6.礼拝堂の美女
それから一ヶ月が経った頃、街の社交界や商人たちの間で、ある噂が持ちきりになっていた。
なんでも、王都からとんでもない大富豪の未亡人が、傷心を癒やすための旅でこの地方の街へやってきているという。
「夫が遺した膨大な遺産を抱え、毎日泣き暮らしているらしいわよ」
「身につけている装飾品だけでも、家が何軒も建つほどの価値があるとか……」
修道院の裏庭で、修道女たちが小声で噂話をしているのを、アヴァリスは見逃さなかった。物陰から聞き耳を立てていた彼女の瞳が、ギラリと不穏に輝く。
(大富豪の、傷心の未亡人……。それは素晴らしい、迷える子羊ですこと。そんな重たい荷物を一人で抱え込んでいるなんて、神の僕として放ってはおけないわね)
その日の夕方、アヴァリスがふらりと静まり返った修道院の礼拝堂へ足を運ぶと、薄暗い堂内、ステンドグラスから差し込む斜陽の光の中に、一人の女性が佇んでいた。
その女性は、黒いレースのヴェールの隙間から見える横顔がハッとするほど美しく、身にまとっている黒いドレスの生地は、一目で極めて上質なものだと分かった。彼女は祭壇の前で、刺繍入りの絹のハンカチを何度も目元に当てて泣き濡れている。
(ビンゴだわ。あの立ち姿、あの隠しきれない気品、噂の未亡人に間違いない!)
アヴァリスは獲物を見つけた蜘蛛のように、足音を完全に忍ばせてゆっくりと近づいた。そして、ねっとりとしたハチミツよりも甘い、響き渡る声を出す。
「……迷える子羊よ。神の家で、それほどまでに深く悲しまれる理由をお聞かせいただけますか? このアヴァリス、あなたの心の痛みを無視することはできません」
女性は驚いたように顔を上げ、涙に濡れた美しい瞳でアヴァリスを見つめた。
「まあ……あなたが、こちらの立派な修道院長様ですか? 突然お邪魔して、このような神聖な場所で泣き騒いだりして、本当に申し訳ありません。私はヨハンナと申します」
「ヨハンナ様。どうぞお気になさらず。ここでは誰もが神の前で平等な子供です。何か、お心に深い傷をお持ちのようですが、よろしければ私に荷物を分けてはくれませんか?」
アヴァリスがそっと手を差し伸べると、ヨハンナ夫人はその手をすがるように両手で握りしめた。
「そうなのです……。最愛の夫が急に亡くなり、私に巨万の富を残していきました。けれど、いくらお金があっても、夫は戻らないわ。今の私には、生きる目的も、このお金を使う意味も何もないのです。寂しくて、寂しくて……いっそこの財産ごと消えてしまいたいわ」
ヨハンナ夫人は再び激しく肩を震わせて泣き崩れた。
握り合わされた手を通じて、ヨハンナ夫人の指に嵌められた、見たこともないほど見事な真珠の指輪がアヴァリスの肌に触れる。その冷たくも確かな価値の感触に、アヴァリスの頭の中の金貨が、今日もまた激しく火花を散らした。
(生きる目的がない? お金を使う意味がない? なんて素晴らしい……いいえ、なんて可哀想な方かしら! その使い道のないお荷物、この私が根こそぎ頂戴して、私の優雅な王都での暮らしに役立てて差し上げますわ!)
アヴァリスは、自身の顔が強欲さで醜く歪まないよう必死に理性を働かせ、これ以上ないほど慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「ヨハンナ様、あなたのその孤独、このアヴァリスが神と共に全て分かち合いましょう。どうぞ、これからは何でも私に相談なさってくださいね。あなたの心は、私が必ず救ってみせますわ」
こうして、強欲な院長は、新たな「巨大な獲物」をその蜘蛛の巣へと引きずり込み始めたのだった。




