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亡国の反逆少女たち  作者: しゃぼてん


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第8話 侵入

 赤線地帯、ビルの上の看板の陰に、アズハは身を隠していた。

 かすかに聞こえる軽快な音楽、嬌声、笑い声、喘ぎ声、罵声、そのすぐ傍に広がる静かな闇のなかに潜み、獲物が到着するのを待っていた。


 アズハの異能はずばぬけた身体能力、特にスピードだった。

 実際にすぐれているのは筋肉ではなく、神経なのだろう。だせる力も、筋肉の大きさの割には異常に大きいが、それ以上にアズハは動体視力や反射神経が並外れている。筋力自体が弱かった幼い頃は人並みだったが、成長するにつれ、だんだんと自分が普通ではないことを自覚するようになった。だから、ふだんの学校生活や、体力測定では、注意してその力を隠している。


 エイティーはどこかに欠落した能力があるはずだが、アズハの場合は代償が見当たらなかった。あるいは、どこか気がつかない部分に欠陥があるのかもしれないが、あったとしてもそれは見つからないくらいに小さな欠陥なのだろう。

 欠落した部分と異能の大きさは釣り合うわけではなく個人差がある。アズハの場合は、良い方向にバランスが崩れていたようだ。


 ネオンサインがきらめく赤線地帯には和洋折衷のネオ昭和様式のビルヂングが立ち並んでいる。古いビルだが、繰り返された改築で豪奢で華美な装飾がほどこされているものが多い。

 自治区外でヨシワラとも呼ばれる赤線地帯は、文字通りアスファルトにひかれた赤い線で囲まれている。三級市民の慰安婦はその赤い線の外にでると処罰をうける。

 慰安婦はほとんどが寮という名の牢獄に監禁されている状態で、自由はない。三級市民地区と違って餓死することはない分、待遇は良いとされるが、自殺か、その他の原因か、毎年かなりの数の慰安婦が死んでいる。


 夜の赤線地帯には、日本語以外の言葉、特に大陸の言葉がとびかっていた。ここはもともと占領軍の慰安のために、それまであった歓楽街を特に整備したものだった。

 今でも赤線地帯は自治区外から来た男達に特に人気のある場所で、日本人客より大陸から来た客のほうが多い。


 偉大党は、建前上、慰安所を「リラックスした環境で生殖活動の練習をする場所」としているが、自治区外の人間からみればただの娼館で、実態もそうだった。


 日本の赤線地帯は安価で質の高いサービスと、あらゆるプレイが可能なことで世界的に有名だ。

 大陸の一級市民の接待にも使われるし、そのために日本に通い続ける者もいる。


 中でも悦虐館と呼ばれる慰安所は、加虐性癖に対応しており、毎週のように、慰安婦が変わり果てた姿となって運び出される。アズハの幼馴染、結愛はそこで弄ばれ殺された。


 黒いリムジンが赤線地帯の路地をゆっくりと走行していく。

 リムジンから降りた男が悦虐館に入っていくのを、アズハは隣のビルの上から見送った。


 しばらくして。悦虐館の上の方の階の窓が一つあいた。若い男が窓から顔をだしてたばこを吸っている。

 アズハは隣のビルから悦虐館の瓦屋根の上に軽々ととびうつり、開いていた窓にとびこんだ。

 着地と同時にホルダーから拳銃を抜き、中にいた若い男の頭部に銃口をつきつけた。


「動くな。騒げば殺す」


 アズハの仮面に内臓されているボイスチェンジャーを通してでた声は、不気味な男の声だった。


「あぁ、ころさないで」


 怯える若い男はまだ20歳になっていないだろう。


「常連客にマスター・ジンとよばれる客がいるな?」


「はい、います」


「どの部屋にいる?」


「いつも地下のVIPルームをご利用です」


 地下.......

