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学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第1章:モブ令嬢は、王都を止められる。

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シーン3:空気のような令嬢と、囁かれる陰口

ぺたり、ぺたりと。

指定品の薄い革靴の底が、磨き上げられた大理石の床を叩く。その控えめな足音が、天井の高い旧校舎の廊下に微かな反響を残しては消えていく。

王立アークレイン学園の廊下は、無駄なほどに広く、そして冷たい。壁面には歴代の国王や高名な魔法使いの肖像画が等間隔で飾られ、その間を埋めるように精緻なステンドグラスが嵌め込まれている。

東の空から差し込む朝の光が、色とりどりのガラスを透過して、大理石の床に赤や青、黄金色のモザイク模様を描き出している。

とても美しい光景だけれど、私はその光の絨毯を踏まないように、廊下の端に落ちた冷たい影の中を選んで歩き続ける。


(光の当たる場所は、最初から歩く人間が決まっているのよね。)


私は内心で小さく息を吐きながら、視線を廊下の前方へと向ける。

廊下の中央、見晴らしの良い窓際に設けられたサロンスペース。透かし彫りの入ったマホガニー材の円卓と、豪奢な真紅のビロードが張られた長椅子が置かれたその場所を占拠しているのは、案の定、上位貴族の令嬢たちのグループだ。


中心に座っているのは、先ほどの馬車寄せで見かけた派手な縦ロールの子爵令嬢ではない。もっと格上の、伯爵家の令嬢たちだ。

彼女たちの制服は、一目見ただけで生地の密度が違うと分かる。特注のシルク混紡生地は、わずかな身動きをするたびに滑らかな光沢を放ち、擦れ合う音すらも上品だ。

手元には、学園の専属使用人が淹れたであろう湯気を立てる紅茶のカップ。ダージリンに似た華やかな香りが、十メートル以上離れた私の場所まで漂ってくる。


私は歩みを止めることなく、極力気配を殺して彼女たちの横を通り過ぎようとする。

けれど、彼女たちの研ぎ澄まされた『格下を見つけるセンサー』は、影の中を歩くモブ令嬢の存在を絶対に見逃さない。


「……ねえ、ご覧なさいな。またあのアルフェイド家の令嬢ですわ。」


長椅子に浅く腰掛けた、銀色の髪を緩く結い上げた伯爵令嬢が、カップをソーサーに置く甲高い音と共に囁く。

その声は『内緒話』のトーンを装いながらも、見事なまでに廊下によく通る音量に調整されている。


「まあ、今日も相変わらず、使用人のようなみすぼらしい靴を履いていらっしゃるのね。お父様が騎士爵を賜ったとはいえ、あのような平民上がりの方が同じ学舎にいると思うと、頭痛がしてきますわ。」

「一代限りの武功爵など、貴族の数に入れるほうがおかしいのです。教養も、財力も、人脈も、何一つ持たないというのに。」

「ええ、本当に。お茶会一つ開けないような家が、どうやってこの先王都で生きていくおつもりなのかしらね。」


くすくす、おほほ、と。

扇の陰から漏れる嘲笑の合唱が、朝の冷たい空気を震わせて私の鼓膜を打つ。

彼女たちの視線が、私の安い革靴から、装飾のない紺色のブレザー、そして化粧気のない素顔へと突き刺さる。まるで路地裏の汚れた石でも見るかのような、明確な見下しの感情。


「きゅるるっ……!」


肩に下げた鞄の中で、ルンが喉の奥で威嚇の音を鳴らす。柔らかな鞄の革越しに、ルンの小さな爪が布地をカリカリと引っ掻く感触が伝わってくる。私に向けられた悪意に、小さな護衛が怒り狂っているのだ。


「駄目だよ、ルン。爪を立てたら鞄が傷んじゃうからね。」


私は足を止めず、右手でそっと鞄の底を撫でる。

彼女たちの言葉を聞いて、私の心に怒りや悲しみが湧くかといえば、答えは完全に『否』だ。

むしろ、私は歩きながら彼女たちの顔――正確には、彼女たちの『顔を彩っているもの』を観察し、脳内で猛烈な勢いで計算盤を弾いている。


(銀髪の伯爵令嬢の頬に乗っている淡い桃色のパウダー。あれは間違いなく、うちの商会が先月発売した『フェアリー・ブラッシュ』の春限定色ね。微細な魔力石マナ・ストーンの粉末を独自の製法で混ぜ込んで、肌のくすみを光の乱反射で飛ばす設計。原価は容器代込みで銅貨八枚。対して、貴族向けのサロンでの販売価格は……銀貨二枚。利益率は驚異の七割五分。)


