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人魚姫は泡沫の初恋を歌う  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第28話「王女の好きな人」

「わたくし、環様のこと、まったく、これっぽっちも好きではありませんの」


 しっかりと耳に届いたのは、人魚姫の王女とは思えぬ言葉だ。

 ヤエは息をするのも忘れて櫻子(さくらこ)を見つめる。

 パーラーの心を落ち着かせるような静けさがかえって重く感じてしまう。

 放心状態のヤエに、櫻子は真剣な顔で続けた。


「環様とわたくし、幼馴染みなのですけれど、彼の顔を見ても王女のように懸想したりということはありませんでした。むしろ、人魚姫を追い求める彼を応援したい気持ちでいっぱいで……」

「えっと、どうして……? 童話憑(どうわつ)きは同じ運命を辿るって決まっているのに」

「感情と運命は別もの、という話ですわ」

「別?」

「えぇ」


 柔らかに笑う櫻子は確信を持って頷く。

 それは自身の経験からだろうか。


(環も、櫻子さんも、どうしてそんなに信じられるの)


 疑問ばかりが浮かんでくる。

 逃げ続けていたヤエとは違い、童話憑きの名家の跡取りとして育ったからだろうか。

 まっすぐヤエを見つめる瞳に迷いはない。

 あるのは覚悟だけ。


(童話憑きの常識を覆す、覚悟。あたしは応えられる……?)


 ひりつく喉を潤すため、クリームソーダを流し込む。

 パチパチと舌先で弾ける感覚が、夢ではないのだと突きつけてくる。

 環から向けられる恋慕も、櫻子の決心も、すべて現実だ。

 話を進めることのできないヤエに、櫻子は静かに告げる。


「わたくしを環様にあてがおうと躍起になっているのは、わたくしのお母様です。このままでは本当に婚約者になってしまうところでした」

「えっ」

「天下の晴嵐家ですもの。嫁入りすれば玉の輿ですわ。わたくしの家も恩恵にあずかることができます」

「なるほど……?」

「ですが、わたくし個人としましては、環様の縁談は絶対に阻止しなければならないものでした」

「……なぜです?」


 ようやく頭が回り出したヤエは、絞り出すように問うた。

 真意を探るように青色の瞳を見つめる。

 ヤエの視線から逃げるように目を逸らした櫻子がクリームソーダへ手を伸ばす。

 僅かに頬を染めた櫻子が、きゅっと唇を結んだ。

 先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、櫻子は目を泳がせる。


「えっと、そうですわね、どこから話せばいいのか……」

「?」

「わ、わたくし、さ、三銭地(さんせんち)のことが、その」


 ここまで言われてしまえば鈍いヤエでも分かる。

 その人のことを考えるとなぜだか体温が上がってしまい、落ち着かなくなる。

 普段は取り繕えるはずの分厚い仮面も、彼の前では形無しになってしまう。

 そんな症状に、ヤエは身に覚えがあった。


(え、ちょっと待って? あたし、今何を……)


 少し目線を上げれば恋煩いの(こいする)櫻子が目に飛び込んでくる。

 今まで自分はこんな顔をしていたのかもしれないと思えば思うほど、体中の体温が上がっていく。

 かっかっと火照る頬が熱い。

 言い知れぬ恥ずかしさがヤエを包む。

 まるで櫻子の気持ちが移ってしまったかのようだ。

 同じ気持ちを共有しているからこそ思ってしまう。

 櫻子の想いを一番に聞くのは、ヤエではないと。


「それ以上は駄目です」

「へ?」

「それを一番に聞いていいのは、あたしじゃないと思ったので」

「うふふ。おば様と同じ事をおっしゃるのね」


 先ほどまで赤く染まっていた頬を緩め、櫻子はくすくすと笑う。

 母と同じと言われると悪い気はしない。

 ヤエは頬の熱さも忘れ、呟く。


「そう、母が……」

「いいお母様ですわね」

「そうね。あたしと一緒にいるために国中を行ったり来たりしたわ」

「まぁ素敵ね」

「といっても、あたし、幼少の頃の記憶はあまりないのだけれど」


 吐き出すように告げれば、櫻子は目を見開いた。

 まさか、や、そんなこと、と呟く櫻子に、ヤエは首を傾げる。

 申し訳なさそうに眉を下げながら櫻子が恐る恐る問いかけた。


「ヤエさん。昔大きな船が何かを探すのを見たことがありませんこと?」

「? 覚えはありませんが、それが何か……?」

「いえ、変な事を聞きました。忘れてください」


 意図の読めない質問にヤエは目を瞬いた。

 しかし、それ以上櫻子が何かを言うことはなかった。

 ぎこちない沈黙がその場に続く。

 言葉を探すようにクリームソーダに手をつけるが、すでに残り僅かであった中身を飲み干してしまう。


(そもそもなんで覚えてなかったのかしら? お母さんは事故だって言ってたけど……)


 空になったクリームソーダの氷が、からんと音を立てた。

 先ほどまで順調に話していたからか、やけに氷の音が耳に残る。


「これからあたし、環に日頃のお礼をかねて贈り物をしたいと思っているんですが、このあたりのお店、詳しくなくて」


 上擦った声は、気まずい沈黙の重さに絶えられなかったからだろう。

 腰を据えそうな静寂を払うように、わざとらしい明るさの声色だった。

 しかし、櫻子は目を輝かせて顔をほころばせる。

 まるで女学生が可愛らしい小物を見つけたような表情だ。


「まぁ! ご一緒するのがわたくしでよろしいのですか?」

「は、はい」

「善は急げと言いますものね。今すぐ行きましょう!」

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