第50話 特別な存在
スズメ人形たちは動かない。
静かに座っている……わけじゃなくて――。
「そっか……。普通の人形に戻っちゃったんだ……」
スズメのいない3日間。
わたしの気を紛らわそうとして、ずっと一緒にいてくれたスズメ人形たち。
スズメが戻ってきたから、もう……。
「スズメ人形……」
玄関マットの上に倒れていた1羽を抱き上げる。
もう何も、言葉を返してはくれない。
ずっとせわしなく飛び回っていて、わたしのことをイジリ倒してきていたスズメ人形たちはもう……。
「急に静かになっちゃって……。極端だよ……」
ちょっとくらいはしゃべったって良いんだよ?
1000羽も2000羽もいると、わたしの部屋に入りきらないけど、もうちょっと少なかったら、ぜんぜん平気だよ?
律儀に7羽の人形に戻らなくたって……。
あーあ。
こんな時は、わたしの願いってかなえてもらえないんだなあ。
1羽ずつ、ていねいに抱き上げて、靴箱の上に座らせていく。
倒れないように、慎重に。
「あとで、一緒に家に帰ろうね」
スズメとお話ししたら、ちゃんと連れて帰るからね。
「ありがと」
いっぱいいっぱいわたしを助けてくれて、ホントにありがと。
「マミ~?」
リビングに戻ると、スズメはソファーからキッチンへと移動していた。
「スズメ? 何してるの?」
「マミがお茶飲みたいかな~って思って。たくさん泣いたら、喉が渇いちゃうだろうし」
「……泣いてなんかないし」
ハンカチがちょっと湿ってるだけだし。
「そっかそっか」
お茶の準備をする手を止めて、スズメが近づいてくる。
「ヨシヨシ~」
ちょっと背伸びをして、わたしの頭を撫でてくれた。
あ、ダメ。
もう無理。
「スズメ人形がぁぁぁぁぁぁ」
わたしの涙腺、壊れちゃった……。
「うん。ちょっと前にね、連絡来てたの……。修復が間に合ったって」
スズメの声がやさしい。
そう。
スズメ人形がしゃべるのも飛ぶのも、世界によって捻じ曲げられた常識。だから修復されるべき。
でも――。
「あの子たちがいて、楽しかったの……」
スズメが帰ってきても、スズメ人形と一緒に遊びたかったの……。
「私がいない間、私の代わりにマミと一緒にいてくれてたんだよね。私もお礼を言わなきゃ」
「スズメは、いなくなってた時の記憶が戻ったの?」
さっきは覚えていない雰囲気だったけど。
「ううん、ぜんぜん。でも、マミが言うんだから、私は消えていたんだよね。3日間だっけ?」
「そうだよ。池中先生の家で、わたしがスズメに『働き過ぎだから休んで』って言った後、スズメが出ていっちゃって、そのまま……」
気持ちがすれ違ったまま、ずっと今まで……。
「マミが私のことを本気で心配してくれたから、だね」
「わたしの願いってことにして、世界がスズメを強制的に休ませた……」
「うん、たぶんそうみたい」
あっけらかんと。
「えっ、軽くない? 常識が固定されたら、そのまま消えちゃったかもしれないんだよ……? わたしのせいで……」
スズメは、事の重大さを理解できていないのかな?
「それがマミの望みなら、私の仕事はスズメ人形に譲るよ~」
「そんなわけない!」
わたしがスズメがいない世界を望むなんて、絶対にありえない!
「わたしね、世界に言ってやったの!『勘違いするなよー!』って!」
「ひゅぅ~! 世界相手に、一歩も引かないマミ! かっこいい~♡」
「茶化さないでよ。だってさ、『スズメは返せない。その代わりに、スズメっぽいものをたくさんあげる!』みたいなスタンスで、ホントひどいの!」
スズメっぽいのはスズメ人形だけじゃなかったんだよ。
「そこら辺のお家のペットのイヌとかネコとかも、ぜーんぶ、スズメの顔をして『チュンチュン』って話しかけてくるし!」
「え~、みんな私の顔なの~?」
「動物だけじゃなくて、三輪車とか、ゴミ袋もだよ? あとは電車とか駅も? もうぜんぜん意味わからなくて」
世界はスズメっぽいもので溢れかえったからね!