私の視線は、次にその隣で扇を揺らしている栗毛の令嬢の口元へ移る。


(あっちの彼女が塗っているのは、『真紅の誘惑クリムゾン・ルージュ』のプレミアムライン。希少な南方の海で採れる珊瑚の色素を特殊なオイルで抽出して、一日中色落ちしないように定着剤の比率を極限まで調整した自信作。開発中、色素の分離を防ぐために何度徹夜して乳化実験を繰り返したことか……。一本あたりの売価は金貨一枚。原価を差し引いても、彼女の唇一つで、うちの商会の平社員の給料三ヶ月分が賄える計算になるわ。)


「ねえ、聞いていらっしゃるの? アルフェイドさん。」


不意に、銀髪の伯爵令嬢が私に向かって直接声を投げかけてくる。

無視して通り過ぎようとした私の足が、ぴたりと止まる。

ここで逃げるように走り去れば、逆に悪目立ちしてしまう。私はゆっくりと踵を返し、完璧なまでに感情を消し去った『空気のような令嬢』の顔を作って彼女たちに向き直る。


「……はい。何かご用でしょうか。」


抑揚のない、小さく消え入りそうな声。

それが、学園における私の正しい『キャラクター』だ。


伯爵令嬢は、私が怯えていると勘違いしたのか、優越感に満ちた笑みを浮かべて扇をパチンと閉じる。


「ご自分の立場というものを、少しは自覚なさったほうがよろしくてよ。上位貴族の歩く廊下の真ん中を、平民同然のあなたが我が物顔で歩くなど、許されることではありませんわ。」


(私は廊下の端の、影の中を歩いていたのだけれどね。それに、あなたのその美しい桃色の頬を作っているのは、あなたが今見下している『平民同然』の私が考案したパウダーなのだけれど。)


喉まで出かかった事実を、私は冷たい理性で飲み込む。

真実を告げて彼女たちのプライドを粉々に砕くのは簡単だ。けれど、そんなことをして得られるのは一時の優越感だけで、商売上のメリットは一切ない。

むしろ、彼女たちが今のまま「自分たちは特別な上位貴族であり、高級品を買う権利がある」と信じ込み、私の商会に大金を落とし続けてくれるほうが、数万倍も有益だ。


「申し訳ありません。以後、気をつけます。」


私は両手を体の前で重ね、深く、ひたすらに深く頭を下げる。

その姿勢は上位貴族に対する完全な服従を示しているように見えるだろう。けれど、私の頭の中は極めてドライな顧客管理の思考で埋め尽くされている。


(彼女たちのプライドを傷つけないよう、適度にへりくだっておくのが一番のカスタマーサポートね。クレーム対応の基本は、相手の承認欲求を満たすこと。それにしても、あの伯爵令嬢、ファンデーションの塗り方が少し厚すぎるわ。保湿が足りていない証拠ね。来月の新作発表会では、先行して『夜用高保湿美容液』のダイレクトメールを彼女の生家宛に送るよう、営業部に指示を出しておきましょう。)


私が一切の反論もせず、ただひたすらに頭を下げ続けていると、伯爵令嬢たちは拍子抜けしたように鼻を鳴らす。


「……ふん。口答えをする気概すらないのね。つまらない方。行きましょう、皆様。あのような方と同じ空気を吸っていると、こちらの品位まで下がってしまいますわ。」


彼女たちは立ち上がり、シルクのスカートを派手に翻して廊下の奥へと歩き去っていく。

すれ違いざま、彼女たちの身体から漂う高級な香水――それらも当然、私が香りの配合から瓶のデザインまで監修したものだ――の香りが、廊下に濃厚な残り香を置いていく。


「きゅきゅっ!」


彼女たちの足音が遠ざかったのを確認して、ルンが鞄から顔を出し、抗議するように鳴き声を上げる。


「大丈夫だよ、ルン。何も傷ついていないから。」


私は屈み込み、ルンの頭を指先で優しく撫でる。


「教養も財力も人脈もない、ね。確かに、私は貴族社会の社交ダンスのステップも知らないし、歴史ある家系図も持っていない。」


私はゆっくりと立ち上がり、彼女たちが消えていった廊下の先を見つめる。


「でも、私が持っている『信用』は、彼女たちの家系図よりもずっと堅牢で、ずっと価値がある。……今日も素晴らしいお買い上げ、誠にありがとうございました、上得意様(VIP)たち。」


誰にも聞こえないほどの小さな声で、私は皮肉ではなく本心の感謝を呟く。

そして、制服のシワを軽く手で払い、何事もなかったかのように再び廊下の影の中を歩き始める。


目的の教室は、廊下の突き当たり。

私が『モブ令嬢』の仮面を被り、唯一の親友が待つ場所だ。

冷たい大理石の床を踏みしめる私の足取りは、先ほどよりもずっと軽く、そして力強かった。

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