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学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第4章:海を越える黒船と、モブ令嬢の経済戦争

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シーン2:自由市場の視察と、安かろう悪かろうの正体

潮の香りとスパイスの匂いが混ざり合う、王都南部の港湾区『自由市場』。

普段なら地元のアークレイン商人が威勢の良い声を響かせているこの場所は、たった数日の間に、見慣れない白と金で彩られた旗によって完全に埋め尽くされていた。


「さあさあ、寄ってらっしゃい! ヴァレリウス帝国が誇る最新の『帝国製・魔力コンロ』だ! 王都の相場のなんと三分の一! ポーションも安いよ! 銀花会議の品なんて目じゃないぜ!」


派手な法被(はっぴ)を着た帝国の商人たちが、銅貨を握りしめた平民たちを次々と呼び込んでいる。飛ぶように売れていく品物の数々。市場は異常な熱気に包まれていた。


「……予想以上ですね。完全に下位市場(マス・マーケット)を食い荒らされています」


目立たない茶色の外套のフードを深く被ったベルノが、苦々しい声で呟く。

隣を歩く私も、同じく平民の町娘のような質素な服に身を包み、人だかりの後ろからその狂乱の光景を静かに観察していた。


「きゅぅ……」

私の腕に抱かれた籠の中で、ルンが人混みの熱気に当てられて不満そうに鼻を鳴らす。


「仕方ないわ。平民にとって『安い』というのは、どんな美辞麗句よりも強い正義だもの。……でも、少し安すぎるわね。輸送費や関税を考えれば、完全に原価割れ(赤字)のはずよ」


私は一つ息を吐くと、意を決して帝国商人の屋台へと近づいた。


「おじさん、この『帝国製ポーション』と『小型魔力灯』を一つずつちょうだい」

「おっ、嬢ちゃんお目が高い! 合わせて銅貨八枚だ!」


私はベルノから受け取った硬貨を支払い、安っぽい小瓶に入った赤い液体と、ブリキ製の魔力灯を受け取った。路地裏の物陰に移動し、早速その『驚異の安さの正体』の検品を始める。


「会長、いかがですか? やはり、生産ラインの効率化でコストを下げているのでしょうか」


「……生産ラインの問題じゃないわ。これは『材料』が根本的に違う」


私はポーションのコルク栓を抜き、ツンとした薬品の匂いを嗅いでから、指先に一滴だけ垂らして舌先に乗せた。

瞬間、ピリッとした痺れが走り、私はすぐに持っていたハンカチでそれを吐き出した。


「やっぱりね。これ、ただの『鎮痛剤』と『興奮剤』を色水で割っただけの代物よ。傷を治す成分なんて一滴も入っていないわ」

「な、なんですって!? それではポーションとは呼べません!」

「でも、怪我をした時にこれを飲めば、痛みは一瞬で消える。平民たちは『治った』と錯覚するわ。……問題は、痛みが消えたまま無理をして働き続ければ、傷口から腐死(壊死)が始まって、最悪の場合、手足を切断することになるということよ」


私はポーションの小瓶をベルノに渡し、次にブリキの魔力灯の裏蓋を外して中の回路を覗き込んだ。


「こっちも酷いものね。魔力回路の塗料に、銀じゃなくて質の悪い『鉛(なまり)』を混ぜているわ。それに魔石も未研磨のクズ石。一週間も使い続ければ回路が焼き切れて……最悪、破裂して火事を起こすわよ」


「……っ! まるで時限爆弾ではありませんか! 直ちに王都の警備隊に通報し、販売を差し止めさせましょう!」


ベルノが青ざめて声を荒げるが、私は静かに首を横に振った。


「駄目よ、ベルノ。今私たちがそれを主張しても、『客を取られた銀花会議の嫉妬と嫌がらせ』だと受け取られるだけ。平民たちは、帝国がもたらした『安さ』という麻薬に完全に酔っているの。酔っ払いに正論は通じないわ」


「し、しかし! このままでは王都中に被害が……!」


「ええ、被害は出るわ。間違いなくね」


私はフードの奥で、氷のように冷たい瞳を細めた。


「レオンハルト公子は、王都の民の命なんて少しも気にかけていない。この粗悪品で王都の相場を完全に破壊し、私たち銀花会議を干上がらせた後で、シレっと『高品質で高価な正規品』に入れ替えて市場を独占するつもりなのよ。……前世の歴史でもよく見た、典型的な悪徳企業のやり口ね」


「ならば、我々はただ指をくわえて被害が出るのを待つしかないと……?」


「指をくわえて待つ? 冗談でしょう」


私はブリキの魔力灯をゴミ箱に放り投げ、外套の埃をパンパンと払った。


「火事が起きるのが分かっているなら、私たちは『水』と『消防車』を高値で売る準備をするのよ。……ベルノ、バルトに伝えて。鎮痛剤の副作用による壊死を治す『特級解毒ポーション』と、魔力火災に特化した『冷却消火剤』を、今のうちに倉庫一杯に増産しておきなさい。もちろん、銀花会議の刻印をしっかり打ってね」


「……事故が起きた後の、救済措置の独占ですか」


「それだけじゃないわ」


私は港湾区の喧騒を見下ろしながら、次なる布石(ルール)を口にした。


「事故が起きた時、王都の民と王家は『なぜこんな粗悪品が流通したのか』と犯人探しを始める。その時、私たちが王家にある提案を持ちかけるの。……『王都で販売される全ての魔導具と薬品に、厳しい安全基準を設ける認証制度(アークレイン・スタンダード)』を新設しましょう、ってね」


ベルノの眼鏡の奥の目が、驚愕に見開かれる。


「安全基準の認証制度……! 規格を我々銀花会議が定めてしまえば、基準を満たさない帝国の粗悪品は、二度と王都で販売できなくなる……合法的な締め出し(ブロック)ですか!」


「その通りよ。真正面の価格競争なんて泥沼には付き合わない。私たちは『法とルール』という新しい壁を作って、帝国の黒船を海へ追い返すの。……そのためには、まず彼らに気持ちよく『自爆』してもらわないとね」


私は腕の中の籠を撫でながら、学園で見たあの翡翠の瞳の少年を思い浮かべる。


レオンハルト・フォン・ヴァレリウス。

あなたが持ち込んだ資本の暴力は、確かに脅威だわ。でも、経済のルールを作るのは、いつだって『その土地の血流を握っている者』よ。


「さあ、戻りましょうか。暴発のカウントダウンが終わる前に、私たちは防波堤の基礎工事を始めなくちゃ」


私は王都の空に翻る帝国の白と金の旗を一瞥し、冷徹なモブ令嬢の笑みを浮かべて、自由市場の喧騒から静かに姿を消した。

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