第38話 吸い込まれたら、存在ごと砕かれて粉みじんになる穴
「スズメを返して! そして責任者を出せ!」
納得のいく答えをもらわないと、ここから動かないぞー!
「それは困るチュン。マミには笑っていてもらわないと、世界が崩壊してしまうチュン……」
スズメ人形はバタバタと羽をはばたかせると、わたしの頭の上を飛び回り始めた。
「そんなの知ったこっちゃないわよ!……と言いたいところだけど、ホントに世界が崩壊するのは困る……」
太陽が沈まなくなったり、日本が海に沈没したり、そういうのを目の当たりにしてきた身としては、『世界が崩壊する』という言葉が、ただの脅しだとは思えなくて……。
「マミはもっと笑うチュン! そうじゃないと、ほら!」
スズメ人形がわたしの頭を離れて、一直線に空高く昇っていく。
「ここを見るチュン! ちょっと破れかかったりしているチュン!」
破れ……?
「えっ、ちょっとそれ何⁉」
よく目を凝らしてみると、空に絆創膏のようなものが浮いている……?
「応急処置チュン」
「じゃあそれ、ホントに絆創膏……? どういう状態なの?」
「オゾン層が破れて、オゾンホールが発生しているチュン」
いや……。
「中学2年生をバカにしないでよね。そんなところにオゾン層がないことくらい知ってますぅ!」
オゾン層は、もっともっと上空の、空気がないところにあるんだよ!
宇宙との境目で、放射線から地球を守ってるの!
「でも……世界からそう説明しろって言われたチュン……」
スズメ人形は羽ばたくのをやめて、シュンとしながらわたしの頭の上に戻ってきた。
「それで? ホントのところは、あれって何なの?」
「……何かの穴チュン」
急に抽象的!
「その穴が開いていると何が起きるの?」
「ちょっとずついろんなものを吸い込んでいくチュン」
「掃除機みたいなものかな?」
「もっと激しいチュン。最初は小さな穴でも、そのまま放置していたら、どんどん大きくなるチュン」
「穴が大きくなるとどうなるの?」
「周りの物や人を吸い込んでいくチュン。吸い込まれたら、存在ごと砕かれて粉みじんチュン。それに穴が自分自身も吸い込んで、どんどん穴自体も大きくなるチュン」
「人も⁉ 存在ごと砕かれるって何⁉」
思っていたより深刻……?
「存在は存在チュン。その人が存在した記憶がなくなるチュン」
「えっ、わたしが吸い込まれたら、わたしがいたこと自体がなかったことに……ってこと?」
「そうチュン。でもマミは特別チュン。マミが吸い込まれたら、その時点で全部終わりチュン」
全部終わりも嫌だけど、わたしが終わるのも嫌だな……。
「まさかスズメはあの穴に……?」
「それは違うチュン」
「……良かった」
もしそうだったら、今すぐ世界を終わらせるところだったよ。
「マミがスズメを覚えているってことは、スズメは吸い込まれていないチュン」
「でもほかの人はスズメのことを忘れているよね……」
住んでいた痕跡も、クラスメイト達の記憶からも。
「マミが覚えていれば大丈夫チュン」
そんなに特別扱いされてもなあ。
「マミが暗い気持ちになると、穴は大きくなるし、増えるチュン」
「ヤバッ……」
「穴が開いたら、スズメが修復してまわっていたチュン」
あー、1日100回出動の……。
スズメはホントに世界を守ってるんだ……。
「あれ? でも今はスズメが強制的に休まされていて……?」
誰が修復を?
「修復できないチュン。できるのは、応急処置だけチュン」
「えっ」
「大丈夫チュン。これ以上、マミが悲しんだり怒ったりしなければ、世界は大丈夫チュン」
いやいや、もうけっこうヤバめな気がしますけど? よく見たら、そこかしこに絆創膏が貼ってあるし!
「スズメは休んでいるチュン。スズメっぽいみんながマミを笑顔にするチュン。それで全部解決チュン」
「その場しのぎでしかない気がするんだけど……」
いつまでも応急処置ってわけにもいかないだろうし。
「だけど……スズメを休ませるのがマミの望みチュン?」
「それはそうなんだけど……でも誰も修復できないのに、応急処置のまま放置し続けるのも良くないんじゃ……」
「スズメを働かせるチュン? また寝不足で、目からクマがいっぱい出てきちゃうチュン?」
「それはさすがに……」
スズメにつらい仕事はさせたくない、けど……。
「今のままなら、スズメは休めているチュン。だからマミもうれしいチュン? そのうれしい気持ちをずっとうれしいままにできたら、世界を修復しなくても大丈夫チュン。世界をスズメっぽいもので満たして、一緒にマミがうれしい状態を作り続けるチュン!」
えっと……なんか、理屈が通っているような……そうじゃないような……。
「だからそんな悲しそうな顔をしちゃダメチュン。ちょっとあっちにも絆創膏を貼ってくるチュン!」
どこかへ飛び去るスズメ人形。
わたし、悲しそうな顔してる、のかな。
でもたしかに……今は全然楽しい気持ちにはならない、かな。
スズメ人形が、スズメっぽいものを発見して、それを一緒に見た時には、たしかにちょっとだけ気持ちが上がる……。でも、それはちょっとだけだし、すぐに萎んじゃう。
わたしの気持ちがずっと上がった状態じゃないと、世界に穴が開いて……そのうち全部吸い込まれていっちゃう、んだよね……。
「スズメ~! ただいまチュ~ン!」
「おー、おかえ――何事⁉」
空を埋め尽くす、黒い影が⁉
とうとう穴がわたしたちを吸い込もうと⁉
「マミにうれしくなってもらうために、仲間を呼んできたチュ~ン!」
仲間……⁉
あ、あれ……黒い影じゃなくて、いっぱいの――。
「スズメ人形だぁぁぁぁぁ!」
100や1000じゃきかない!
空の向こうまでスズメ人形でいっぱいに!
「チュンチュン!」
「マミがいたチュン!」
「遊びに来たチュン!」
「初めましてチュン!」
「マミかわいいチュン!」
「60.25kgチュン!」
「痩せたチュン?」
「標準体重チュン!」
「あーもう! 大声で体重イジリすんなっ! 周りの人に体重バレるでしょ!」
「おまたせチュン! でも連れてきたのは、スズメ人形だけじゃないチュン!」
んー、足元からスズメ人形の声が?
いや、スズメ人形じゃない! なにこれ……⁉
「スズメっぽいイヌチュン!」
「スズメっぽいネコチュン!」
「スズメっぽいイタチチュン!」
「スズメっぽいハクビシンチュン!」
「スズメっぽいモルカーチュン!」
「スズメっぽいネズミチュン!」
「スズメっぽい三輪車チュン!」
「スズメっぽいドラゴンチュン!」
「お前はただのトカゲチュン!」
「お前はただのゴミ袋チュン!」
一斉に自己紹介を……。
しかも、スズメっぽいトカゲとスズメっぽいゴミ袋がケンカしてる……。
「「「「「マミ、今うれしいチュン?」」」」」
一斉に!
鼓膜が破れるわ!
「ぜんぜんうれしくないんですけど⁉」




