第11話 電波時計の不調? 時計がグルグル逆行していく
一度、気になり出したら、全部が怪しく思えてきてしまった……。
購買に行くと、人気のモチモチミニベーグルが最後の1個だけ残っているのも。
放課後にショッピングモールに行くと、いつもわたしの好きな曲が流れてくるのも。
急いでいる時に限って、信号が青信号に変わるのも。
給食に3日連続であげパンが出たのも。
SNSから『スズメの恩返し』に関する話題が一切合切消えたのも。
なんだろう。
すごくモヤモヤする……。
疑っているわけじゃないけど――。
ぼんやりとスズメの席のほうを見てしまう。
スズメに怪しい動きはない。
真面目に授業を受けているし、集中してノートに何かを書いているみたいだし。
でも、やっぱり……スズメは何かを知っているんだと思う。
もしかして――。
スズメって、人間じゃなくて女神様なのかも?
それとも天使? 妖精?
わたしのイマジナリーフレンド……ではないよね。
ほかのクラスメイトとも会話しているし。実在はしていると思う。
人間にしてはかわい過ぎるし、ちょっとおかしいとは思っていたんだよね……。
わたしにしあわせを運んでくる存在だとすると、すごくしっくりくる気がしてきた……。
でもまあ、スズメが傍にいてくれることが、わたしにとっての最高にラッキーなことだし、ほかは何にもいらない――。
うーん、でも、ちょっと教室が蒸し暑いから、クーラーの温度を下げてほしいかも。
「えっ」
風が――涼しい。
「柊さん、どうしましたか?」
国語の担当教諭の根本先生が板書の手を止めて、じろりとわたしのことを見てきた。
「あ、いえ……あーーー、右から2行目は、『なりにける』ではなくて、『なりにけり』かなー、とか……?」
根本先生はしばらく黒板を眺めてから、わたしの指摘した箇所を訂正する。
「……失礼。柊さんのおっしゃる通りでした。みなさんも気になる点があったらその場で言ってください」
うわあ。
みんなの視線がめっちゃ集まってくる……。
とくにスズメからは熱い視線が。
やめて、みんな注目しないで……。
教科書を立てて、その中に縮こまる。
わたしの大きな体は、教科書くらいじゃぜんぜん隠せないけどね……。
それにしても……涼しい。
今さ、クーラーの設定が変わったよね?
……盗聴?
いや、しゃべってないし、心を読まれた? 読心術的な?
スズメが天使や妖精だったら、そんなことは当たり前にできるか……。
もしかして、テレパシー的にスズメと会話できたりするのかな⁉
≪スズメ、スズメ。わたし、マミ。今、あなたの心に呼びかけています≫
んー。……無反応だわ。
≪もし聞こえているなら、右手を上げてください≫
……さすがにテレパシーはないかあ。
「はい、先生!」
スズメが右手を上げた……⁉
まさか⁉
「南野さん、何でしょうか?」
「ここで出てくる『花の香』は何の花の香りですか?」
普通に授業の質問だった。
でも……タイミングが良過ぎた。
「良い質問ですね。これは桜の花について歌っています。桜の花の香りが、着物に沁み込むほどに満開に咲いた桜に対して、視覚的にも臭覚的にも心を奪われている様子を描いています」
「なるほど~!」
今日のスズメはとても勉強熱心だった。普段は、授業中にペン回しをしたりして、あんまり集中していないことが多いのに。今日はホント珍しい。
やっぱり怪しいかも……。
≪スズメ。今度は左手を上げて≫
「――であるからして、この時に感じていた想いというは――」
うーん。
ずっと下を向いたままだわ。
やっぱりさっきのは、ただの偶然――。
窓ガラスがカタカタと音を立てて揺れ出す。
椅子も、机も……地震だ!
大した揺れじゃない。せいぜい、震度1か2。
だけど、教室内は一気に騒がしくなった。
「みなさん、しずかに。大した揺れではありませんが、念のため机の下に入りなさい」
根本先生の指示に従って、生徒たちは机の下に。
若干ふざけている生徒もいたりして、緊張感には欠けるけれども。
と、スズメは席に座ったまま、微動だに――ううん、両手を上げてバンザイの状態で固まっていた。
「南野さん。念のため、机の下に」
先生に名指しされ、スズメはハッとした表情をして動き出した。
両手をバンザイにしたまま、椅子の周りをぐるりと一周してから机の下へと潜り込む。
何その動き。かわい過ぎる!
じゃなくて――左手をあげた?
わたしの心の中の指示通りに?
でもさすがに今のも地震で偶然かな……?
