5.没落貴族の秘密
サブリナの訪問から一週間が経った日の午後、修道院の応接室に再びスウィンデル家の足音が響いた。ただし、入ってきたのはあの気丈な姉ではなく、純朴な少年シドニーだった。
少年の大きな瞳には大粒の涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうになっている。鼻を小さくすすりながら、彼はアヴァリスの前で立ち尽くした。
「院長様……! どうしよう、お父様が、お父様が大変なんだ……!」
アヴァリスは内心で「またカモが自ら飛び込んできたわ」とほくそ笑んだ。だが、表向きはすぐにハンカチを握りしめ、これ以上ないほど慈悲深い、包容力に満ちた聖母の表情を作り出す。
「まあ、シドニー。一体どうしたというのですか? 神聖なる神の家で、そんなに声を詰まらせて。さあ、こちらへいらして、私にお話しなさい」
「お父様がね、毎日、応接室の古い絵の前で、シクシク泣いているんだ。ご飯も全然食べてくれなくて、話しかけてもずっと絵を見つめたまま動かないんだよ。このままだと病気になっちゃう。院長様、神様のお力でお父様を助けて!」
シドニーはアヴァリスの修道服の袖にすがりつき、必死に訴えかけた。少年の純粋な涙が布地に染み込んでいく。
その言葉を聞いた瞬間、アヴァリスの脳内では小気味よい金貨の音が大音量で鳴り響いた。
(毎日泣き暮らすほど執着している絵……! 間違いないわ。サブリナは『何の価値もない古ぼけた絵』と言っていたけれど、あれはとんでもない隠し財産に違いないわ。没落した大富豪が、それだけは死守した伝説の名画か何かなのよ!)
興奮で心臓が早鐘を打ち、口元がニヤけそうになるのを必死でこらえる。アヴァリスはそっと優しくシドニーの頭を撫で、いかにも同情しているかのように深くため息をついた。
「かわいそうに、シドニー。お父様はきっと、その絵に込められた先祖の深い未練に心を囚われているのですね。放っておけば、お父様の魂までその絵に吸い込まれてしまうかもしれません。これは大変なことですわ」
「えっ、魂が吸い込まれちゃうの!? どうしたらいいの、院長様!」
「安心しなさい。私が、その絵をスウィンデル家から解放し、お父様の心を救う方法を考えてあげます。神の導きを信じて、今日はもうお帰りなさい。あの小石に毎日祈るのを忘れないことですよ」
「うん……。院長様、よろしくおねがいします!」
シドニーが涙を拭いながら、どこか安心した様子でトボトボと帰っていく。その小さな後ろ姿が完全に回廊の向こうへ消えるのを待ってから、アヴァリスは待ってましたとばかりに立ち上がり、応接室の重厚な扉を勢いよく閉めて鍵をかけた。
「おーっほほほほ! チャンス到来、大チャンスよ!」
誰もいない室内で、アヴァリスは我慢できずに声を上げて大笑いした。元公爵令嬢のプライドも吹き飛び、室内を踊り狂いそうな勢いだ。
「あの哀れな父親、病気になるほど絵を見つめ続けるなんて、いかにも没落貴族らしい未練たらしさね! サブリナがいくら隠そうとしても無駄だったわ。あの絵を巻き上げれば、私の王都への帰還資金どころか、一生遊んで暮らせるだけの大儲けになるわ!」
興奮冷めやらぬアヴァリスは、そのまま廊下へ出ると、床を拭いていた若い修道女のバケツをわざと足で小突いた。
「ちょっと、そこのあなた! 水が跳ねたでしょう! 床の磨き方が甘いわ、そんなことだから神への祈りが届かないのよ。もう一度最初からやり直しなさい!罰として…そうねぇ、ここが終わったら礼拝堂の床も磨くのよ。あなた一人でね」
「ひっ、申し訳ありません、院長……でも広すぎて到底一人では磨ききれません…」
「なら、お夕食抜きで一晩中磨くのね。ふふふっ」
怯える修道女を鼻で笑い、アヴァリスは優雅に自室へと戻っていく。彼女の頭の中は、まだ見ぬスウィンデル家の「お宝」をどうやって格安で分捕るか、その悪巧みだけで満たされていた。




