第13話 スズメは何を隠している?
スズメと池中先生に連れていかれたのは、理科準備室。
ほんのり何かの薬品――たぶん消毒液のニオイがする狭い部屋だ。
「そこに座ると良い」
池中先生は窓際のパイプ椅子を指さした。
わたしが指定された椅子に腰かけると、先生は水道のところに立てかけてあったビーカーを手にした。
「柊はコーヒーで良いか?」
「あ、はい!」
こ、これはまさか!
アルコールランプを使って、ビーカーでお湯を沸騰させてインスタントコーヒーが出てくるパターン⁉ マンガで見たやつだぁ!
と思ったら、普通にビーカーを戸棚に片づけた……。
おもむろに、何かの機械のスイッチを――。
えっ、豆挽く音、うるさ!
うわっ、良い香り……。
普通にコーヒーメーカー使ってきた……。理科の先生なのに、おしゃれなカップ使わないで……。しかもそれ、ティーカップだし。
「砂糖はいるか?」
と、差し出してきたのは、金平糖の入った小瓶。
「かわいい……」
金平糖をお砂糖代わりに使うの、かわいくない?
っていうか、やっぱりこれなら紅茶が良かった……。コーヒーだと色が濃すぎて金平糖いなくなっちゃう……。
「南野はマスカットティーだったな」
「はい」
ええ……。
わたしもそっちが良かった。
先生もマスカットティー飲むの⁉
えっ、じゃあなんでわたしにだけコーヒーを⁉
池中先生が、わたしの正面に腰を下ろした。
「今日は……なんだな。……あれだ。いろいろ……大変だったな」
視線はティーカップに。ティースプーンでカップの中の金平糖を転がしている。
ちなみに、スズメは入口に近いところ――テーブルの端っこに椅子を置いて、ちょこんと座っていた。
「えっと、はい……」
んー。
何この空気?
スズメも黙ったままだし。
沈黙に耐えられず、ポケットから少しだけスマホを取り出して画面を見る。
未だ電波は来ていない。
時刻も9:45。ぜんぜん合っていなさそうだった。
顔を上げると、池中先生と目が合ってしまった。
「えーと、電波障害……なんですよね。どの辺のエリアが対象なのかなあ。家のほうまで帰ったらネット繋がると良いんですけどー」
わたしは何を言っているんだろう。
完全にデカい独り言になってるし……。
「お前は――」
池中先生の手が止まる。
ティーカップからゆっくりと手を離し、テーブルに両肘をついてから、顔の前で手を組んだ。
「どこまで気づいているんだ?」
「どこ、まで……?」
質問というより、尋問のように感じられた。
探るというより、咎められている。
池中先生の隣、はす向かいに座るスズメの顔を見る。
目が合わない。
スズメはティーカップを見つめたまま、微動だにしなかった。
2人はきっと、わたしが知らない何かを隠している――。
ホントのホントに、何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。
冗談ではなくて。
「最近、身の回りでおかしなことが起こっている。そんな引っ掛かりがあったりしないか?」
――きた。
やっぱり、先生は何か知っているんだ。
「えっと……。気になることはいろいろあって……たとえば――」
「ダメッ!」
スズメが突然、テーブルを叩くと、大声を上げながら立ち上がった。
うつむいたまま。
前髪が影になっていて、その表情は窺えない。
「南野」
池中先生が小さく首を振る。
「南野、柊はもう」
「ダメなの~~~~っ!」
絶叫。
もはや悲鳴に近い。
「マミは知らなくて良いのっ!」
わたし……?
「マミは何も知らなくて……知らないままが良いの!」
スズメの顔から、雫がぽたりぽたりとテーブルに落ち始めた。
「マミには……知らずに笑っていてほしいの……」
「スズメ……」
2人はわたしに何かを隠している。
わたしが知ったら、笑っていられないような何かを。
スズメは、わたしがそれを知らなければ笑っていられると思っている。
でも。
「スズメが泣いてるのに、笑えないよ……」
「私は良いの」
「良くないよ」
「マミが無事ならそれで良いの」
「わたしが良くないよ……」
だって。
「わたしの好きな人が泣いていて、わたしだけ知らんぷりして笑えるわけないじゃない」
その時だった。
理科準備室の薬品棚が、カタカタと音を立て始めた。
……地震?
「まずいな」
「マミ!」
スズメが慌てたようにわたしのほうに走ってくる。
「気持ち、抑えて」
薬品棚の揺れがさらに激しく――。
天井に取り付けられた蛍光灯が、明滅を繰り返す。
「なに……これ……」
ビシッという音とともに、窓ガラスに亀裂が入った。
「マミ。大丈夫だから!」
スズメが、わたしの頭を抱きしめてきた。
スズメの腕の隙間から、空が見えた――。
「どう、して……」
夕日が。
太陽が――。
空を茜色に染めて、ゆっくりと沈みかけていた太陽が――。
再び、空高く昇っていく。
まるで、逆再生映像のように。




