第5話 恐怖! 生乾きの靴下のニオイ地獄!
今日も変わらぬ日常。
「いってきまーす。ほら、スズメ早く早く!」
スズメのカバンも持って、先に玄関へ。
ローファーを履きながら、スズメを急かす。
「え~、早くな~い? まだデザートお替りしたいのに~」
リビングのほうから、スズメの文句が聞こえてくる。
たしかにいつもの登校時間よりも5分早い。
でもそれには理由があるのよね。
「今日は雨すごいから! 早めにいかないと大変だよ」
「今日も雨~? 梅雨最悪~」
巨大なため息とともに、スズメが姿を現した。
眉間にしわが。
それでもやっぱりスズメはかわいい。怒っても笑っても世界一!
スズメの家の玄関のドアを開け――すぐに閉めて、一旦避難。
「風が思ったよりすごい……。傘だとダメかも。レインコート着ていく?」
「え~、レインコートぉ? 小学生みたいで恥ずかしいよ~」
顔の前でバッテン。
「そっかな?」
かわいいと思うけど。
ほら、カエルの耳がついている緑のレインコートもあるよ?
「せめて長靴のほうが良いかな……」
靴下までビチョビチョになりそう……。
「替えの靴下を持っていけば良くな~い?」
「濡れる前提かあ」
気乗りしないけど、家に戻って長靴に履き替えているとタイムロスが激しいかも。
もうそのまま行くしかないか!
「せめて風だけでも止んでくれればね……」
こんな強風で横殴りの雨じゃ、梅雨じゃなくて台風でしょ。
「あ~……ちょっと天気予報を見てみるね」
スズメがポケットからスマホを取り出す。
めずらしく難しい顔を。
「あと1分待つと、風が治まるらしいよ~。なんか15分くらいは無風になる時間があるって!」
「……そうなの?」
「うんうん。天気予報のサイトに書いてあった!」
今ってそんなにピンポイントで天気を教えてくれるんだ……。テレビの天気予報くらいしか見てなかったなあ。
「マミ! 今~!」
「1分経った⁉ あ、開けてみるね……」
恐る恐る玄関のドアを――。
「うわっ! ホントに風が止んでる!」
天気予報すごい!
「あ~……と。15秒で雨も止むって!」
さすがにそれは……。
だって雨雲すごくて、空どんよりだよ?
「5・4・3・2・1・0! ほら止んだ!」
うそん。
突然雲が切れて、晴れ間が!
「いっそげ~! 突撃だ~!」
わたしを飛び越えて走り出すスズメ。
傘もカバンも持たずに。
「ちょっと待ちなさいよー!」
2人分の傘とカバンを持って追いかけるしか……。
でも、天気予報ってすごい。
* * *
案の定、って言って良いのかな。
1時間目が始まる頃には、またザーザー降りで強風の横殴りの雨に変わっちゃった。下校の時には、ずぶ濡れ問題再びって感じ?
「教室の中が蒸し暑いね……。それにすごく臭い……」
スズメがしかめっ面だ。
朝の眉間にしわに続いて、今日は変顔デーかも。
「まあ、みんながみんな、わたしたちみたいにちょうどよく晴れ間のタイミングに登校できたわけじゃないだろうからね……」
教室のあらゆるところに靴下が干してあるのが見える。
ただでさえ雨が降っていて湿気がすごいのに、生乾きの靴下がこんなにあったら、ね……。
「あ~あ、クーラーつけてくれないかな~」
「まだ6月始まったばかりだから、難しいんじゃないかな」
それに、学校のクーラーには除湿モードはついていないと思うよ。
「蒸し暑い~!」
「ちょっ、スズメ!」
ブラウスのボタンを外してバサバサしちゃダメぇ!
だだだ男子が見てる!
お前ら、スズメを見るな! 目を潰すぞ!
「暑いよ~。ジュース飲みたい~」
「もう授業始まるから……」
急いでスズメの服を整えて、水色の水筒を取り出す。
麦茶でガマンして。
と、担任の池中先生が教室に入ってくる。
ちびっこ先生って呼ばれて、生徒から人気の先生だ。
でもスズメよりは、ちょっとだけ背が高い。担当教科は理科で、いつも白衣を着ている。実はけっこうおっぱいが大きいけど、いつも隠してるんだよね。
「席に着け~。朝の会を始めるぞ~。ん、どうした、お前ら? 顔色が悪いな」
何人かの男子生徒が、席に座らずに教卓のほうに向かって集まり出した。
どうしたんだろう?
「ちょっと体調が……」
「めまいが」
「目がかすんで」
「頭痛が」
「目玉が痛くて」
みんな、体調不良を訴えているみたい。
何で男子ばっかり?
