第29話 スズメの働き過ぎ問題に切り込む!
「そこに座ってくつろいでいろ。すぐにコーヒーを淹れる」
池中先生の言う「そこ」とは、超高級そうな皮張りのソファー。リビングの中でもひと際存在感があるね。それにしても学校の先生って、けっこう給料良いんだ……。
「失礼しまーす……」
ちょっと緊張しながら、ソファーに浅く座って、リビングを見回してみる。
なんかこう、モデルルームみたい……。
あんなにたくさんの動物がいるとはとても思えないくらい、きれいに片づいているし、オフホワイトで統一された北欧系の家具の1つ1つが、まるで買い揃えたばかりのように見える。
「先生は北欧系の家具が好きなんですか?」
「お~、わかるか? 柊がインテリアにも詳しいとは意外だな」
すごいうれしそう。
これ、気づいてほしかったんだわ。
「いえ、詳しいというほどでは……。たまにアウトレットショップに行って眺めるくらいですよ」
うちの家具は、近くの量販店の安いやつばかりですし。見る専門です。
「ラグもふかふか……。でも動物たちが好きそう……」
こんなのネコが引っ掻いたら、一発でダメになるよね。
「ああ、リビングには動物たちは入ってこないぞ」
「そうなんですか⁉」
わたしが懸念していることに気づいたらしい。
「ここは人のテリトリーだ。それと2階にある私の寝室もな」
「へぇー、ちゃんと躾けられていてすごいですね」
そういうの、守れるんだ。
頭がすごく良い動物でも、人間でいうと幼児くらい……3~4歳? そんなに完璧にルールを守れるとは思えないけど……。
「躾けではないな。そういうルールになっているから、ここには入れないんだよ」
ルール、ね。
何かしらの超常的なものなのかな。
よく考えたら、肉食動物と草食動物が一緒くたに生活しているなんてありえないし、クマが手のひらサイズだったり、イヌがスズメより大きかったりしていたもんね。たぶん、ここの動物は普通じゃない。
「いひゃ~! 遊んだ遊んだぁ♡」
満足げなスズメが、2オクターブくらい高い声で奇声を発しながらリビングに入ってきた。
「うわっ、スズメ汚い……」
あらゆる動物の毛とよだれが体中に……。
「みんなかわいいんだよ~。マミも一緒にあそぼ?」
「ちょっと……遠慮しておくね……」
動物は嫌いじゃないけど、ムツゴロウ博士みたいにはなりたくないかも……。
「南野。リビングに入るなら、きれいにしてこい」
池中先生は、スズメのほうを見ることなく、ピシャリと言い放った。
「はぁい」
気にした様子もなく、スズメは扉の向こうに姿を消した。
たぶんこれ、いつも通りのやり取りなんだろうね。
スズメがこんなに動物好きだって知らなかったな……。
わたしの知らないスズメの姿、かあ。
「ただいまぁ♡」
戻りが早い。
でも。
「きれい……だけど、なんでメイド服?」
シャワーを浴びて着替えてきたのかなって言うところまではわかるんだけど、なぜメイド服をチョイスしたの……。しかもなんていうか、ちょっとエッチっぽいの。胸元とスカートの丈が!
「着替えがこれしかなかったぁ」
「むしろなんでそれだけあったの……」
「私の趣味だ」
ええ……。
リアクションに困るんですが。
「教え子にエッチくさいメイド服を着せる趣味……? 通報案件?」
「違うわ! 失礼な! 自分で着る用だ!」
もっとリアクションに困る……。
「趣味云々は……まあプライベートなことなので、目をつぶるとして……サイズ合ってなくないですか?」
主に胸のサイズとか。
先生が着たら、ガバガバですよ?
