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学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第3章:戦場の血脈は、商人が握る

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シーン5:蘇る軍勢と、東部交易網の覇権

翌朝。

狼叫(ろうきょう)の谷を覆っていた冷たい雨雲は去り、清々しい春の朝日が谷底を照らし出していた。


「おう! お前もちゃんと石鹸で手を洗ったか? 支給された『携帯消毒液』を傷口に塗るのを忘れるなよ!」

「ああ! 防寒軟膏のおかげで足の指の感覚も戻ったし、糧食の腹持ちが良くて力が漲ってくるぜ!」


野営地に響き渡る声は、昨晩の死に絶えそうだった幽鬼の呻きとは打って変わり、活気に満ち溢れていた。

マダム・セリアが開発した純石鹸と消毒液の効果は絶大だった。泥と血にまみれていた兵士たちは清潔さを取り戻し、バルトの軟膏によって凍傷は劇的に改善。そしてガストンの戦闘糧食が、彼らの肉体の底から闘争心を呼び覚ましていた。


私は高台の天幕の前で、淹れたての温かいお茶を飲みながら、眼下で出撃の準備を整える三千の軍勢を見下ろしていた。


「……信じられん。たった一晩で、あれほど死にかけていた軍が、平時以上の士気を取り戻すとは」


私の背後から、重々しい足音が近づいてくる。

振り返ると、そこには隈の消えない疲労した顔ながらも、身嗜みだけは整えたバルザック辺境伯が立っていた。昨夜の屈辱的な敗北を経て、彼の目から傲慢な光は消え失せ、代わりに得体の知れない怪物を見るような畏怖の念が宿っている。


「おはようございます、辺境伯閣下。兵士の皆さんの顔色が良くて何よりですわ」


私はティーカップをソーサーに置き、余裕の笑みを向ける。


「……約束の誓約書だ。私の個人資産から、指定の口座へ金貨を支払う手続きを済ませた」


バルザックが、血の滲むような思いでサインした分厚い羊皮紙を差し出す。

ベルノがそれを受け取り、素早く内容を確認して私に小さく頷いた。


「ありがとうございます。これで昨夜の『お買い物』の精算は完了ね」


「貴様ら商人の力を、私は侮っていた。精神や気位だけでは、飢えも寒さも凌げない。……戦場を支えているのは、泥にまみれて物資を運ぶ者たちの計算と執念だったのだな」


バルザックは、谷底で立ち働く銀花会議の運び屋たちを見つめながら、絞り出すように自らの非を認めた。

東部の猛将として名を馳せた男が、一介の少女に完全に兜を脱いだ瞬間だった。


「分かっていただけたなら結構よ。……でも、私の仕事はまだ終わっていないわ」


私は懐から、別の真新しい羊皮紙を取り出し、バルザックの胸元へ突きつけた。


「な、なんだこれは……。まだ私から搾り取るつもりか!?」

バルザックが身構える。


「搾り取る? 違うわ。これは『契約書』よ」


私は羊皮紙を広げ、その文面を指差す。


「今回の遠征はまだ始まったばかり。魔物生息域での本格的な戦闘はこれからよ。……そこで、我が銀花会議が、この遠征における全物資の補給を『正規の軍属』として請け負うわ。ただし、物資の価格は通常の二倍。そして、この戦争が終わった後、東部辺境における主要街道の『独占交易権』と、五年間の『関税免除』をいただくわ」


「な……っ!? ど、独占交易権に関税免除だと!? 東部の経済を丸ごと乗っ取る気か!」


「その通りよ。あなたの領地の経済は、私が責任を持って潤してあげるわ」


私は一歩踏み出し、バルザックを真っ直ぐに見据える。


「閣下。あなたは軍を指揮することに集中しなさい。兵士が飢える心配も、剣が錆びる心配も、もう二度とさせない。私が後ろにいる限り、あなたの部下は一人たりとも無駄死にさせないわ。……三千の命を預ける対価として、東部の商圏を私に差し出しなさい」


圧倒的な自信と、揺るぎない覚悟。

バルザックは、目の前の十六歳の少女が、もはやただの商人ではなく、国家の血流を自在に操る『女王』であることを痛感させられていた。


「……っ」


バルザックは小さく息を吐き出すと、腰の剣帯から羽根ペンを引き抜き、震える手で契約書にサインを書き殴った。


「……背後は任せるぞ、リリア・アルフェイド。この遠征、必ず勝利で終わらせてみせる」


「ええ。期待しているわ、辺境伯閣下」


契約書を受け取り、私は完璧な淑女の礼(カーテシー)で彼を送り出した。


「きゅるっ!」

ルンが私の足元で、新しい契約の成立を祝うようにピョンピョンと跳ね回る。


「やりましたね、会長。これで東部辺境の商流は、完全に銀花会議の掌の上です」

ベルノが眼鏡を光らせながら、興奮気味に告げる。


「ええ。ただの十倍の罰金じゃ、一時的な利益にしかならないもの。この戦争を利用して、私たちの経済圏を王国全土に拡大する。それが私の本当の狙いよ」


私は風に翻る漆黒のコートを押さえながら、谷底から進軍を開始する三千の軍勢を見送った。

高らかな行軍のラッパが鳴り響き、士気を取り戻した兵士たちが、魔物の待つ山脈の奥深くへと足を踏み入れていく。


前線で血を流すのは騎士たちだ。

しかし、彼らの命を繋ぐ血脈(ロジスティクス)は、今、完全に私が握った。


(さあ、次の手(ビジネス)を考えましょうか。戦地から持ち帰られる魔物の素材。それを使った新商品の開発……利益の種は、まだまだ尽きないわ)


朝日に照らされる東部の山々を見つめながら、私は誰にも見えないように、モブ令嬢の仮面の下で冷徹な商会主の笑みを深く刻み込んだ。

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― 新着の感想 ―
いつか、逆恨みした誰かに刺されそう(^_^;) くれぐれも、背中の守りは厚く厚く厚くして諜報もしっかりとお過ごし下さいませ。 ますますのご活躍をお祈り申し上げます。
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