シーン5:地下尋問室と、天才相場師の再就職(ヘッドハント)
王都の地下深くにひっそりと存在する、銀花銀行の『特別尋問室』。
窓一つない冷たい石造りの部屋の中央で、かつて王都を熱狂の渦に巻き込んだ天才相場師ユリアンは、椅子に縛り付けられ、恐怖に歯の根をガチガチと鳴らしていた。
彼の背後には、巨漢のガストンが腕を組み、仁王立ちで睨みを利かせている。
「ひ、ひぃぃ……! た、頼む、殺さないでくれ! 金なら返す! いや、今はないが、必ず別の相場を作って倍にして返すから!!」
紫色のスーツをボロボロにしたユリアンが、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら命乞いをする。
重厚な鉄の扉が開き、そこに現れたのは、漆黒のコートを目深に被った私と、銀縁眼鏡を光らせるベルノだった。
「……倍にして返す? 呆れたわね。他人のお金(資本)でギャンブルをして負けた分際で、まだそんな寝言を言っているの?」
私が冷ややかな声で言い放つと、ユリアンはビクッと体を震わせた。
「お、お前が……銀花会議のトップか……! てめえ、よくも俺の完璧な計画を……!! 現物を大量に投下して市場をクラッシュさせるなんて、そんな反則(ルール違反)が許されると思って……!」
「ルール違反?」
私はフッと鼻で笑い、彼を見下ろす位置に立った。
「ルールを作っているのは私よ。……そもそも、現物の裏付け(バックアップ)もない空虚な『権利書』だけで、無限に相場が上がり続けると信じていたあなたの設計が三流だったのよ」
私は漆黒のコートのフードをバサリと脱ぎ捨てた。
現れたのは、冷酷な金融覇王の素顔――まだあどけなさの残る、十六歳の少女の姿だ。
「なっ……!? が、ガキ……!? お前みたいな小娘が、あの悪魔みたいな『空売り(ショート)』を仕掛けたっていうのか!?」
ユリアンは信じられないものを見るように目を剥いた。
「ええ、そうよ。私が全て計算して、あなたから市場の富を根こそぎ奪い取った。……ユリアン、あなたは投資家から集めた資金を全て失い、今や莫大な『借金』だけが残っているわね」
私はベルノから一枚の書類を受け取り、ユリアンの目の前に突きつけた。
「これが、あなたが抱え込んだ損失の総額よ。……さて、どうやって落とし前をつけてもらおうかしら。王都の地下水道で、死ぬまで強制労働(スライムの餌)にでもなる?」
「ひっ……!! 嫌だ、死にたくない! 頼む、なんでもする! 靴でも舐めるから、命だけは……!!」
ユリアンは完全にプライドをへし折られ、情けなく泣き喚いた。
私はその姿を冷徹に観察しながら、心の中で小さく舌を出した。
(ふふっ、完全に心が折れたわね。……でも、こんな頭の回る男をただの奴隷として使い潰すのは、資本の無駄遣いよ)
ユリアンは確かに詐欺師だが、市場の心理を読み、大衆の『強欲』を煽ってコントロールする手腕は本物だった。私がいくらシステムを作っても、今回のようにその隙を突いてバブルを引き起こすイレギュラーは今後も現れるかもしれない。
それなら……。
「……命だけは助けてほしいのね?」
私が静かに問いかけると、ユリアンは狂命に首を縦に振った。
「ええ、いいわ。死人に借金は返せないもの。あなたのその『大衆を騙す才能』、私が買い取ってあげる」
「え……?」
ユリアンが間の抜けた声を出す。
私はベルノに目配せをし、今度は『雇用契約書』と書かれた分厚い羊皮紙をテーブルの上に広げた。
「今日から、あなたを銀花銀行の『市場監視および高リスク資産運用部門』の特別顧問に任命するわ」
「は……? し、市場監視……?」
「そうよ。あなたは誰よりも、人間の強欲とバブルの仕組みを理解している。だから、これからは私の下で働き、王都の市場に現れる『あなたのような詐欺師(第二のユリアン)』をいち早く見つけ出し、事前に叩き潰すのがあなたの仕事よ」
いわゆる、毒を以て毒を制す。
最高のハッカーをセキュリティの責任者に雇うようなものだ。
「もちろん、給料は歩合制。成果を出せば、あなたが抱えた莫大な借金から少しずつ差し引いてあげる。……まあ、完済するまでには、ざっと『八十年』くらい無休で働くことになるでしょうけど」
「は、八十年……!?」
ユリアンが絶望に顔を引きつらせる。
「嫌なら、今すぐスライムの餌よ」
「や、やります!! 喜んで働かせていただきますぅぅぅ!!」
ユリアンは縛られたままの体をよじり、契約書に血判を押す勢いで頭を擦り付けた。
「よろしい」
私は満足げに頷き、ガストンに命じてユリアンの縄を解かせた。
「ベルノ、彼の部署の立ち上げと監査はあなたに任せるわ。少しでも不正をしようとしたら、即刻……分かるわね?」
「承知いたしました、会長。骨の髄まで、我が商会のために働いていただきましょう」
ベルノが銀縁眼鏡の奥で、ユリアン以上に悪魔的な笑みを浮かべる。
「あ、悪魔だ……。この商会は、人間の血が通ってねえ……」
ユリアンが床にへたり込み、ガタガタと震えながら呟いた。
「褒め言葉として受け取っておくわ。さあ、これからは銀花銀行の立派な『社畜』として、私の平和な日常を守るために死ぬ気で働きなさい」
私はくるりと背を向け、漆黒のコートを翻して尋問室を後にした。
(やったわ! これで市場の面倒な監視業務を、タダ同然で丸投げできる『超有能な人材』をゲットできた! これで私の夏休みは、さらに完璧なものになるわね!)
冷酷な金融覇王の仮面の下で、究極のモブ令嬢は、自分がサボるための新たなシステムの完成に、心の底から歓喜のステップを踏んでいた。
大衆の熱狂を操った天才相場師は、こうして見えざる手によって完全に調教され、私が世界を怠惰に支配するための『新しい歯車』として組み込まれたのである。