 作戦開始前に東条は言った。


「君は開けた場所での一対一の戦いならそう簡単に負けないだろうけど、いくら素早くても、閉じこめられたら終わりだ。退路がない場所にだけはいかないようにね」


 強化スーツ装着時なら、かなりの高さからとびおりても問題なく、腕部にしこんであるワイヤーを併用すれば、実質、何階からでも降りられる。だから、窓がある場所なら逃走経路は維持できる。

 だが、地下は出入り口をふさがれればどうしようもない。


 だが、アズハにあきらめるという選択肢はなかった。


 とりあえず今は、この殺すには少々良心が痛みそうな従業員をどうするか。

 アズハは部屋の中を見わたした。

 SMに使う小道具や拘束具が入った棚が並んでいる。ここは倉庫に使われている部屋のようだ。


「自分で自分を拘束しろ」


「おおせのままに。ご主人さま」


 命令すると、若い男は従順に手慣れたようすで次々と拘束具を装着していった。別に具体的な指示はだしていないのに、あっというまに口枷、足枷をつけ、手錠をわざわざ鉄の棚に通してからつけた。


「いい子だ。永遠にそこで待っていろ」


 若い男は口枷をつけた口でもごもごとなにか言っていたが言葉は聞き取れなかった。

 アズハは部屋をでた。




 悦虐館の豪華なエントランスで、支配人が満面の笑みで初めて来た客に共和国標準語で説明をしていた。


「ようこそいらっしゃいました。当店のご説明をさせていただきます。当店は、NGなし、あらゆるプレイが可能となっております。ろうそく、ムチ、各種拘束具などはもちろん、三角木馬などの大型の拷問器具も多種、定番から珍しいものまで幅広く用意しております」


 壁の大型ディスプレイには裸の女が多数映し出され、金額がのっている。


「安いね」


 大陸から来たらしき客は、驚いたように言った。


「はい。本国ではありえないほど安価だと、よくお客様がおっしゃられます。また、あなた様のような特別なお客様におすすめなのが、不定期に開催される処女オークションでございます。オークションで買い取った18歳の処女と専属契約を結びますと、毎月維持費を払う限り、彼女は貴方様だけのものとなります。ただし、再利用不可能なほどに完全に破壊されてしまいますと、1年分の維持費を請求させていただきますが」


「再利用不可能?」


「多少の傷や変形なら構いませんがね。顔の皮膚を全部はがされたり、全身を切り刻まれてしまうと、もう指名する方がいなくなってしまいますから」


「そんなことをする人間が?」


 支配人は笑顔でうなずいた。


「えぇ、いるんですよ。お客様によっては断末魔を聞くのが一番興奮するという方もいらっしゃいますから。ですから、お気に入りのキャストが見つかった場合は専属契約をお勧めします。次いらっしゃった時にはもうすっかり壊れちゃっていたり焼却済みだったりすることがありますから。ですが、すぐに補充しますので、品ぞろえにはいつでもご満足いただけますよ」


 その時、なにかが崩れるような大きな音が聞こえた。


「はて? しばしお待ちを」


 支配人は客の対応を部下にまかせ、奥に向かった。

 扉を通り、客室が並ぶ廊下に出ると、廊下の端近くに半裸の女がたっていた。


「おい、何か音がしなかったか? なにがあった?」


 女は、ただ近くの部屋をゆびさした。


「なにがあったというんだ?」


 女はただ首をふって部屋をゆびさし続けた。


「チッ。ろうあが。話もできやしないんだからな」


 支配人は女が指さした部屋のカギをカードキーであけて、中に入った。入ったとたんに、支配人のこめかみに銃口がつきつけられた。


「なっ……」


 耳元で地獄から響くような低い声が聞こえた。


「それはマスターキーか?」


「なんなんだ、お前は。ここは政府のお偉いさんも来る店だぞ。ここでそんなことをして、ただですむと……」


 支配人はそれ以上しゃべることができなかった。喉笛がナイフでかききられたためだ。

 支配人の手からマスターキーをとると、アズハはその不要となった重たい体をベッドの上に投げ捨てた。


 アズハは廊下に出ると、監視カメラにうつらない角度で、女に手話でつたえた。


「ありがとう。早くここから逃げて」


 女はどうせ救いなど期待していないというような、人生への絶望がはりついた顔のまま、無言で立ち去った。



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