「低気圧のせいか~? きついなら保健室行ってこい。おい、保健委員! お前も体調不良か。まあ良い。ついでに全員連れていけ」
先生、雑ぅ。
保健委員(体調不良の男子)が先導するゾンビ集団が教室を去り……急に閑散としてしまった。
ん? 先生が今、スズメのほうを見てる?
なんだろう。
アイコンタクト的な……。
「なるほど……想定より早いな」
先生が謎の言葉をつぶやいた?
「あ~、そうか! 体調が悪くなったのは、この臭いのせいか~!」
池中先生が、急に大声を上げた。
「はいは~い! 私、消臭スプレー持ってま~す!」
スズメが勢いよく立ち上がる。
「お~。じゃあ、滅菌しておいてくれ。いや、待て。香料が入っていると余計に臭くなるな……。ちょっと待ってろ。しばらく自習」
ちびっこ先生が走り去っていった……。
「自習だって! やったね~!」
スズメが手を叩いて喜んでいる。
「う、うん……」
なんかさっき、先生とアイコンタクトしてなかった?
気のせいかなあ。
「マミ! 今のうちにジュース買いに行こ!」
「んー……それは自習とは違うんじゃないかな」
たぶん教室を出たらと、あとで怒られると思う。
「ブ~!」
「でもなんだろう。男子ばっかり体調不良って珍しいね?」
野球部とかサッカー部とか、体強そうな人も多かったし。
やっぱりこの生乾きの臭いのせい?
「ん~……ん~……」
スズメがスマホの画面を見つめて唸っている。
「どしたの?」
「2割くらいは、私のせいかも……」
眉毛が八の字。
しょんぼりしたお顔に。
「……何かしたの?」
「ん~……何にも?」
スズメは、チラリと自分の胸元に視線を送った。
どういうこと。
「でも大丈夫だと思う! 死んではいないから!」
「いや……」
生乾き臭で人は死なないと思うよ。
荒々しく教室のドアが開かれる。
「お前たち! 待たせたな!」
肩で息をしながら、ちびっこ先生――担任の池中先生が戻ってきた。
手には、大量の霧吹き?
「先生、おかえりなさ~い」
「それ何?」
「実験?」
「悪魔召喚する?」
「解剖?」
一斉に生徒たちが先生を取り囲む。
「1列に並べ! そして、1人1つ、このスプレーを持て!」
「は~い! 先生、それ何ですか~?」
先頭のスズメが代表して質問を投げかけた。
「南野、よくぞ聞いてくれたな! 1学期の理科の成績はAをやろう」
「わ~い、やった~!」
スズメがその場で小躍り。
質問しただけでA評価がもらえるって……。
「これは私が作りだした、最強の消臭剤だ! だ! だ!」
自分でエコーっぽいのをつけた……。
「先生すご~い! これを靴下に噴きかければ良いんですかぁ?」
スズメが霧吹きのボトルを眺めている。
「そうだ。市販のものと違って、余計な香料は入っていない。そして、成分も100倍の濃度にしてあるから、一気に臭いが消えるぞ」
100倍の濃度……。
それ、大丈夫なのかな。
「やった~! これで梅雨の生乾き臭ともおさらば~!」
列に並んだ生徒たちから、拍手が巻き起こる。
「よし、全員スプレーを持ったな? 詳しい説明をするから、まだ使うなよ? 絶対にまだだぞ」
押すな押すな?
「あ」
スズメ、フライング……。
「ちゃんと説明を聞け! 死ぬぞ!」
死ぬの⁉
「このゴーグルと、防塵マスクを装着し、対象物に1プッシュだけだ。それ以上は絶対に禁止だぞ!」
危険物取扱みたいな。ホントに大丈夫ですか、それ?
「せんせぇ……」
スズメが泣きそうな声を――。
「ボトルの中身全部やっちゃったぁ」
スズメ!
「おまっ!……どう、なった?」
「靴下が溶けちゃいましたぁ。掛けてあった手すりも一緒に溶けてなくなっちゃいましたぁ」
ええっ⁉
「先生、何の薬品を……」
「濃すぎたか……。皮ふに付着したりしていないか?」
「大丈夫です~」
「……それなら良かった。お前ら、ゴム手袋も追加しよう。それまでその場で待機」
先生が、再び走り去っていった。
「えっと……スズメ、大丈夫?」
「うん。でも、靴下を臭いの元から消臭しちゃった……。へへへ」
「へへへ、じゃないよ……」
溶かして消滅させたら、そりゃ臭いは消えるでしょうけど。
かわいいな、もう。
ちなみに、この事件は隠蔽できず、池中先生は学年主任の田中先生にこっぴどく叱られたらしい。
給食を食べながら散々愚痴られた……。
でもあれは、半分スズメのせいだと思う!
あー!
いつの間にか、空が晴れてるー!
さっきまで、あんなに降っていたのになあ。
でも、下校時刻まで止んでてくれると良いな!