「……大丈夫だ」
何が。
「新製品のパットがあれば……胸は作れる……」
あー、あれね。
たしかにすごい性能ですし。わたしや先生みたいな人でも、憧れのスズメ胸が作れちゃう……。
「良かった、ですね?」
「ほっとけ。家の中くらい好きにさせろ……」
「はいはい、失礼しましたー」
小っちゃくてかわいい幼女先生にも悩みはあったんですねえ。それにしても、趣味がエッチなメイド服とはね。
「ほら、コーヒーが入ったぞ」
乱暴にカップをローテーブルの上に置いてきた。
ちょっと機嫌悪し。
「せんせぇ、私のは~?」
スズメは当然のようにわたしの隣に腰を下ろして、先生からの給仕を待っていた。
メイド服を着ても、メイドさんっぽいことをする気はなさそう。まあ、ブレないところが、スズメっぽくて良いということで。
「ほれ、いつもの、ほうじ茶バナナチョコムースだ」
「わぁい♡」
手の込んだ感じのフレッシュジュースがスズメの前に。
いつもの。
「スズメは……よく先生の家にお邪魔してるの?」
「いつもだよ~。お邪魔っていうか、ある意味、私の仕事場だし?」
仕事っていうと。
「世界を修復する、あれ?」
「そだよ~」
やっぱりそうなんだ。
「応急処置はその場でやっちゃうけど~、ちゃんとした修復はいろいろ指示をもらってやらないと間違っちゃったら大変だからね~」
「スズメも先生も、世界を守る組織的なところに所属しているの?」
「ん~~~」
スズメは唸ったまま、池中先生のほうに視線を向けた。
「まあ、そうだ。どういう組織なのかは詮索するな。柊が知っても負担になるだけだし、気にせず自然体で過ごせ」
「気にせずって言われても……」
めっちゃ大規模な組織なんだなってことだけは察しましたけどね。
「わたしと下校する時は、自分の家に帰ってるじゃない? 放課後遊ぶ時も」
「うんうん。夕ご飯を食べた後くらいから、こっちに来て仕事してるの」
ずいぶん遅い時間だった。
「えっ、じゃあ、わたしと通話している時も……」
「だいたいこっちにいるかな~。先生がいない時は、自宅でやってることもあるけど~」
ぜんぜん知らなかった。
「そんなに遅くまで働かせて……ごめんね」
「大丈夫だよ~。ゆっくりのんびりやってるだけだし~。先生もいるし!」
夜遅い時間に、スズメはいつも池中先生と一緒にいる、んだね。
でもそれは仕事だから……。
「22時までには帰宅するようにいつも注意しているつもりだが?」
「え~、それじゃあ終わらないし~。マミとの通話が終わるくらいまでは良いじゃないですかぁ」
それって、深夜ってことじゃ。
「そんなに仕事が……? やっぱりわたしのせいでいつも疲れてる、よね。最近昼間ずっと眠そうだし……」
目の下のクマもすごいし。
「マミのためだもん。よゆ~よゆ~♡」
「でもそんなに毎日遅くまで働いてたら、絶対体に良くないよ」
「そうだな。ここ最近は少し……残業し過ぎだな」
やっぱり仕事量が増えてるんだ。
わたしのせいだ。
「良いの! ちゃんとしたいの!」
頑なだった。
こんなに強く主張するスズメは初めて見たかも……。
「毎日って、ホントに毎日なんだよね? 土日も休まず……」
「たま~に暇な時もあるよ~」
休まず働いていることを否定しなかった。
やっぱりこんなの良くないよ。
「ちゃんと休んでほしい……。先生、さすがにこの状態は何とかできませんか?」
世界の修復がスズメにしかできないっていうなら、スズメが倒れたら大変なことになるってこと。もっと大事にしないとダメでしょ!
「ああ……やはりもっと厳しくトリアージをして、1日の仕事量を減らさないといけないだろうな。今、上とも掛け合っていて、新しいルールを策定中なんだ」
先生は先生なりに動いてくれていたんだ。
でもそれだと――。
「遅い、ですよね。スズメのこの状態……いつ倒れてもおかしくないって思いませんか?」
いつも笑っているけれど、ぼんやりしていて話を聞いていないことも多いし、授業中はいつも寝ているし。
「私の体は大丈夫なの! 私がマミを守るんだから!」
スズメが荒々しくグラスをローテーブルに置くと、ソファーを叩いてから立ち上がった。
「スズメ……」
気持ちはうれしい。
でも。
「ちゃんと休んでほしい……」
「嫌!」
スズメはそのまま、リビングから出ていってしまった。
「スズメ……」
少し1人にしてあげたほうが良い。
わたしも池中先生も同じ気持ちだった。
きっと少し1人になって、冷静になればわかってくれる。
ちゃんと休んでメリハリをつけたほうが、仕事も効率的に回るはず。
今はそっとしておこう。
でも、わたしは――。
翌日、この判断を死ぬほど後悔することになった。




