第2話 三級市民の人生
三級市民候補学級3年B組
道徳の授業。今日は生徒が一人ずつ将来の目標を語っていた。
「僕は生まれつき片足が不自由です。だから、僕は去勢手術を受けて、三級市民として、死ぬまで働いて、働いて、働きまくろうと思います」
日本自治区では、何らかの障害を持つ者、身体的特徴や能力が基準よりも小さいもの、同性愛者、トランスジェンダー、品行不良者等はすべて三級市民にしかなれない。
彼らは障害や欠格事項が判明次第、三級市民候補生として、二級市民候補生とは別のクラスで教育を受けるようになる。
二級市民の家に生まれた彼らは、学校を卒業して三級市民となれば、家を出て三級市民地区に移り、新しい悲惨な生活をはじめなければいけない。そのための心づもりとして、職業訓練という無償労働のかたわら、徹底的な自己否定と服従の訓練を受ける。
実際に振り分けがおこなわれて市民権を得るのは18歳の時だが、三級市民候補生が三級市民権を得るためには、不妊化手術を受けることが条件とされる。手術を拒否すれば非市民として強制収容所に送られる。
不妊化手術は偉大党が戦前から行っていた政策で、戦前は劣等遺伝子を排除して優秀な日本人の遺伝子を残すためという理由づけだった。
敗戦後は日本民族全体が国内の劣等民族とされており、そのため、例外を除き日本人は二級市民か三級市民にしかなれない。
すでに不妊化手術を強要する理由は失われているが、この制度はそのまま続いている。
「僕は色の見え方が普通の人と違うカスです。価値のない人間です。だから、僕は三級市民として兵士に志願して、この命を戦場で使っていただこうと思います」
ただし、男性は志願兵となり戦地へ行けば、その間去勢を免除され、10年間の兵役を終えれば二級市民になれる。
三級市民候補生がなりあがるために、兵役はほとんど唯一の希望だ。
だが、捨て駒として使われる三級市民兵の死亡率はとても高く、1年以内に8割が死ぬと言われている。これまで10年の任期を終えて生還し、二級市民になれたものの存在は知られていない。
次は女子が将来の目標を述べた。
「わたしはあたまがわるいです。テストがぜんぜんできません。だから、18さいになったら、しゅじゅつをうけて、いあんじょではたらきます」
三級市民がつける職業の給料は安く、子育て税等の重税が加わるため、毎年1割程度が餓死する。そのため、若年女性は三級市民の職としては比較的高給である慰安所慰安婦となることが多い。
これが、平均的な三級市民候補生の将来設計図だった。
放課後、二級市民候補生のクラス。近くで男子がなげく声がユウカの耳に聞こえた。
「あぁー。やべぇ。あと2か月で身長3センチのびねぇと、三級に落とされるぅー。やべぇよぉ。やべぇよぉ」
背の低い男子が頭を抱えて叫んでいた。男子は18歳の時に身長160センチ未満だと、三級市民に落とされる。
他にも体力テストや学力テストの結果が基準以下になっても三級市民に落とされる。
いつも反抗的な態度だったり、規則を守らない生徒も落とされるが、そんな愚かな人はいない。みんながんばってルールを守り、勉強する。
三級市民に落とされるというのは、地獄行きを意味するのだから。
ユウカはため息をついて、カバンを手にとって教室を出た。
学校の外に出たところで、前を歩いているアズハの後ろ姿を見つけた。
距離はかなり離れているけれど、一目でわかった。
気がついた時には、ユウカはアズハの後をつけるように、歩いていた。
一度、アズハの姿を見失ったけれど、そのままなんとなくアズハがいるような気がする方向へ歩いていると、本当にアズハが傍を横切っていった。
アズハはいつの間にか着替えていて、髪形も変わっていた。
マスクにサングラスまでしているから、見た目からでは誰だかわからない。なのに、ユウカはわかってしまう。
昔から、ユウカは人を見分けるのが得意だった。
実は見た目で見分けているわけではない。ユウカはなぜか匂いで、なんとなくわかってしまう。
でも、普通と違うと思われたくなかったから、誰にもそんなことを言ったことはなかった。普通と違うというのは、危険なことなのだ。
(なんで林さんはあんな変装をしているの?)
ユウカはアズハのあとを距離をあけたまま、追いかけていった。
目では見えなくても、アズハが通って行った道は、なんとなくわかる。だから、見失いようがなかった。
アズハは古いビルが立ち並ぶ、薄汚い区画へ向かって歩いていった。道路に赤い線が引かれていた。
その赤い線をふんだときには、ユウカはそれが赤線地帯の入り口だとはわからなかった。さらに進んで、そこに並ぶ、いかがわしい看板を見てはじめて気がついた。
文字通り道路にひかれた赤線で囲まれた赤線地帯、そこは慰安所が集まる場所だ。赤線地帯以外での売買春は禁止されている……というより、建前としては売春は全面的に禁止されている。例外的に、妊活のための「子づくり練習」をリラックスした環境でおこなう場所、という理由で慰安所は赤線地帯でのみ営業を許可されている。
ここにいるのは主に客としてくる二級以上の市民の男性と住みこみで働いている三級市民の女性だ。
赤線地帯は二級市民の女性が立ち入るような場所ではない。
娘がこんなところに見るのを見たら、ユウカの親は卒倒するだろう。
育ちが良いアズハの親ならなおさら。
(林さんは、なんで、こんなところに?)
近くのビルの、開け放たれた窓から、あぁ、あぁ、という悲鳴のようにも聞こえる奇妙な声がもれ聞こえていた。それが何の声なのかユウカにはよくわからなかったが、聞いてはいけない声だということはわかった。
(早く帰らなきゃ)
そう思った時、ユウカの手をだれかがつかんだ。よわよわしい小さな手だった。
ふりかえると、そこにいたのは、ユウカよりだいぶ背の低い少女だった。
「いたぁいの。おまたとおなか、いたぁいの。たすけてぇ」
舌足らずな声は見た目よりもさらに幼く聞こえる。たぶん、知的障害のある少女だ。
「おい! 客が待ってるぞ! 早く来い!」
近くのビルの裏口から出てきた男がそうどなって、少女をつかみ、ひきずっていった。
「やだぁ……やだぁ……いたいの、やだぁ……」
ユウカがぼうぜんと少女が消えていった裏口をみつめていると、脂ぎった顔のおじさんが歩きながら声をかけてきた。
「おじょうちゃん、かわいいね。まだ、学生? お店の見学? なぁ、俺と子づくり練習しようよ」
ユウカは一目散に走りだし、全速力で赤線地帯から逃げ出した。




