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学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第1章:モブ令嬢は、王都を止められる。

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シーン20:流通地図と静かな宣戦布告「喧嘩を売る相手を間違えたね」

私がテーブルの上の駒を次々と弾き飛ばすと、カラン、コロンという乾いた木の音が円卓の間に虚しく響き渡る。

それまで王都の秩序を示していた赤や青の駒が、地図の端へと転がり落ちていく。

五大商会の代表たちは、私が自ら構築した完璧な流通モデルを破壊するその光景に、息を呑んで硬直している。彼らにとって、あの駒の配置こそが商会の利益を保証する『絶対の神の図形』だったのだから。


「会長……既存のルートを捨てるというのですか。ですが、大型の荷馬車を通せる大通りは限られています。中央倉庫を迂回して、どうやって各店舗に商品を届けるというのです」


ベルノが、ずり落ちた銀縁眼鏡を中指で押し上げながら、信じられないというように問いかけてくる。


「大型の荷馬車を使うという固定観念を、まず捨てなさい」


私は両手をテーブルにつき、真っ白になった流通地図を睨みつける。私の脳内にはすでに、王都の地図に描かれていない『もう一つの地図』が鮮明に浮かび上がっている。


「王都には、大通りの他に無数の裏路地があるわ。荷馬車が通れなくても、手押し車なら通れる。手押し車が無理なら、人が背負って歩ける。……ベルノ、南区の店舗への補充は、王都の地下を走る旧排水路の点検通路を使うわよ」


「旧排水路……!? しかし、あそこは長年使われておらず、崩落の危険が……」


「危険な区画のデータは、前に私が趣味で王都の地盤を調べた時に暗記しているわ。地図に後で書き込んであげる。手漕ぎの小舟と、水運ギルドの若い衆を裏金で雇いなさい。彼らなら、夜の間に中央倉庫の真下を抜けて、南区の倉庫の裏口まで無差別に荷物を運べるはずよ」


私の常軌を逸した提案に、ベルノは言葉を失いながらも、必死に羊皮紙にメモを走らせ始める。


「マダム・セリア。美容部門と香水部門の高級品は、明日から一切の店舗販売を中止しなさい」


「えっ!? は、販売を中止!? それでは利益が……」


「店舗に在庫を並べれば、財務院の監査隊にまとめて差し押さえられるリスクがあるわ。商品は全て、王都の外れにある各職人の自宅の床下に分散して隠しなさい。そして、販売は『完全予約の訪問販売』に切り替えるのよ」


私はセリアの動揺を一切無視し、冷徹に指示を叩き込む。


「予約リストに載っている上位貴族の屋敷に、商会の制服を着せない『花売りの少女』や『洗濯屋の女将』の姿に変装させた女性社員を行かせるの。花籠の底や、洗濯物のシーツの間に美容液や石鹸を隠して納品しなさい。財務院の役人でも、貴族の屋敷に出入りする全ての下働きを検問することは不可能よ」


「……っ! 洗濯物に隠して、貴族の館へ……!? なんという、泥臭く、しかし確実な……!」


セリアの瞳に、先ほどまでの絶望とは違う、強烈な感嘆の光が灯る。


「バルト! あなたの『青の商会』のポーションが一番の要よ。医療品が止められれば、本当に人が死ぬわ」


「は、はいっ!」


バルトがビクンと背筋を伸ばし、大声で返事をする。


「特級ポーションの予備抽出液は、中央倉庫にあるわね。それを運び出せなければ、量産は絶望的……。でも、完成品の在庫は?」


「か、完成品の中級・下級ポーションは、各区画の薬局と、王立療養院の備蓄庫に約二週間分が納入済みです!」


「なら、当面はそれを持たせるしかないわ。各薬局に通達。明日からポーションの販売数を『一人一本』に完全制限しなさい。買い占めようとする輩には、三倍の価格をふっかけなさい。暴れる客がいたら、用心棒を使ってでも追い出すのよ」


私はバルトの青ざめた顔を真っ直ぐに射抜く。


「いいこと? 価格操作と独占の疑いをかけられている今、便乗値上げをすれば財務卿に付け入る隙を与えるわ。だから『通常価格での販売は一人一本まで』というルールを絶対に守らせるの。これは命を繋ぐための防衛線よ」


「し、しかし会長! 中央倉庫の封鎖が長引けば、薬草の追加搬入ができず、二週間後には完全に底を尽きます! 先ほど西街道に手配した月影草も、中央の調合設備が使えなければポーションにできません!」


バルトの叫びに、私は不敵に唇の端を吊り上げる。


「中央の大型設備が使えなくても、ポーションは作れるわ。効率は死ぬほど落ちるけれどね」


「え……?」


「王都中の、空いている料理屋の厨房、酒造の醸造釜、さらには染物屋の大鍋。それらを全て裏から借り上げなさい。西街道から届く月影草を小分けにして各店舗に配り、商会の職人を派遣して同時多発的にポーションを『密造』させるのよ」


「そ、そんな馬鹿な……!? 衛生管理は!? 温度管理は!? 会長自ら、あんなに厳密に定めた品質基準が……」


バルトが混乱の極致に達し、頭を抱える。

私は深く息を吸い込み、冷たく告げる。


「品質基準マニュアルの第三章、『緊急時における臨時設備での抽出プロトコル』を読み返しなさい。私は、こうなる事態もわずかながらに想定して、鍋と火さえあれば最低限の品質を保てる簡略化レシピをすでに作成済みよ。……まあ、歩留まりは最悪になるし、不純物を取り除くために徹夜で布フィルターを絞り続ける地獄の作業になるけれどね」


