2.スウィンデル家の暖かい朝
修道院から少し離れた、静かな住宅街の一角。
かつては大富豪と謳われたスウィンデル家の現在の住まいは、地方都市の少し手狭なタウンハウスだった。かつての広大な屋敷に比べれば小規模だが、室内には磨き上げられた木製の家具が並び、落ち着いた空気が漂っている。
「お姉様、おはようございます!」
朝食の席に元気よく飛び込んできたのは、九歳の少年シドニーだった。その手には、大切そうに握りしめられた小さな布袋がある。歩くたびに、中からチャリンと微かな金属音が響いていた。
「おはよう、シドニー。朝から随分とご機嫌ね。その袋はどうしたの?」
サブリナ・スウィンデルは、きらきら輝く琥珀色の瞳を優しく細めて弟を迎えた。十七歳になる彼女の佇まいには、家が傾いてもなお失われない気品がある。トーストを皿に並べる手つきも軽やかだ。
「うん! 実はね、もうすぐお姉様の誕生日でしょう? だから、ずっと貯めていたお小遣いで、街の市場で見かけた可愛い髪飾りを買おうと思っているんだ。あともう少しで貯まるんだよ!」
「まあ、私のために? 嬉しいわ、シドニー。でも、無理をしてお小遣いを全部使わなくてもいいのよ」
サブリナが微笑むと、向かいに座る父親のギルバートが静かに紅茶のカップを置いた。その所作は流れるように美しく、銀髪の混じる横顔にはかつての栄華の余韻が綺麗に残っている。
「シドニー、姉想いなのは結構だが、何事も計画性が大切だよ。我が家は二年前の不運な投資詐欺以来、いささか控えめな暮らしを余儀なくされているからね。残ったのはこの家と、最低限の調度品だけだ」
「分かっています、お父様! 買い食いも我慢して、毎日ちゃんと数えているから大丈夫です。お姉様には、街で一番似合う飾りをプレゼントしたいんだ」
シドニーは胸を張り、布袋をズボンのポケットに深く仕舞い込んだ。その表情は純粋そのもので、疑うということを知らない。
「お父様、あまりシドニーを怖がらせないでください。この子が一生懸命貯めたのですから、私は楽しみに待つことにしますわ。ねえ、シドニー?」
「うん! じゃあ、僕はこれから少し街の様子を見てくるよ。お店の人に、髪飾りを取り置いておいてもらえるよう頼んでみるんだ!」
朝食のパンを勢いよく平らげるやいなや、シドニーは椅子から飛び降りて玄関へと走っていった。
「気をつけて行くんだよ、シドニー。車道には近づかないように」
ギルバートの穏やかな声に見送られ、元気な足音が遠ざかっていく。ばたんと扉が閉まる音が響くと、サブリナは小さくため息をつき、窓の外を見つめた。
「……本当に、あの子はお人好しが過ぎますね。落ちている石ころにすら同情しそうな勢いですわ。この間なんて、道端の犬に自分のパンを丸ごとあげて、帰ってきてからお腹を空かせて三杯もおかわりしていたんですよ」
「心の清い者は美しいが、この世を渡るには少々危ういな。特にこの街には、その純粋さを狙う者が少なからずいる。父親としては、複雑な気持ちだよ。誇らしくもあり、胃が痛くもある」
ギルバートは静かに視線を落とし、手元に残された古い銀のスプーンを見つめた。かつての財産のほとんどを失ったスウィンデル家だが、家族の絆は失われていない。それゆえにシドニーの無防備さが心配の種でもあった。
「大丈夫ですよ、お父様。私がしっかりと目を光らせていますから。あの子の純粋な夢を壊すような奴が現れたら、承知しませんわ」
サブリナは琥珀色の瞳を悪戯っぽく輝かせ、紅茶をおかわりした。
しかし、この時の二人はまだ知らなかった。シドニーの純粋すぎる足が、あの強欲極まる修道院長アヴァリスの蜘蛛の巣へと、真っ直ぐに向かっていることを。




