第6話 告白
ユウカはずっと林梓晴に話しかける機会をうかがっていた。
路地での一件の後、アズハと会話する機会はなかった。
こころは乱れたままだった。このままでは、あきらめもつかなかった。
クラスメートなのだから、いつでも話しかける機会はあるはずなのに、何日たってもその機会がなかった。
ユウカが近づこうとすると、アズハはいなくなってしまう。帰りにいっしょに帰ろうと声をかけようにも、ユウカが友達に話しかけられたりして一瞬目を離したすきにアズハは姿を消していた。
明らかに避けられている。だが、ユウカが避けられていることに誰も気がつかないほどにそれは巧みだった。
それに元々アズハは一人でいることが多かった。同級生が話しかければ対応は丁寧だったが、それ以上近寄らせないなにかがあった。
だが、しばらくして、ある日、友達と一緒に帰宅しようとして忘れ物に気がついたユウカが学校に戻った時、ちょうど学校を出てくるアズハと出くわした。
「林さん」
呼びかけても、アズハは無視して歩いていこうとした。
「話があるの」
ユウカが無視されてもついていくと、アズハ冷たい口調できっぱりと言った。
「ついてこないで」
「迷惑なのはわかってる。でも、どうしても言いたいことがあるの。それを言うまでは、どうしても心が落ち着かない。話をさせて」
「1キロくらい、歩くけど、いい?」
「うん。何キロでも歩くよ」
「マスクをしておいて」
それからひたすら無言で歩き続けた。
やがて、橋の上でアズハは立ち止まった。
「盗聴器がないか確認させて」
アズハは手のひらに隠れるサイズの機械をとりだして、ユウカの全身と周囲をさぐった。
「それで、なんの用事?」
「わたしをあなた達の仲間にいれて」
「拒否する」
「東条君は構わないって。バレちゃった以上仲間に引き入れるしかないって」
アズハは明らかに舌打ちをし、冷たい声で言った。
「共謀罪は知っているでしょ? 仲間になれば、あなたは何もしていなくても、その時点でテロリストとして重罪になる」
「でも、それって、もう手遅れでしょ。正体を知ってて警察に何も言わなかったら、反スパイ法で処罰されるから。それに、わたしは、わたしは……」
あなたが好きだから。
ずっと言いたかったその一言が出てこなかった。代わりにユウカは言った。
「どうなってもいいの。どうせこんな人生。あなたたちといっしょにいる方が、その方がずっと意味がある。あなたが夜、ビルの上を走っているのを見た。わたしには何もできないけど、あなたが一人で戦うなら、わたしはせめてその手伝いをしたい」
アズハは視線をはずした。
「誤解よ。私はこの国を解放するために戦っているわけじゃない。独立なんてどうでもいい。私の母親は本国の人間よ? 私が日本人なのは半分だけ。それも売国奴みたいな偉大党の政治家の。私に日本解放なんて主張する権利はない。私は正義のヒーローなんかじゃない。私はただ破壊したいだけ」
「破壊?」
「そう。私は、すべて破壊したいだけ」
「それでもいい」
「気がくるってるの?」
アズハの声はいらだっていた。ユウカの声は落ち着いていた。
「たぶん、くるってる。でも、どうせわたしに未来なんてない。わたしはどうせ異常者。わたしは……男子が気色悪い。結婚して子どもを産むなんて、無理。どうせそのうち三級市民に落とされるくらいなら、あなたといっしょに戦いたい」
アズハの目に動揺の光が浮かんだ。アズハは背をむけた。
「だめ。嘘をついてでも二級市民になって」
「そんな人生に、意味……」
「意味なんてなくていいでしょ。生きていられるなら」
振りかえり、強い口調でそう言った後、アズハは目を伏せて言った。
「私には、年上の幼馴染がいた。彼女は生まれつき少し障害があったけど、やさしい良い子だった。親友だった。高校卒業後、あの子は三級市民にされた。そして数か月後、赤線地帯で死体になっていた」
「赤線地帯……だから、あの日……」
「ようやく何が起こったかつかめた。三級市民地区では誘拐したり、だましたりして強制的に慰安所にあっせんする政府公認業者がばっこしている。彼女はそうやって、赤線地帯に送りこまれた。そして、赤線地帯にある、一級市民御用達の慰安所。毎週のように傷だらけの死体がうまれる場所。そこで彼女は慰安婦として2か月間拷問を受け続け、息絶えた。私はあいつらを許さない。そんなことがすべて合法に行われる状態にした偉大党も、国も、見て見ぬふりする大人達も、すべて許さない」
アズハの目は憎悪で燃え、声は怒りで震えていた。
何もいえないでいるユウカに、アズハは言った。
「これは私の復讐。私の個人的な戦い。だから、あなたは自分の人生を生きて」
わかった。あなたが戦う理由は。
でも、あなたはもう私の人生に入りこんでしまった。
ユウカがそう口にだす前に、すでにアズハは橋の上を歩み去っていた。




