第22話 宝塚の人(仮)
朝。
モーニングルーティンもそこそこに、スズメのお母さんの作った朝食をいただきながら――。
スズメの進路かあ。
「将来何になりたいの?」なんて、いきなり訊いて良いものなのかな……。
そもそも、話を切り出すタイミングが難しい……。
勉強……かな。
そうだよね、やっぱり勉強をしている時に尋ねるのが自然な流れなはず!
スズメが宿題の課題に詰まって「勉強向いてないかも~」みたいなことを言いだした時に、「HAHAHA。そうかい。スズメは勉強が苦手なんだね。では、将来何になりたいんだい?(イケボ)」って感じで、自然に切り出せば!
「マミ~、どうしたの? もしかして今日、調子悪い?」
スズメに話しかけられて、唐突に現実にカムバック。
「え、ううん? わたし⁉ 元気元気! あー、ワカメのお味噌汁おいしいなー」
……あれ?
甘くてクリーミー。
「それ、コーンポタージュだよ。……ママ~! マミが変なの~! 熱があるかも~!」
「だだだ大丈夫だから! ちょっと考えごとをしていただけ!」
「考えごと? なぁに?」
スズメが首をコテリと傾げる。
「うん、まあ……」
コーンポタージュに食パンを浸してペロリ。シミシミでおいしい。
「悩んでいることがあるなら話して? ガマンが一番良くないからね」
ガマンが一番良くない、か。
わたしにとって……というよりは、世界にとって、かな。
わたしの感情が乱れると、なんでそれに合わせて世界が捻じ曲がるんだろうね? わたしのご機嫌なんて取っても、だーれも喜ばないのになあ。
「マミ?」
「あーうん。……ほら、あれだよ。社会情勢的な? 物価高がインフレで金利上昇が問題で……」
あ、目を逸らしたな。
「スズメさーん? わたしのお悩み聞いてくださいますー?」
「……はいはいはいはいはいはいはいはい! 円高ドル安!」
「今は逆だね」
「ドル安円高!」
順番を入れ替えただけで、意味は変わってない。
「スズメ=ミナミノ、みたいになっちゃってるから」
「だよね! ハリウッド女優になったら、名前が先だよね~」
何の話……。
「私の名前は……スズメ=サウスフィールド? かっこいい!」
「『南野』の部分は英語にならないんじゃないかな……」
まあ、サウスフィールドはかっこいいけどね。
「ところでスズメは……ううん、やっぱりなんでもない」
ハリウッド女優になりたいの?
将来の夢……。
今が訊くタイミングだった?
でも違ったら困るし。
そもそもわたし自身が、自分の将来について何も語れないのに、スズメの将来のことを尋ねて良いわけないよね。まずは自分のことを考えてから……。
自分の……。
わたしって何になりたいんだろう。
お父さんは普通の会社員だし、お母さんは専業主婦だけど、ピアノの先生もしてる。でも、わたしはあんまりちゃんと音楽をやってきてない……。
勉強はどの教科もそれなりにできるけど、特別にできる教科もないし、運動神経も普通。とりわけ手先が器用なわけでもないし、スズメみたいに容姿に恵まれてもいない。
だったらわたしは、何ができる人なの……。
「マミ~! マミ~! お~いお~い! もう登校時間だよ~!」
「はっ⁉」
ヤバい。
また考えごとをしてしまっていた!
「い、急ぐ!」
目の前の食事を一気に口に詰め込んで――。
「ごちそうさまでした!」
食器を流し台に置いて……ダッシュで玄関へ!
世界を縮められたか⁉
「今日は調子悪そうだから、私がカバン持ってあげるね~」
スズメは、すでに両肩にスクールバッグをひっかけた状態で、玄関のドアを開けていた。
快晴。
雲一つない晴れ模様。
梅雨入り前の穏やかな初夏のひと時だ。
「うわ~まぶしい! そろそろ紫外線対策しないとね~」
たしかに。
スズメの真っ白な肌に染みができたら困る。
一旦家に戻って、日焼け止めを塗る?
でもそれだと遅刻しちゃうかも……。
顔と腕と足だけガーッと塗れば――。
キキーーーッ。
スズメの家の前に、一台のタクシーが止まった。
しかもなんか黒くてテカテカで……車体が微妙に長くて……高級そうな……。あ、これタクシーじゃなくてリムジンだわ。中で芸能人がシャンパン飲むやつ!
運転席からスーツ姿の背の高い女の人が下りてきた。
わたしよりも、だいぶ背が高い……。180cmくらいありそう!
背筋がシャンとしていて歩き方がかっこいい……宝塚の人?
わたしとスズメの前に立つと、宝塚の人(仮)が、手を胸に当てて小さく頭を下げた。
「お迎えに上がりました。お嬢様方」
「……は?」
え、なに。
「スズメ?」
「いやいやいや、私知らないよ⁉」
首をブンブン。
両肩のバッグもブルンブルン。
「本日は日差しも強うございます。さあ、学園までお送りいたしますので、お乗りくださいませ」
日差し……。
あ、わたしか。
日焼け止めを塗ってたら遅刻しちゃうって思ったからだわ……。
「ああああありがとうございます! ほら、スズメ! せっかくだから乗ろ!」
「えっ、えっ⁉」
状況が理解できずにまだ首を振っているスズメ。その背中をグイグイ押してリムジンの後部座席に押し込む。
「ごめん、たぶんわたしのせいだから」
スズメの耳元で囁く。
「あ、そう? そういうこと⁉」
なんとなく察してくれたらしい。
「たぶんあれだよね。世界がわたしに気を遣った結果……だと思うから、ここで押し問答していると状況が悪化する、よね……?」
「う~~~~ん……たぶん?」
神妙な顔つきでスズメが頷いた。
やっぱりそうだよね。
「これもまた、スズメに後処理的なことをお願いすることになるのかな……。なんかごめんね」
この宝塚っぽいお姉さんがどこからやってきたのか、ホントは誰のリムジンなのかもわからないけど……。
「まっかせて! 大丈夫大丈夫。こんなの日常茶飯事だからねっ!」
「日常茶飯事だったんだ……」
ぜんぜん気づかなかった。
「もしかして、これまでもこういうことって――」
「だいたい毎日だよ!」
マジかぁ。
「1日100回くらいある時もあるしっ!」
「ホントごめん……」
思ったよりも、相当苦労を掛けていたみたい。
「大丈夫大丈夫~。なんかね、あの手この手でやってくるからね。意外な手を打たれると感心しちゃう!」
スズメが笑っている。
この状況で笑っていられるなんて、すっごくタフだなあって思う。




