第1話 二級市民の少女
日本自治区、二級市民地区のとある高校、二級市民候補生学級3年1組、道徳の時間。
今日は一人ずつ、生徒たちが将来の目標を発表していた。
まじめそうな女子生徒が力強く発表した。
「私は20歳で結婚して、30歳までに4人の子どもを産むことが目標です」
日本自治区の二級市民は、男女ともに25才までに結婚すること、女性は生涯2人以上の子どもを産むことが義務付けられており、可能な限り生涯4人以上の出産が奨励されている。
子どもをたくさん産むことは、女の義務なのだ。
そのための制度も色々とある。
25歳までに結婚しなかったものは三級市民に落とされるため、24歳で結婚・婚約できていなかったものは、役所による強制マッチングが行われ、それでほぼ全員結婚する。
また、30歳以上で子どもが二人未満の者は、子育て税という重税が課せられる。税金が払えなければ、三級市民に落とされるから、みんな30歳までに2人の子どもを産もうと必死だ。
わたしは24歳までに結婚して、30歳までに二人の子どもを産みます。それから、子どもが大きくなったら、その後は死ぬまでずっと一生懸命に働きます。
そう書かなきゃいけないと思いながら、ユウカのノートは白紙のままだった。
いつのまにか自分が白紙のノートでも、発表者でもなく、彼女のせなかを見ていることにユウカは気がついた。
ふと気がつくと、いつも彼女のことを見ている。
林梓晴。眉目秀麗、冷たい雰囲気で、一人でいることが多いが、勉強のできる優等生で、どこをとっても完璧な少女だった。
彼女が誰かと付き合っているという話は聞いたことがないが、それはクラスの男子たちにとって彼女は高嶺の花すぎるからだ。
噂では彼女の父はこの自治区の永遠の政権党、偉大党の幹部。
庶民が手をだしていい相手ではなかった。
「次、林さん」
生徒を呼び捨てにすることの多い教師でも、彼女にだけは「さん」をつける。
「はい」
彼女は立ち上がって、無表情に冷たい目でクラスの中の平凡な生徒たちを見わたしながら言った。
「私は研究者となって我が国に貢献したいと思います。25歳までには結婚して子どもを産みたいと思いますが、出産育児を研究活動と両立したいと思います」
そんな将来の目標を言って許されるのは、彼女だけだった。
女子で大学に行くものは、日本自治区にはほとんどいない。女子が大学を卒業をしても、普通の会社は女性を正社員としては採用しない。
男子は死に物狂いで馬車馬のように死ぬまで働き続け、女は産んで産んで社会に貢献する。
それは、日本を偉大にする党、略称・偉大党の基本政策だ。
偉大党が最初に政権をとったのは、まだ日本が独立国だった、戦前のことだ。
軍事力強化に熱心だった偉大党は強大な隣国相手にも怯まず、勇敢にもすすんで戦争に加わることを決定した。だが、結局、当時の同盟国に見捨てられ、戦争に破れた日本は占領された。その後、日本は大アジア共和国内の自治区になったが、偉大党は戦後も日本自治区の支配を続けている。
そのことについて、なぜ? と問うことは許されない。
偉大党に対しても、大アジア共和国の中央政府に対しても、批判することや疑問を口にすることは許されない。それはとてもとても悪いことなのだ。幼い頃からそう刷りこまれている。
ユウカの目は、ただ彼女の立ち姿、動く口を追い、耳はその声を一言も聞き漏らすまいとしていた。
もうずっとこうだった。
いつからだろう。
一度だけ彼女と同じ班になった時?
2年生の時に彼女とはじめて同じクラスになった時から?
それとも、1年生の時、相手が誰かも知らずに、初めてあいさつを交わした時?
彼女の姿が視界に入れば、彼女と同じ空間にいられれば、ユウカは幸せで、でもどこか苦しい。
この感情が何なのか、ユウカは本当は気がついていたが、あえて気がつかないように努力していた。
同性を愛することは病気であり犯罪だ。
バレれば三級市民に落とされる。
デッドラインは25歳だが、女子は20歳すぎに結婚するのが理想的だと思われている。そのためにも、高校生くらいになるとみんな積極的に異性と交際をする。
ユウカは友達の「○○先輩、かっこいいよね」という会話がずっとよくわからなかった。かっこいいと思う先輩は女子にはいたけど。
恋をしている友達の話もよくわからなかったけど、適当に相槌を打って生きてきた。
「彼氏ほしいよね」と言われれば、「うん、ほしいね」と言い、そう言っている内に、本当に彼氏がほしいような気になったりはしていた。
「好きです。俺と付き合ってください」
少しだけ仲がよかった男子にそう言われた時も、好きという気持ちはよくわからなかったけれど、この人のこと、別に嫌いではないから、と思って、告白してくれた男子と付き合った。
だけど、2か月ももたずに終わった。
別に相手は悪くはなかった。
彼は気安く「子づくり練習をしよう」なんて言ってくるバカな男子ではなかった。
でも、彼とキスをした瞬間に、無理だと悟った。
気色悪いと感じてしまう。
触れたくない、触られたくない。
心も体もすべてが拒絶している。
でも、そういうものだよね?
そう思っていた。
女子は性欲なんてない、そういうものだから。
だけど、本当はそんなことないと、こっそりエッチな話をしている他の女の子たちを見ていて、ユウカは知っていた。
気がついてしまったのは、体育の時?
すぐ傍から彼女の匂いがして、呼吸の音が聞こえた時?
それとも、机の間を移動していて、あやうく転びかけて彼女にもたれかかってしまった時?
彼女になら触れたい。触れられたい。
それが浮かんだ瞬間に、すぐに自分で打ち消した。
そう思ってしまうたびに、何度も何度も打ち消してきた。
そんなことない。
そんなことは絶対にない。
だけど、ユウカは本当は知っている。
ただ、認めないだけ。
この世界では、絶対に認めてはいけないだけ。




