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学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第4章:海を越える黒船と、モブ令嬢の経済戦争

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シーン1:平穏な学園生活の終わりと、西からの来訪者

王立アークレイン学園の春は、色とりどりの花々が咲き乱れ、どこまでも平和で長閑(のどか)な空気に満ちていた。


「皆さま、ごきげんよう。……ゴホッ、長らくお休みをしてしまって、ごめんなさい」


私は教室の扉を開け、わざとらしく少しだけ弱々しい声で挨拶をした。

重度の『流行り風邪』という名目で約一ヶ月間学園を欠席し、東部の最前線で泥と血と金貨にまみれた兵站(ロジスティクス)を指揮していた私は、今日から晴れて「地味で無害なモブ令嬢」としての生活に復帰したのだ。


「あら、アルフェイドさん。もうお加減はよろしいの?」

「無理なさらないでね。お顔の色、まだ少し白いみたいだし」


隣の席の下級男爵令嬢たちが、気休め程度の労いの言葉をかけてくれる。

私は「ありがとう、もうすっかり良くなったわ」と無難な愛想笑いを浮かべ、一番後ろの窓際の席へと腰を下ろした。


(顔色が白いのは、病み上がりだからじゃないわ。東部の山奥で日照りも気にせず、ずっと天幕の中で帳簿と睨み合っていたからよ)


心の中で毒づきながら、鞄を机の横に掛ける。

「きゅぅ……」

鞄の底から、ルンが窮屈そうに小さな鳴き声を漏らした。王都への凱旋からこっち、たっぷり甘やかされて高級なナッツばかり食べていたせいで、少しだけ丸くなった気がする。


「おとなしくしててね、ルン。今日からまた、退屈な授業の始まりよ」

鞄を軽くポンポンと叩いて宥めると、私は机に頬杖をつき、窓の外の青空をぼんやりと眺めた。


財務卿を失脚させ、軍部のトップであるバルザック辺境伯を完全に掌の上に転がしたことで、王都の経済は今、私の商会(銀花会議)を中心に完璧なサイクルで回り続けている。

国内に敵はいない。

しばらくは商会の運営をベルノたちに任せ、溜まっていた学園の課題でも片付けながら、のんびりとしたモブライフを満喫しよう。


そう、高を括っていた――まさにその時だった。


「ねえ、お聞きになりまして!? 今日から我が学園に、西の『ヴァレリウス通商帝国』から特待留学生がいらっしゃるそうですわよ!」


教室の前方で、令嬢たちが色めき立った声を上げた。

その単語を耳にした瞬間、私の背筋に微かな緊張が走る。


(ヴァレリウス通商帝国……。大陸西部を牛耳る、巨大な経済国家ね)


「なんでも、帝国の巨大商会を束ねる大公家の御曹司だとか!」

「まあ! それに、とっても美しい金髪と翡翠の瞳を持った美少年らしいですわ。王家主催の歓迎の夜会でも、堂々たる振る舞いだったと、お父様が仰っていましたの!」


令嬢たちは新しい恋の噂に夢中だが、私の脳内で弾き出される計算式は全く別のものだった。

あのプライドの高いヴァレリウス帝国が、わざわざこの時期に大公家の人間を「留学生」として送り込んでくる。それが単なる学業目的であるはずがない。


「……嫌な予感がするわね」


私がポツリと呟いた直後。

教室の扉が開き、担任のマルセル先生が、一人の見知らぬ少年を伴って入ってきた。


教室の空気が、一瞬にして静まり返る。

年齢は私と同じ十六歳くらいだろうか。令嬢たちの噂通り、眩いばかりのプラチナブロンドの髪と、宝石のように澄んだ翡翠の瞳。仕立ての良さが一目でわかる、帝国の意匠が施された純白の制服を身に纏い、その立ち姿は彫刻のように完璧だった。


しかし、私が注目したのは彼の美貌ではない。

彼のその翡翠の瞳の奥に宿る、周囲の人間を全て「値踏み」するような、極めて冷徹で計算高い光だ。


(あんな顔、知っているわ。……鏡を見た時の、私と同じ目だもの)


「紹介しよう。今日からこのクラスに入る、ヴァレリウス通商帝国からの特待留学生、レオンハルト・フォン・ヴァレリウス殿だ」


マルセル先生の紹介を受け、少年――レオンハルトは、優雅に一礼した。


「お見知りおきを、アークレイン王国の美しき淑女の方々。レオンハルトと申します。我が帝国の最先端の学問と、この歴史ある王国の素晴らしい文化が、良き『交易』となることを願っております」


非の打ち所のない、完璧な挨拶。

教室中の令嬢たちがため息を漏らし、頬を赤らめる。


だが、私は机の下で静かに腕を組んだ。

良き交易、ね。それはつまり「お前たちの市場を食い物にしてやる」という宣戦布告に等しい。


その日の昼休み。

私は喧騒の教室を抜け出し、学園の裏手にある旧温室へと足を運んだ。

周囲に誰もいないことを確認してベンチに腰を下ろすと、鬱蒼と茂るツタの影から、見慣れた庭師姿の暗部の男が姿を現した。


「……早かったわね。報告を」


「はっ。会長の危惧されていた通りです」


暗部の男は片膝をつき、緊迫した声で早口に報告を始めた。


「レオンハルト公子の学園編入は、単なる表向きの顔です。彼が王都に持ち込んだのは、帝国製の『超安価な大量生産型魔導具』と『質の悪い粗悪ポーション』の数々。昨日から、王都の港湾区にある自由市場で、我々の商品の半額以下という異常な価格で投げ売り(ダンピング)を始めています」


「半額以下……。完全に市場の相場を破壊しに来ているわね」


私は冷ややかに目を細める。


「はい。品質は我々『銀花会議』の足元にも及びませんが、平民たちの中にはその安さに惹かれて帝国製に手を出す者が急増しています。このままでは、我々の下位市場のシェアが奪われるのは時間の問題かと」


ヴァレリウス通商帝国。

彼らのやり口は前世の歴史でもよく知っている。まずは圧倒的な資本力で赤字覚悟の安売り(ダンピング)を行い、地元の産業を完全に焼け野原にする。そしてライバルがいなくなったところで、価格を一気に吊り上げて市場を独占するのだ。


「ベルノはどう動いているの?」


「現在、各部門の代表を集めて緊急会議を開いております。しかし、相手は帝国の国家資本を背負った化け物です。真正面からの価格競争(プライス・ウォー)に応じれば、我々の共同基金でも血を見ることは避けられません」


「価格競争になんて乗らないわよ。向こうの土俵で相撲を取るほど、私は馬鹿じゃないわ」


私はベンチから立ち上がり、手すりに絡みつく枯れたツタを指先でピンと弾いた。


「品質の伴わない安売りは、必ずどこかでボロが出る。……問題は、そのボロが出る前に、私たちがどれだけ効果的な『防波堤(ルール)』を築けるかよ」


「では、会長。次の一手は……?」


私は旧温室の汚れたガラス越しに、王都の青空を見上げた。


「国内の権力闘争が終わったと思ったら、今度は黒船の襲来ね。……いいわ、売られた喧嘩(ビジネス)は高く買わせてもらう。レオンハルト公子がどんな手札を持っているか、まずはじっくりと観察させてもらいましょう」


モブ令嬢の平穏な学園生活は、どうやらたった半日で終わりを告げたらしい。

私は漆黒のコートではなく、学園の紺色のブレザーのポケットに両手を突っ込みながら、新たな『経済戦争』の火蓋が切って落とされたことを、静かに、そして楽しげに受け入れていた。

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