第27話「王女襲来」
訪れた女性の顔を見て、ヤエは石のように固まった。
それは相手も同じだったようで、西洋人形のような整った顔に驚きを貼り付けていた。
気まずさが部屋に充満する。
(どうしてここに……?)
日本庭園で環の隣を仲睦まじく歩いていた様を思い出し、ヤエの心に濃霧をかける。
人魚姫の王女である早乙女櫻子は我に返ると、ゆったりと微笑んだ。
「おば様、お加減はいかがですか?」
「あら、いらっしゃい。とっても元気なの。娘がお見舞いに来てくれたからかしら」
「おば様の娘さん、人魚姫だったんですね」
「えぇ。可愛い子でしょう?」
青色の瞳がこちらを向く。
試すような目に、ヤエは唾を飲み込んだ。
(たしか、王女の異能は……)
庭園で聞いた彼女の言葉を思い出す。
そして、理解した。
櫻子がこの病室を訪れた理由と、意味を。
「母を治療したのは……」
「えぇ。わたくしですわ。何か問題が――」
「ありがとうございます」
「……へ?」
勢いよく頭を下げたヤエに、櫻子は気の抜けた声を漏らした。
なにか嫌みでも言われるかと思っていたようだ。
(恩知らずじゃいられないもの)
助けられたのであれば礼を尽くさなければならない。
それが王女であっても、たとえ敵であってもヤエは同じことをしただろう。
ヤエは頭を下げたまま言葉を続ける。
「治癒の異能を使ったんですよね? ならなおさらお礼をしないといけないわ」
「……頭をあげてください。対価は環さまからいただいておりますし結構ですわ」
「でも……」
櫻子に言われるがまま頭を上げれば、青い瞳には困惑が宿っていた。
彼女は眉を困らせ、視線を泳がせている。
(それじゃあたしの気がすまない)
強引に謝礼を渡したとしても櫻子は受け取らないと確信があった。
だからといって、受けた恩を返せないのは心苦しい。
たとえ環から対価が払われていたとしても、それはそれ、これはこれだ。
ヤエからの礼があっても問題ないだろう。
どうしたものかと頭を悩ませていると、様子を窺っていた母がとてもいい笑顔で提案を口にする。
「なら一緒にパーラーでも行ってきなさい」
「ちょ、お母さん!?」
「おば様!?」
ヤエと櫻子の慌てた声が重なる。
慌てる二人をよそに、母はおっとりと笑う。
「だってあなた達、話し合いが足りなさそうだもの」
「話し合いもなにも……」
お互い顔を見合わせ、首を傾げる。
ほとほと困ったといった櫻子の顔に、どうにかしてしてと書いてあった。
(どうにかできたら苦労しないのよね)
こうなった母は止められないと、ヤエは知っていた。
名案を思い付いたと言わんばかりの母の顔に、ヤエは観念して大きく息を吐く。
「こういった顔の母に何を言っても駄目です。ご迷惑でなければ、いかがです?」
「……しかたありませんわね」
やれやれと櫻子が頭を振る。
承諾を得た母は、笑顔の花を咲かせた。
「よかった。ヤエ、ちゃんと王女様のお話聞くのよ?」
「うん」
「王女様は私に話してくださったこと、ヤエちゃんにお話してあげて?」
「えぇ。わかりました」
双方に約束を取り付けた母はヤエの背中を押す。
振り返れば、頑張れと両手で拳を作っていた。
昔から変わらない母の仕草に、ヤエの頬が綻んだ。
「では、お母さん。また来ます」
「えぇ。待ってるわ。次来た時は、旦那様の惚気話でも聞かせてちょうだい」
◇◆◇
櫻子と向かい合い、ヤエは現実逃避をしていた。
資生堂パーラーに来るまで双方が無言であったのだから仕方がない。
そっと彼女から視線を外し、辺りを見渡す。
板張りの床。白い壁は外壁と同じで、統一感があった。
白い布をかけられた洋卓と洒落た意匠の椅子は洗練された上品さを醸し出す。
大きな葉を持つ植物の鉢植えが卓と卓の間に置かれ、客同士の目が合わないよう工夫されている。
周りの談笑を聞き取れないようにか、穏やかな音楽が流れ、とても居心地がいい。
時間も忘れそうなほどゆったりとした空間だ。
「ヤエさん」
櫻子から声をかけられ、ヤエは彼女へと目線を戻した。
澄んだ海のような双眸は何か言いたげに揺れている。
「あ」
「失礼いたします。お待たせいたしました」
櫻子が口を開こうとした時、注文した品とともに店員がそっと声をかけてきた。
洋卓にクリームソーダを二つ置くと一礼をして店員は下がっていく。
口を開いたまま固まってしまった櫻子へ声をかける。
「えっと、いただきましょうか」
「え、えぇ。そうですわね」
この店の特色でもあるアイスクリームが硝子盃から顔を出している。
長いスプーンで掬い、口へ運ぶ。
牛乳の甘みが口の中に広がる。と同時に、舌先でパチパチと弾けた。
未知の食感にヤエは目を輝かせる。
「んっ、これは……」
「ふふっ、お気に召しました?」
「えぇ」
「こんな可愛らしいお姿を独り占めしてしまっては、環様に怒られてしまいますわね」
櫻子がくすくすと楽しげに目を細める。
気まずさも忘れて夢中になっていたと、ヤエは決まりの悪い顔で窓の外を見た。
ちびちびとクリームソーダを口に含みながら、窓硝子ごしに櫻子の様子を窺う。
(初めて会った時からだけど、あたしを敵視してないのよね。どうしてかしら?)
西洋人形をそのまま大きくしたような彼女からは、全くと言っていいほど敵意を感じられない。
どう声をかけようか悩んでいると丸わかりな表情をする櫻子に、ヤエは笑みを零した。
絡まないよう外していた視線を顔ごと戻せば、安堵したような青色とかち合う。
意を決したように櫻子が口を開いた。
「ヤエ様」
「はい」
櫻子の目は何かを決意したかのように力強い。
思わずヤエの背筋が伸びる。
胸の中で何が告げられてもいいようにと身構える。
しかし。
「わたくし、環様のこと、まったく、これっぽっちも好きではありませんの」
「……へ?」
全く予想だにしなかった言葉に、ヤエの口から疑問が零れ出た。




