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学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第2章:差し押さえられた商品は、王都を救う命綱でした

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シーン12:暴かれた黒幕と、王宮へ向かう覚悟

財務院本庁舎、最上階。

豪奢な絨毯が敷き詰められ、壁一面に王国の経済の全てを記した革張りの書物が並ぶ財務卿の執務室。

そこには、氷のような静寂と、息を吸うことすら躊躇われるほどの圧倒的な殺気が満ちていた。


ガシャンッ!!


クリスタルガラスの高級なワイングラスが、大理石の暖炉に叩きつけられ、粉々に砕け散る。

赤ワインが血のように壁を伝い落ちるのを、特務監査局長のバウマンは、青ざめた顔で直立不動のまま見つめていた。


「……民衆の怒り、だと? 貴族たちの不満、だと?」


財務卿ヴァルター・グレイスが、怒りで低く震える声を絞り出す。

プラチナブロンドの髪は乱れ、常に完璧に保たれていた冷徹な仮面は、屈辱と憎悪によって醜く歪んでいる。


「あの薄汚い商人どもが、私を……この王国経済の支配者たるヴァルター・グレイスを、群衆という泥水を使って足元から掬い上げただと? 許さん。……絶対に許さんぞ!!」


ヴァルターは執務机を両手で強く叩く。


「バウマン! 貴様、それでも私の右腕か! なぜあの商人どもが事前に孤児院への寄付などという『保険』をかけていたのか、なぜ一晩で王都の裏ルートを構築できたのか、全く報告がなかったではないか!」


「も、申し訳ございません、閣下……!」

バウマンは深く頭を下げる。


「我々の監査部隊も、彼らの動きを完全に読み違えておりました。五大商会は、普段は互いにいがみ合い、利益を奪い合っている烏合の衆です。彼らが一晩で私怨を捨て、見事なまでに統制された『緊急供給網』を敷くなど、物理的に不可能です。……まるで、一つの巨大な脳髄が、彼らの手足を完璧に操作しているかのような……」


「その巨大な脳髄の正体を探れと言っているのだ!!」


ヴァルターの怒号が部屋を震わせる。

彼は乱れた呼吸を整えながら、窓の外、夕闇に沈みつつある王都の街並みを睨み下ろした。


「……あいつらは、ただの商人だ。自分の利益を削ってまで民衆を動かすような、高度な政治的盤外戦術を思いつく頭はない。必ず、背後で絵を描いている『本物の黒幕』がいるはずだ」


ヴァルターの冷酷な瞳に、キリキリと理性の光が戻り始める。

彼は手元の書類の束を乱暴にめくり、ある一枚の報告書で手を止めた。


「……バウマン。監査の際、中央倉庫の奥で見つかったという『特級回復ポーション』。あれの開発元はどこだ」


「はっ。『青の商会』の専属錬金術師ということになっておりますが、我々の暗部が裏から拷問にかけて吐かせた情報屋によりますと……どうやら、ポーションの基本理論を構築し、生産ラインの指示を出しているのは、別の人物のようです」


「誰だ」


「……『アルフェイド騎士爵家』。その当主、ガイウスの長女、リリア・アルフェイド。現在、王立アークレイン学園に在籍している、十六歳の娘です」


その名前を聞いた瞬間、ヴァルターの動きがピタリと止まる。


「アルフェイド……。一代限りの成り上がり騎士爵だと? その小娘が、ポーションを?」


「それだけではありません」


バウマンがさらに羊皮紙を差し出す。


「五大商会が莫大な利益を蓄えていると噂される隠し口座の魔力波長を、特殊な探知機で辿った結果……その魔力パスの最終的な終着点は、アルフェイド家の屋敷に設定されていることが判明しました。……断定はできませんが、五大商会を裏で束ねているのは、アルフェイド家である可能性が極めて高いかと」


「……っ!」


ヴァルターは報告書を握り潰し、ワナワナと肩を震わせた。

そして、次の瞬間、執務室に腹の底から湧き上がるような、狂気に満ちた哄笑が響き渡った。


「くっ……ふふふ……あっはははは!! 騎士爵風情が! 平民上がりの貧乏騎士の小娘が、この私を出し抜き、王都の経済を裏で操っていたというのか!!」


ヴァルターは笑い涙を指で拭い、その瞳に絶対的な殺意を宿す。


「いいだろう。商会のトップが誰であれ、力で叩き潰すことに変わりはない。……むしろ、相手が後ろ盾のない一代限りの騎士爵ならば、都合が良い。反逆の罪をでっち上げ、一族もろともこの世から消し去ってくれる」


