↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第7章:熱狂の球根(バブル)と、空売りの魔術師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/82

シーン4:暴落の引き金(ナイアガラ)と、紙屑になった権利書

王都の自由市場。

無限に上がり続けると信じられていた幻星蘭の価格が、銀花会議の放った「見えざる売り圧」によって完全に停滞し、群衆の間に不気味な静寂と焦燥感が漂い始めた、その時である。


パァァァァァァァンッ!!


広場の入り口から、東部の軍閥が使う勇壮な角笛の音が鳴り響いた。

群衆が何事かと道を空けると、そこには土煙を上げて進みくる、数十台にも及ぶ巨大な荷馬車の列があった。馬車の先頭で手綱を握っているのは、かつて私が物流(兵站)を掌握し、今や私の強固なビジネスパートナーとなっている東部の覇者――バルザック辺境伯その人だった。


「ガハハハハッ! アークレインの皆の衆、待たせたな! 辺境の山奥から、王都で大流行していると噂の『幻星蘭の球根』を、山ほど持ってきたぞ!!」


バルザック辺境伯が荷馬車の幌をバサァッと乱暴に剥ぎ取る。

その瞬間、市場にいた全員の動きが完全に停止した。


荷馬車の中に山積みにされていたのは、紛れもない『幻星蘭の球根』の現物だった。しかも、一台や二台ではない。馬車数十台分、数万個という、目眩がするような圧倒的な物量である。


「な、なんだよあれ……! 東部では天候不順で『極端な不作』じゃなかったのか!?」

群衆の一人が、震える声で叫ぶ。


「不作ゥ? 誰だそんな馬鹿なデマを流したのは!」

バルザック辺境伯は、球根を一つ手に取り、りんごでもかじるようにガハハと笑った。


「今年は百年に一度の『超・大豊作』だ! 山のあちこちに雑草みてえに生えやがって、引っこ抜くのに苦労したくらいだぜ! 倉庫に入りきらねえから、『銀貨一枚』で叩き売りしてやる! ほら、持ってけ!!」


バルザック辺境伯の部下たちが、スコップで球根をすくい上げ、広場にザザーッとばら撒き始めた。


「……ぎ、銀貨、一枚……?」


その瞬間。

市場を支配していた熱狂の魔法が、パリィンッ、と音を立てて砕け散った。


彼らが「金貨三百枚(銀花銀行券三十万リーブル)」という借金をしてまで奪い合っていたのは、『秋にならなければ絶対に手に入らない希少な球根』の権利書だったはずだ。

それが今、目の前で、ただの雑草のように「銀貨一枚」でばら撒かれている。


市場という巨大な生き物が、『真実』に気づいた瞬間だった。


「う……うわああああああああっ!!」


誰かの悲鳴のような絶叫が、暴落(クラッシュ)の合図だった。


「売れ!! 俺の権利書を売ってくれ! 金貨三百枚でいい!!」

「馬鹿野郎、銀貨一枚で現物が買えるのに、金貨三百枚で権利書を買う奴がいるか! 金貨百枚だ、いや、金貨十枚でいいから誰か買ってくれ!!」

「お願いだ、これを売らなきゃ俺は破産なんだ!! 金貨五枚! 誰かあああッ!!」


先ほどまで権利書を奪い合っていた市民たちが、今度は我先にと権利書を売り払おうと狂乱し始めた。

しかし、買い手は誰一人としていない。全員が「売りたい」と叫んでいるのだ。需要と供給のバランスが完全に崩壊し、価格は文字通り滝のように(ナイアガラ)垂直落下していく。


金貨300枚 ➔ 150枚 ➔ 50枚 ➔ 10枚 ➔ 1枚……。


わずか数分の間に、幻星蘭の先物価格は『99%以上の暴落』を記録し、ただの紙屑へと成り下がった。


***


「ば、馬鹿な……! う、嘘だろ……!!」


大パニックに陥る広場の中央で、相場師ユリアンは膝から崩れ落ち、震える両手で自分の頭を抱え込んでいた。

彼の足元には、彼自身が高値で売り抜けるために隠し持っていた、莫大な数の権利書が散らばっている。数分前まで「金貨数万枚」の価値があったそれは、今や便所紙ほどの価値もないゴミと化していた。


「なんで……なんで現物がこんなに大量に……! 俺の計画は完璧だったはずだ!! これじゃあ、俺が借りた投資資金が返せねえ……!!」


ユリアンの絶望の呟きをよそに、市場の片隅では、黒服の男たち――銀花会議の暗部が、静かに、そして迅速に動いていた。


「……現在の相場、権利書一枚につき『金貨一枚』。これより、市場に溢れている権利書の『買い戻し(ショート・カバー)』を開始する」


彼らは、パニックに陥って「金貨一枚でもいいから売りたい」と泣き叫ぶ市民たちから、暴落した権利書を次々と底値で買い叩き(回収し)始めたのだ。


***


「……完璧ね」


銀花銀行の頭取室。

望遠鏡から目を離した私は、冷たく冷えたハーブティーを一口飲み、満足げに微笑んだ。


「お、恐るべき手際です……」

背後で報告を受けていたベルノが、顔面を蒼白にさせながら震える声で言った。


「バルザック辺境伯に協力させて大量の現物を投下し、市場をパニックに陥れる。そして、暴落した権利書を底値で買い戻す。……これで我々は、貴族から借りた権利書をきっちり手元に戻しつつ、一つにつき『金貨二百九十九枚』という莫大な差額利益を手に入れました」


「当然よ。私が仕掛けたんだから」


私はソファに深く腰掛け、ルンの柔らかい頭を撫でた。

空売り(ショート)の最大のカタルシスは、この「暴落によって利益が確定する瞬間」にある。相場師ユリアンが作り上げた強欲のバブルは、私の『圧倒的な物理(現物投下)』と『金融魔術(空売り)』の前に、一切の抵抗を許されず完全にへし折られたのだ。


「しかし、会長。我々が莫大な利益を得た一方で、高値で権利書を買ってしまった市民たちは、完全に自己破産です。彼らが我が銀行から借りた数千万リーブルの借金は、どうするのですか?」


ベルノの尤もな懸念に、私はフッと優しい、しかしどこまでも計算高い商会主の笑みを浮かべた。


「安心しなさい。そのために、私が空売りで莫大な利益を出しておいたんじゃない」


私はデスクの上に、今回の一連の取引で得た莫大な利益の計算書を放り投げた。


「市民たちが抱えた借金(不良債権)は、今回の空売りで得た利益で全て『帳消し』にしてあげるわ。彼らには『二度とバブル(ギャンブル)には手を出さない』という誓約書を書かせて、今まで通り真面目に働いてもらうのよ。……労働力(働き蟻)が自己破産して消えてしまったら、私の不労所得システムが回らなくなっちゃうもの」


ベルノは一瞬呆気にとられた後、深い、深い感嘆の溜息を吐いて深く頭を下げた。


「……悪魔のような手口で市場を破壊し、最後は神のように借金を帳消しにして救済する。会長の掌の上で、王都の経済は完全に踊らされていますね」


「私はただ、平和で安全な世界を守りたいだけよ」


私は悪びれもせずウィンクをした。

残るは、この騒動の火種を作り出し、私の平穏な夏休みを邪魔した『相場師ユリアン』の始末である。


「さて、ベルノ。……広場で絶望しているあの紫色のスーツの詐欺師を、ここの地下の『特別尋問室』に連行してきなさい。落とし前(ペナルティ)を、きっちり払ってもらうわよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。