「私の顔かぁ……。マミの顔のゴミ袋だったら良かったのにな~」
ちょっと想像……うへぇ。
「さすがにキモいって……。スズメっぽいから許されてるところがあったと思うわ。わたし、『スズメ駅』の駅長にさせられて、スズメっぽい動物たちの前で演説したからね」
「マミの駅長姿見たかった~! 動画は⁉ SNSにアップされてるかな⁉」
「いや、見ないで……」
演説の内容が内容だけに、スズメ本人に見られると軽く死ねる……。
「私のことを助けようとしてくれたんでしょ? そのシーン見たいよ~!」
「ダメ! 撮影、録画は禁止されています!」
たぶん。
動物たちはスマホとか持ってないだろうし。
「え~! もう! じゃあ、どんな感じだったか教えて~」
期待に満ちた目で見つめられると……逆らえないなあ。
「えっと……じゃあ……。駅長の挨拶の中に、世界へのメッセージをズバッと差し込んだあたりから――」
「お茶とケーキを用意したから、座ってゆっくり聴かせて~」
わたしたちは、リビングに移動する。
そしてわたしはお茶を片手に、この3日間のクライマックスシーンを話して聞かせた。
「有給休暇申請に『むかえにきて』ってメッセージかぁ。記憶にないなぁ」
全部の顛末を聞いた後、スズメは首を傾げた。
「消えていた記憶がないなら、そうなるよね……。あれはなんだったんだろ……」
世界の自作自演?
でも、そんなことする意味ってあるのかな。
「先生たちがね、『世界がどんなものなのか』っていう仮説は立てているみたいだけど、実際のところ、何にもわかっていないんだよね~。何を考えて、どうしてこうなったのかは、だ~れもわかんないの」
「スズメでもわからないの? てっきりスズメなら全部把握しているのかと思ったよ。世界を修復できる唯一の存在なんだよね?」
「な~んにもわかんない。池中先生のほうが詳しいよ~。私がね、世界を修復できるのは、私が特別だからじゃないよ? マミと幼馴染みだからって理由だし、たまたまだよ~」
言葉通りなら、スズメは何も知らない。
なぜか世界を修復できるだけ。
「私ができるのは、マミの力を先回りして使って、世界にマミの願望の振りをして、修復内容を届けるだけだからね。もともと全部マミの力だよ~」
そこがどうしても理解できなくて……。
「わたしって、ホント何なの? なんでそんな力があるの……」
意識して自分の願望をかなえることもできないのに……。
「さ~? 私にはさっぱり?」
「そこでさじを投げられると私としてはお手上げなんだけど……」
誰か説明してほしいのに。
「ん~、それってそんなに重要なことかな~?」
スズメはキョトン顔だった。
「いやいや、重要でしょ! 私はバケモノじゃなくて、人間なんだよね? でも、明らかに普通の人とは違う力がある……。それの理由を知りたいって思うのは自然なことじゃない?」
「でもマミは特別な存在だし、すっごい力があっても、私はそっちのほうが普通だな~って思うよ?」
わたしが特別……なのが普通?
「マミはマミだもん。私の特別な人だよ~♡」
「うわっととと」
急に抱き着いてきたらお茶が零れちゃうでしょ!
「えへへへへ♡」
上目遣いかわいいっ!
「スズメこそ特別な存在でしょ! こんなにかわいくて~! 天使の魅了スキルみたいなのを使ってるでしょ!」
人間の振りをしたって、騙されないんだからね!
「私の特別がマミで、マミの特別が私~♡」
あ、それ良い!
すごく良い!
「スズメ、大好――」
わたしの天使を抱きしめようとしたその時――。
テーブルの上に置かれていたスズメのスマホが震え出した。
「あ、池中先生からの通話!」
スズメはわたしの手からするりと抜け出し、スマホを拾い上げた。
先生、邪魔しないで!
「もしもし先生~? え、はい。マミはここにいますよ~」
えっ、わたし? あー、事後処理の話を教えてくれるのかな?
「はいはい、スピーカーにしますね~」
どうやら、わたしも交えて3人で話そうということみたい。
『柊、聞こえるか?』
「池中先生! はい、聞こえます。さっき振りですね」
『南野とは無事会えたようだな。安心した』
「あ、すみません。興奮し過ぎて連絡忘れてました……」
さすがに不義理だったわ……。
『それについては問題ない。こちらでもモニタリングはできている』
それについては?
『こちらは……少々問題が発生している。いや、想定内ではあるのだが……』
歯切れが悪い。
想定内だけど、問題が起きているのね。
「何があったんですか? 集まっている動物たちに何か?」
わたしが急にいなくなったから、暴動を起こしているとかじゃなければ良いんだけど……。
『生き物は……大丈夫だ』
「動物たちは、私のほうで優先的に修復したよ~」
スズメが得意げな顔でVサインを見せる。
『こちらでも修復を確認できている。だが――』
だが?
『無機物は……時間切れになってしまったらしい……』
おっとと?
どういうことかな?