とまあ、そんな具合に、机の下からスズメの様子を観察していたら、視線が合ってしまった。
スズメはかわいらしく微笑んできた。
まさに天使の微笑み。
じっと見つめていると、ちょっと照れたように視線を外してから、またわたしのほうを見て微笑んできた。
うーん、マジ天使。
今のスズメはちょっとかわい過ぎた。正直、録画したかった……。時間が巻き戻れば、絶対動画を撮るのに!
「みなさん、地震は治まったようなので、授業に戻りましょう。ケガなどありませんよね?」
先生の声掛け。クラスメイトたちは、のそのそと机の下から這い出てくる。
まあ、震度2くらいでケガはしないよね。
「よろしい。教科書の32ページから――」
授業が再開された。
でもあと10分もすればお昼休みだ。今日の給食の献立は、なんだったっけ。さすがに今日はもうあげパンじゃないよね。パンが続いたから、ご飯かな? カレーが良いな。あー、でもハヤシライスも捨てがたいかも。……むぅ、お腹減ってきた。
ん、なんか後ろのほうの生徒たちが、ざわついている?
先生は構わず授業を続けているけれど。
「あの~、先生……」
騒がしくした後方――クラスカースト上位に属するイケてる女子・桜井さんが手を上げた。いつもと違って、とても自信なさげだけど。
「なんでしょう。授業中はスマホの電源を切るように」
根本先生は、後方のグループを一瞥しただけで、再び黒板のほうに向きなおった。
いくら校則違反だからと言っても、生徒の私物を問答無用で取り上げるとけっこうな問題になるので、今は口頭注意が基本だ。先生の立場もつらいよね。
「時間が……」
「時間ですか……?」
先生はまた手を止めて、生徒側に目を向ける。それからゆっくりとした動作で腕時計を確認した。
「いいえ、まだ3時間目終了までに15分あります」
15分?
あれ? さっき時計を見た時は、残り10分くらいだった気が。
「そうじゃなくて……」
桜井さんが食い下がる。
「今は授業中です。授業に関係する質問ですか?」
「いえ、あの……」
歯切れが悪い。
「時計が……時間が巻き戻っている気がするんです」
は?
「桜井さん、あなたは何を言っているんですか……? もし寝ぼけているなら、顔を洗ってきなさい。特別に許可します」
「先生! 冗談じゃないって!」
隣の席の江崎さんが立ち上がる。
ちょっと肌を焼いている系の女子。
「壁の時計の秒針も! あ~しのスマホの時計も! 逆に戻ってる!」
え。そんなことあるわけ――。
……ホントだぁ⁉
わたしのスマホもぉぉぉ!
クラス全員が、スマホを片手にしゃべり出し、一気に教室が騒がしくなった。
「みなさん、落ち着きなさい! 一度冷静に! 冷静に!」
根本先生も取り乱し気味だった。
でも、なんでこんなことが⁉
「さっきの地震の影響で、電波時計が狂ったかも?」
スズメがぼそりとつぶやいた。
「そう! 南野さんの言う通りでしょう! 誤動作なら、すぐに収まるでしょう。だからみなさん、落ち着いて席に着くように!」
なる、ほど?
教室の掛け時計も、スマホの中のデジタル時計も、どっちも電波を受信して時刻を表示しているから、そういうことも起きる……のかな。
ん。
でも、スズメの様子がおかしい。
妙にそわそわして視線を散らしているし、親指の爪を噛んでいるし。
何度もスマホの画面とにらめっこして――。
と、教室のドアが勢いよく開かれる。
白衣をたなびかせながら入ってきたのは、ちびっこ先生こと、担任の池中先生だった。
「授業中すまない! 緊急の用事だ。南野、ちょっと来い!」
「は、はい!」
飛び跳ねるように立ち上がるスズメ。
両手を上げ、バンザイのポーズ。でもその表情は険しかった。
スズメは、わたしの机の前を横切る瞬間、チラッとだけ視線を向けてきた。
「スズメ……?」
「マミは……ちょっとここから動かないで。絶対」
あまりに厳しい口調にびっくりして、返事ができなかった。
スズメはそのまま、池中先生と一緒に教室を出ていってしまった。
「みなさん、静かに。静かに。電波時計の不調でしょうから、一度落ち着いて席に着くように」
結局教室内のざわつきが収まることはなく、時計の逆行も止まらずだった。でも、変な時刻にチャイムが鳴って、3時間目の授業は終了した。
グルグルと時計の針が逆に回っていく中、校内放送で『電波時計の不具合と、一部地域のインターネット回線不通』が告げられた。
たしかに、スマホからインターネットに繋がらない。
地震情報を見ようにも、何も画面に表示されなかった。
スズメが帰ってきたのは、給食の時間の終了を告げるチャイムが鳴った後だった。
ちなみに、今日の給食はめちゃうまハヤシライスだった。
スズメ……ハヤシライスが食べられなくて、すごくかわいそう。
じゃなくて、何があったの⁉