「か、閣下。アルフェイド家に直接手を下すおつもりですか? しかし、確固たる証拠が……」


「証拠など、後からいくらでも作れる!」


ヴァルターはバウマンに歩み寄り、その胸倉を締め上げるように掴む。


「今夜だ。今夜、アルフェイドの屋敷に特務監査隊のフルメンバーを突入させろ。名目は『王家への反逆および、違法な魔薬の製造』で構わん。ガイウスも、その小娘も、抵抗すればその場で斬り捨てろ。……私の権威に泥を塗った代償を、彼らの血で支払わせてやる!!」


「は、ははっ!! 直ちに部隊を編成いたします!」


バウマンが青ざめた顔で敬礼し、部屋を飛び出していく。

残されたヴァルターは、割れたグラスの破片を革靴で踏み躙りながら、狂気的な笑みを浮かべ続けた。


***


同時刻。

王立アークレイン学園の放課後。


私は、夕日に赤く染まる校舎の裏庭で、外套のフードを深く被ったベルノと密かに落ち合っていた。


「……会長。事態は最悪の方向へ動いています」


ベルノは周囲を警戒しながら、極めて緊迫した声で報告する。


「財務院の暗部が、我々の隠し口座の魔力パスの一部を解読しました。さらに、情報屋の一人が拷問に耐えきれず、ポーションの開発にアルフェイド家が関わっているという情報を漏らしました」


「……そう」


私は驚かなかった。

あれほどの大規模な流通操作を行えば、どこからか必ず尻尾を掴まれる。ヴァルターほどの実力者なら、私という黒幕に辿り着くのは時間の問題だと計算していた。


「情報部隊からの緊急報告によれば、ヴァルターは今夜、特務監査隊の武力部隊をアルフェイド家の屋敷へ差し向けるつもりです。彼らは監査ではなく、『反逆者の討伐』として動いています。屋敷にお戻りになれば、命の保証はありません。直ちに王都外への逃亡手配を……!」


ベルノが早口で逃亡を勧めるが、私は静かに首を横に振る。


「逃げないわ。私が逃げれば、お父様が罪を被って殺される。それに、私が王都から消えれば、銀花会議の結束も崩れ、結局はヴァルターの思い通りになるだけよ」


私は痛む右手をコートのポケットに突っ込み、その奥にある『木箱』の硬い感触をしっかりと握りしめる。


「ベルノ。あなたには、商会の全権を一時的に預けるわ。万が一の時は、あらかじめ定めておいた『プラン・オメガ』に従って、商会の資産を他国へ分散させなさい」


「会長……! まさか、お一人で財務院と刺し違えるおつもりですか!?」


「刺し違える? 馬鹿なことを言わないで。私は商人よ。勝算のない取引はしないわ」


私はフードの奥のベルノに向かって、不敵に微笑んでみせる。


「ヴァルターは、私が『後ろ盾のないただの騎士爵令嬢』だから、力でねじ伏せられると踏んで強硬手段に出た。……なら、その前提を根底からひっくり返してあげるだけよ。彼が絶対に逆らえない、王国の『真の最高権力』を使ってね」


「真の……最高権力……?」


私はコートの襟を正し、王城がそびえ立つ王都の中心へと視線を向ける。


「私はこれから、王宮へ向かうわ。……ヴァルターの監査隊が我が家を包囲するより早く、王妃殿下に直接謁見して、財務卿の首を物理的に飛ばすための『法的な大義名分』をもらってくるのよ」


「お、王妃殿下に!? しかし、一介の騎士爵令嬢が、アポなしで王宮の奥深くへ入れるはずが……!」


「これがあるわ」


私はポケットから、銀に輝く『王妃の緊急通行証』を少しだけ取り出し、ベルノに見せる。

双頭の鷲と白百合の紋章。

それを見た瞬間、ベルノは息を呑み、絶句した。


「お父様が命懸けで得た、たった一度きりの絶対の盾。……これを使えば、私のモブ令嬢としての平穏な生活は完全に終わる。王宮の政治のど真ん中に、自ら名前を刻むことになるのだから」


私は木箱をポケットにしまい直し、夕日を背にして力強く歩み出す。


「でも、悪くないわ。陰からコソコソと操るのも飽きてきたところだったし。……ベルノ、お父様とトマに伝えて。屋敷の防りを固めて、私が戻るまで絶対に死なないでって」


「……はっ! 承知いたしました、リリアお嬢様。御武運を!!」


ベルノが、これまでで最も深い敬意を込めて、直角に腰を折る。


私は学園の制服を脱ぎ捨てることはしない。

あえてこの地味な紺色のブレザーのまま、私は王宮の正門へと向かう。


モブ令嬢の仮面は、今日で終わりだ。

これからは、王都の経済を支配し、王国の最高権力を論破する『銀花会議の会長、リリア・アルフェイド』として、堂々と表舞台を歩いてやる。


覚悟を決め、私は一人、落日が真紅に染め上げる王都の石畳を、王城へと向かって真っ直ぐに進んでいった。

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