第45話 年次有給休暇申請書~私事都合のため
「『年次有給休暇申請書』って……会社のお休みの?」
たしか、休んでもお給料がもらえるんでしたよね。すごい!
「うちの組織のフォーマットだ……」
池中先生は黄色い紙を凝視し、大きく息を吐き出すように言った。
組織ね。
官公庁のどこかに所属しているんだろうなっていうのは想像がつくけど……なんでスズメの名前で有給休暇の申請が出ているんだろ? んー、まあ……スズメも社員なの? 中学生なのに、お給料をもらいながら働いている……ことになるのかなあ。
「このサインはスズメの字ですよね。それを鳩が咥えて飛んできた……ということは?」
先生はどう考えますか?
「これは私へのメッセージだな」
「世界からの、ですか? スズメからのじゃなくて?」
「それはわからんが、南野から私へ回ってきたものであるのは間違いないようだ」
「そうなんですか?」
「そうだ。これを見ろ」
黄色い紙を広げてわたしのほうに向けてくる。
『年次有給休暇申請書』というタイトルの書類。
改めてその中身をちゃんと読んでみる。
所属や日付関係の部分は全部黒塗りで隠されていたけれど、合計5日間の有給休暇申請書だということはわかった。
あとは『南野スズメ』とスズメの直筆で書かれていて、申請理由の欄には、すごく小さな字で「私事都合のため」と書かれていた。
後は右下に、最初から印刷されているっぽい、謎の四角い箱が3つ並んでいるだけ。
「何かおかしな点でもあるんですか?」
「ここだ」
池中先生が指さしたのは、右下の謎の四角の箱だった。
「これは承認印を押す場所だ。つまり、1つ目を押すべきなのは私だな」
「あー。有給休暇を取るのを許可する、みたいな? スズメの上司だから、ですか?」
「そういうことになるな」
スズメと池中先生は同じ組織に属していて、上司部下の関係にある。
先生はこれを否定しなかった。
だいたいわかってはいたけど、ホントにそうなんだなって感じ。
「それがなんで世界からのメッセージになるんですか?」
部下から上司への有給休暇申請に何か問題が?
鳩が持ってきたから却下するとか?
「柊はまだ中学生だからわからないと思うが……有給休暇を取得することは、労働者の権利だ。また雇用主のほうは、労働者に対してそれを取得させる義務もあるんだよ」
「へぇー、そういうものなんですか」
ピンとこないですけどね。
「働き方改革の一環でな、民間組織は労働者に対して、年5日の年次有給休暇を取得させることが義務づけられている」
「あれ? 民間組織ですか?」
官公庁じゃなかったの?
「その辺りは……あまり突っ込んでくれるな。委託を受けたりなんだりと、いろいろあるのだ……。そもそも中学生を働かせている時点であれだし……私も表向きは教職員という立場もあるからしてだな……」
歯切れ悪し。
まあ、なんかこう、闇の組織的な何かなんだと思っておきます! スズメが所属するのに闇の組織はないか……。逆に光の組織ってことにしましょう!
「つまりはなんだ……。南野がまったく休みを取らなくてな。期限が迫ってきているからして、時季指定をして強制的に休ませなければいけないという話だ……」
「強制的に休ませられるってすごいですね。本人が休みたくないのに? それって休んだことになるのかな」
「少なくとも仕事に関わらない5日間が生まれる。それ以上は、法律も関知しない」
強制休みの効果は、きっと国家的にも突っ込まれたくない部分でしょうし、さておいておきましょうかね。
「そこでだ。この書類を見ろ」
はいはい、見てますよ。
「明らかに嫌々書いているのがわかるだろう?」
「そうですね。スズメは昔からそう。課題やテスト勉強で嫌々書かされている時には、めちゃくちゃ文字が小さくなるんですよね」
ここなんか、すごくわかりやすい!
「私事都合のため」の「ため」はもうほぼ見えないし。視力10.0くらい必要だと思う!
「南野からすれば、休みたくないのに強制的に有給休暇を取らされた。そういうことなのだろうな」
「強制的にですか。休まないと逮捕されたりします?」
「いや、組織側の責任として、罰金を支払うことになる」
休ませる側の問題って感じ。
スズメが「絶対休みたくない」って言ったら、どうなるんだろ……。
「柊が、南野のことを休ませたいと願ったことが強く出過ぎたな」
「あー、やっぱりわたしのせい……」
「南野は、柊のいる世界から取り除かれることで、強制的に休暇を取らされた。事前承認はされていないがな。まあ結果的に、南野は世界を修復していない状態が続いているわけだ」
つまり……。
「あと2日は帰ってこない……?」
5日間の有給休暇なら、今日で3日間を消化したことになるわけだし?
「さて、そううまくいくかな?」
「えっ、でも有給休暇は全部で5日間なんですよね……?」
「世界がそれで十分だと判断すれば、な」
それはどういう……。
あ、まさか。
「この世界に6日目が来ない、とか……?」
「大いにあり得る。もしくは、最初の1日目に戻る、かもしれんな」
マジでありそう……。
太陽の動きを止めて、北極と南極と南国を一緒くたにしちゃう世界に、「時間が一定のリズムで流れる」なんて常識、通用しなさそうだしなあ。
「待つしかないんですかね……」
「南野が休まなくて良い安定した世界を作って待つほかないだろうな」
わたしが変なことを願わないって意味ですよね。
それは、まあ……努力次第?
「もしくは――」
池中先生が言葉を紡ごうとしたその時だった。
ホーホーホッホーホーホーホッホー。
3羽目の鳩が!
ヨタヨタ飛んできて、わたしの上に落としてきたのは、普通の――動いたりしゃべったりしない、スズメ人形だった。
「なんだろ。これも何かのメッセージ……?」
あ。
スズメ人形のお尻のところにマジックで――。
『むかえにきて』
って書いてある。