私の言葉に、バルトの目が限界まで見開かれる。

彼は私が、中央倉庫という巨大な施設に依存し切っていたわけではなく、最悪の泥臭い事態すらも計算の内に含めていたという事実に、底知れぬ戦慄を覚えたようだった。


「ガストン!」


私は最後に、食料部門のトップに視線を向ける。


「は、はいっ!」


「南区の価格調整は即刻中止。あなたの商会が抱えている全ての小麦粉を、明日の夜明けまでに王都中の小さなパン屋に無償でバラ撒きなさい」


「む、無償で!? そんなことをすれば、我が商会の利益が完全に吹き飛びますぞ!」


ガストンが血相を変えて立ち上がる。

私はテーブル越しに彼のネクタイを掴む勢いで身を乗り出す。


「利益の問題じゃないのよ、ガストン。財務院が中央倉庫の食料を差し押さえたという事実が明日には平民たちに知れ渡る。彼らは飢えの恐怖から、一斉に暴動を起こすわ。それを防ぐには、明日、王都中のパン屋の店先に、嫌というほどの量のパンが山積みにされている光景を見せつけるしかないのよ!」


私は言葉に圧倒的な熱量を込めて、彼に叩きつける。


「『食料は十分にある』。その安心感だけが、パニックを抑える唯一の鎮静剤よ。パン屋たちには『ガルド商会からの特別な恩赦だ』とでも言っておきなさい。彼らは恩を感じ、この先一生、私たちから小麦を買い続けるわ。……数日の赤字で、王都百万の平民の心を買うのよ。安い投資だと思わない?」


ガストンは私の気迫に押され、喉の奥でヒュッと息を飲み込み、そのまま力なく椅子に崩れ落ちた。


「……お、恐れ入りました……。仰る通り、全て仰る通りに手配いたします……」


私は大きく一つ深呼吸をし、椅子に背中を預ける。

頭の中では、無数の点と点が線で結ばれ、アメーバのように不定形で、しかし絶対に途切れることのない新しいネットワークが、王都中に張り巡らされていくのが見える。


表の動脈が切られたなら、無数の毛細血管で血を流し続ける。

財務院の役人たちには決して見えない、泥臭く、執念深く、王都の最底辺を這うような生命力のネットワーク。

それこそが、この数年間、私が彼ら小商人たちと結んできた『信用』の本当の力だ。


円卓の間にいる全員が、息を殺して私を見つめている。

先ほどまで顔を青ざめさせ、「もう終わりだ」と震えていた五大商会の代表たち。

彼らの瞳の中には、今や絶望はない。

代わりに、圧倒的な知の暴力と、絶対に折れない意志を前にして、狂気にも似た熱い炎が揺らめいている。


「きゅんっ!」


ルンが私の肩の上で、力強く一声鳴く。


私は漆黒のコートの袖口をゆっくりと整え、再び円卓の中央に広げられた、何もない地図へと視線を落とす。


財務卿ヴァルター・グレイス。

彼はきっと、私たちの商会を、命令一つで動く冷たい機械か何かだと思っているのだろう。

トップを叩き潰し、倉庫の鍵を奪えば、全てがひれ伏すと信じている。


けれど、彼は致命的な計算違いをしている。

私たちが築き上げたものは、金で縛られた機械じゃない。

人と人との繋がり、約束、そして明日もまた同じように商売ができるという『信用』の集合体だ。

それを、たった一つの武力で止められると本気で思っているのなら。


私は、真紅のルージュを引いた唇の端を、三日月のように鋭く吊り上げる。

そして、静まり返った円卓の間に、低く、冷たく、しかし地鳴りのような覇気を伴った一言を言い放った。


「……喧嘩を売る相手を間違えたね」


――その瞬間だった。


「全商会、緊急非常態勢に移行せよ!! 会長の指示通り、物流の裏ルートを即座に開拓しろ!!」


ベルノの裂帛れっぱくの気合いが込められた怒号が、部屋中に響き渡る。


「第一報を伝達係へ! 水運ギルドの元締めをすぐに叩き起こせ! 裏金はいくら積んでも構わん!」

「各店舗の在庫を隠匿しろ! 花屋と洗濯屋の組合長に連絡! 運び屋として雇い上げろ!」

「染物屋の鍋を洗わせろ! 月影草の受け入れ準備を急げ! 一滴の抽出液も無駄にするな!!」


静寂に包まれていた円卓の間が、一気に爆発的な熱気を帯びて沸騰する。

五大商会の代表たちが椅子を蹴り倒すようにして立ち上がり、血走った目で、しかし確かな勝機を確信した狂乱の表情で、己の部下たちに向かって怒涛の指示を飛ばし始める。


ガラス扉の向こう側、執務フロアで待機していた数百人の職員たちも、その異常な熱気に当てられ、一斉に動き出す。

魔力通信機の警告音よりも大きく、人間の怒号と足音が、王都の闇に隠された石造りの建物を激しく揺るがしていく。


私はその狂騒の中心で、ただ一人、静かに腕を組んだまま真っ白になった地図を見下ろしている。


(さあ、始めましょうか。国家権力と、一人のモブ令嬢の、王都の心臓を懸けた殺し合いを)


私の胸の奥で、決して消えることのない青白い炎が、静かに、しかし爆発的に燃え上がり始めていた。

明日から、王都はかつてない混乱の渦に飲み込まれるだろう。

だが、絶対に止めさせはしない。

私の商売を、私の誇りを、そして、父が守り抜いたこの『信用』を。


王都最大の商会連合が、初めて国家権力との正面対決を決意した、熱く狂おしい夜の幕開けだった。

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