第15話 スズメはちょっとだけズルをしている
――太陽は沈まない。
外に広がるのは、夕焼けの空。
でも太陽だけが、まるで夜が来るのを拒むように、空の一番高いところに鎮座している。
なぜなのか。
きっとスズメはその答えを知っている。
そして池中先生も。
スズメの腕の力は抜け、抜け殻のようになって、わたしに覆いかぶさるだけの状態。今度は、逆にわたしがスズメを抱きかかえるようにして立ち上がった。
「ね、一回落ち着こう?」
全身が脱力しているスズメを、パイプ椅子に座らせた。背もたれに寄りかからせてやると、頭の重さで振り子のようにぐらりと体が揺れる。
「おっとと」
崩れ落ちる寸前のところで、何とかスズメの体を抱き留めた。
そっと抱きしめると、ようやく反応があった。
「マミぃ……」
鼻声。
いつもとは違って、ちょっとハスキーなセクシーボイスだ。
「もう、泣き過ぎだって」
目の周りがこんなに腫れちゃって。
「ごめんねぇ……。私が弱くって……」
ハンカチで目の周りを押さえてあげていると、熱い涙が一気に染み出してきた。
「何言ってるの。弱くたって良いよ。でも、いつもみたいに笑ってるスズメのほうが好きだなあ」
今日はずっとしかめ面だったし、シリアスモードだったし、今は大泣きしちゃっているし? スズメらしくないなあって。
「私は……マミが笑えていたらそれで良い……」
「わたしも同じだってば。何かを抱え込んで、泣いているスズメは見たくないよ」
だから、そのつらい何かをわたしにも背負わせてほしい。
「南野、話せ。それが柊の――世界のためになる」
先生の言う通りだよ。
スズメが泣いていたら、わたしは笑えないよ?
「でも……」
わたしのスカートを握って、うつむいてしまった。
「責任は取る。……いや、違うな。できるだけのことはするつもりだ」
その言葉を受けて、スズメは顔を上げた。ただ黙って、池中先生のほうを見つめている。
「でも、マミが知っちゃったら、もう戻れない……から……」
「いいや、もう限界だ。知らないまま放置するほうが危険だと判断する。無意識を制御できる限界は過ぎたんだよ」
「私の、せいで……」
「違う。南野はよくやっている。だが、何事にも段階がある。ただそれだけのことだ」
スズメと池中先生、2人の中で何かが進んでいく。
切羽詰まった状況っぽい会話なんだけど……何なんだろう。
「柊」
「はひっ!」
突然名前を呼ばれてびっくりした……。
「これから……南野が大切な話をする」
「……はい」
「受け止める覚悟はあるか?」
「えっと……はい。それがスズメのためなら」
池中先生は深く頷いた。
「これから話されることを聞いて、お前は怒るかもしれない。だが、これだけは覚えておいてほしい。南野はお前のことを裏切ったわけでも、騙そうとしたわけでもない。それだけは、絶対に違うと言える。だから、怒りはすべて、私にぶつけてくれ」
「わ、かりました……」
そう答えるしかなかった。
スズメがわたしのことを裏切るわけないし、わたしがスズメに怒ったりするわけない。そんなことはわかりきっているのに――。
わたしのスカートを握るスズメの手を通じて、震えが伝わってくると……不安で仕方なくなってしまった。
ううん。
それでも。
「知りたい」
震えているスズメを一人になんてしない。
「一緒に泣いて、一緒に笑いたいから」
わたしの大切なスズメが一人で思い悩んでいる今の状況にこそ、わたしは怒りを覚えている。何がスズメをそこまで追い込んでいるのか、わたしは知らなければいけない。
「南野」
「……えっと」
スズメが口を開く。
「私はマミに……笑っていてほしい」
「うん」
「笑っているマミと、ずっと楽しく過ごしたいの」
「わたしも同じだよ」
スズメが笑っているほうが良い。
笑っているスズメと、笑っているわたし。
いつも二人で。
毎日すっごい楽しい出来事が起こらなくても良い。
波乱万丈じゃなくて良い。
笑っているスズメが傍にいてくれることが、わたしの小さなしあわせ。
その変わらない日常が、わたしの宝物――。
「マミの笑顔が曇ると……世界が曇るの」
「うん? ああ、うん」
わたしも同じだよ。スズメが笑顔じゃなくなったら、わたしの世界も曇っちゃうからね。一人だけ笑っていても楽しくなんてないし。
「マミが楽しくなくなると……世界が壊れていくの」
うーん。うん……?
「だから私は……ちょっとだけズルをしてる」
「ズル?」
スズメの手の震えが止まった。
「世界をごまかして、マミが笑顔になれるようにしてる」




