儲け話には乗らない」と固く誓い、以前にも増して真面目に働き、銀花銀行の経済圏を支える優秀な労働力(働き蟻)として日々汗を流している。
「バブルという『熱病』の恐ろしさを骨の髄まで味わわせた上で、優しく薬を与えて救済する。……これで彼らは、一生私の作ったシステムから離れられなくなったわね」
「恐ろしいお方です。……ですが、これで本当に、会長を煩わせるような問題は全て排除されましたね」
ベルノが深く一礼する。
東の軍閥、西の帝国、北の宗教国家、そして王都内部の投機バブル。
外からの脅威も、内からの病理も、全てが資本主義のルールの中で完全にコントロールされた。
「ええ。もう、私が指一本動かさなくても、世界は勝手にお金を稼いで私の金庫に運んできてくれるわ」
私は大きく伸びをして、再びソファにごろんと横たわった。
氷の魔導具が涼しい風を運び、夏の終わりの心地よい静寂が頭取室を満たしていく。
「あーあ、疲れた。私、このまま秋が来るまで冬眠ならぬ『夏眠』するから、あとは全部ベルノとユリアンに任せたわよ。……おやすみなさい」
「……承知いたしました。ゆっくりお休みください、私たちの小さき覇王様」
ベルノが苦笑しながら毛布をかけてくれるのを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。
没落寸前のモブ令嬢が夢見た、何もしなくても美味しいものが食べられて、誰にも脅かされない究極の怠惰な生活。
それは数々の経済戦争と、えげつない錬金術の果てに、ついに永遠のものとして完成したのである。




