第30話 ホーホーホッホーホーホーホッホー。
ホーホーホッホーホーホーホッホー。
カーテンの向こうが明るい。
もう朝……。
ホーホーホッホーホーホーホッホー。
鳩がうるさくて目が覚めちゃった……。
ウソ。
一睡もできてない……。
ホーホーホッホーホーホーホッホー。
ちょっと静かにしてほしい。
せめてスズメのチュンチュンで起こしてほしい。
スズメ……。
あれから――スズメが池中先生の家のリビングを出ていってから、結局話せてない。
夜、通話を繋がなかったのはひさしぶりかも。どっちかが風邪を引いていても、ちょっとだけは話ししてたもんね。安静にしていないと怒られるから、親の目を盗んで。
どうしたものかなあ。
「昨日は言い過ぎちゃった。ごめんね。でも、スズメの体の心配をしているのはホントだよ。無理はしないでほしい」
んー。言い訳くさい。
朝から変な空気にはしたくないなあ。
あえて昨日の話題には触れない方向で行く?
スズメの機嫌次第かな……。
「ひぃっ! なんて顔なの……」
鏡に映った自分の顔を見て、ビビってしまった。
クマがひどいってレベルじゃなかった。白い、っていうか、青い? これ、ゾンビだわ。貧血の時でもここまでひどい顔色にはならないよね……。
ホーホーホッホーホーホーホッホー。
うるさいなあ。
わかってるって。
もう準備して、スズメの家に行かないといけない時間だよね。
とりあえずスズメの顔を見てから考えよう。
気合いを入れて……痛い。
ほっぺた叩き過ぎた……。でもちょっと顔が赤くなって、顔色悪いのはごまかせたかな?
あれ? スズメ人形がぜんぜんいない……。
1人もいないのなんて珍し過ぎる。
どこ行っちゃったんだろ。
ホーホーホッホーホーホーホッホー。
あーもう、わかってますって。
ホントしつこいな……。どこの鳩よ? 自分の縄張りにお帰り。鳩に縄張りがあるのか知らないけどさ。
玄関の扉を開けて――。
ん、今日も快晴。
だけど、真夏のわりには、若干涼しい?
ラッキーだなあ。
スズメが熱帯夜にうなされずに眠れていれば良いんだけど。
えっ。
「なに、これ……」
わたし……夢でも見てる?
それもだいぶ悪夢のほうの……。
「ない……」
産まれた時から通い慣れている――スズメの家がなかった。
「『売地』って……何……」
悪い冗談はやめてよ。
ちょっと待って……。
隣の隣の池中先生の家も……ない。
わたしの家の隣、2軒分の土地が、きれいに更地になっていた。
ほっぺたをつねってみる。
――痛い。
思いっきりつねる。
――すごく、痛い。
夢なら……早く覚めて。
急いで自宅に戻り、出勤の準備をしていたお母さんを問い詰める。
「南野さん……? どちらの方かしら?」
冗談を言っている顔には見えなかった。
隣には、つい最近まで老夫婦が暮らしていたらしいんだけど、相続の問題で売りに出されたとかなんとか……。
わたしには、隣に住んでいる幼馴染みなんていない。
お母さんから告げられた、重い言葉。
一体何なの……。
みんなでわたしが泣き叫ぶところを見て、おもしろおかしく笑っているんでしょ。
ぜんぜんつまんないよ、こんなの。
いいよいいよ。
そっちがその気なら……暴れるよ?
わたしだってね、怒る時は怒るんだからね。
やって良いことと悪いことがあるの。
まずは登校して、クラスメイトたちを味方につけて、大騒ぎしてやるんだから!
たまたま用意されていた朝食をかき込んでから、早々に家を飛び出した。
「1人で登校するなんて……」
スズメが風邪を引いた時くらいだよね。
「あ、そうか!」
メッセージを送ってみよう。
怒りの!
いや、スズメがドッキリを仕掛けている側とは限らないよね。
昨日の今日だし、怒っているかもだし。
誰が仕掛け人なのかはわからないけど、ここは慎重に様子をうかがう内容で――。
「ねえ、もうやめてよ……」
アカウントが存在しないって何……。
ここまでする?
もしかしてこれ、わたしのスマホじゃない……?
ううん、間違いなくわたしのだ。
カメラロールだってほら……えっ。
ない。
スズメの写真がない……。
スズメが写っているはずの写真や動画が、ごっそりと消えていた。
ツーショットの写真は、不自然に加工されていて、わたし1人になっている。
「こんなのもう……ドッキリの範疇を超えてるでしょ……」
ホーホーホッホーホーホーホッホー。
いや、お前どこまでついてくるの……。
ちょっとしつこいぞ。お前の相手をしてやれるメンタルじゃないのわかるでしょ。空気読んでよ。
あ、飛んで行っちゃった。
なんなのもう。
* * *
「ちょっと……ちょっとぉぉぉぉぉ!」
もう良いって!
さすがにそれはやり過ぎだって!
誰に訊いても、南野スズメのことを知らないって……そんなのダメでしょ!
ほらっ! 出席番号おかしいことになってるしっ!
なんで首を捻るの⁉
番号飛んでるでしょ!
わたしのほうがおかしいこと言っている人みたいな目で見るのはやめて……。
うぅ……。スズメ……。
「何騒いでるんだ~? 朝の会を始めるぞ~」
「先生!」
そうだ、池中先生なら!
「柊、席に着け~」
「先生! スズメがいないんです! みんなドッキリなのか何なのかわかんないですけど、知らない知らないって! もうそういうのは良いんで、早くスズメを出してください!」
壁ドンならぬ、黒板ドン。
白衣の袖を引きちぎらんばかりの力で、池中先生を問い詰める。
「落ち着け……」
「落ち着けません!」
「……わかった。話をしよう」
先生が小さくため息を吐いた。
そこでようやく気づいた。
先生の目の下にもすごいクマが――。
「もしかして……」
「ああ」
肯定だった。
先生は、スズメの行方を知っている。
「話せば長くなる。場所を変えよう」
その言葉に、ただのドッキリではないことを確信した。
スズメは、何かトラブルに巻き込まれているんだ。
「柊の調子が悪そうだ。私が連れていく。学級委員、代わりに朝の会を」
そう指示をしてから、池中先生はわたしの手を引いて教室を出た。
「すみません、取り乱して……」
「仕方ないさ。朝からきつい洗礼を受けたんだろう?」
「……はい」
先生は振り向かなかった。
すべてわかっている……ってことだよね。
わたしたちはいつもの先生のアジト――理科準備室に到着した。




