↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で普通に生きるために危ない仕事をする 〜なぜか体だけが強すぎる元会社員、目立たず働きたいだけなのに〜  作者: Yuki
第二章 竜哭の遺跡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/89

第81話 竜哭の遺跡③ 減らない数

こんにちは。

おかげさまで、日間ランキング「異世界転生/転移(連載中)」で73位、総合で244位に入りました! 読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。

お礼に、今日はお昼と夜にも1話ずつ投稿します。

前回は、遺跡の入口と一層の最初の戦い。倒しても倒しても、数が減りませんでした。今回は、その群れとどう付き合うかの回です。

 減ってない、という言葉のあと、誰もすぐには口を開かなかった。

 苔(こけ)を踏む小さな音が、さっきより近い。右からも、左からも、正面からも。一つずつは小さいのに、重なると、湿った回廊全体が低くざわめいて聞こえた。

 盾を構えたまま、カイゼルが言った。

「方針を変える。全部は倒さない」

 松明(たいまつ)の光が届くぎりぎりの、通路が十字に交わる場所を、顎(あご)で示す。

「交差点で受けて、抜ける。抜けたら、次の交差点まで進む。数えるのは、倒した数じゃない。進んだ距離だ」

「交差点は三つある」

 最後尾から、カルヴァンが言った。

「三つ目を抜けた先に、扉の残っている小部屋が描いてあった。昼は、そこで休める」

「ルーシー。お前は真ん中だ。俺とセリナの間が空いたら、そこから入られる」

「はい」

「ケスディア。交差点では、奥まで見通せる筋がある。そこだけ撃て。撃った矢は、抜けるときに拾え」

「拾いながら撃てって?」

「そうだ」

 ケスディアは舌打ちをして、矢を一本番(つが)えた。

「……わかった」




    ◇




 最初の交差点では、正面から五体、右の通路から三体来た。カイゼルの盾が正面を受け、ルーシーは右の通路の口の真ん中に出て、剣先を胸の高さに置いた。

 三体は、口の手前で足を鈍らせた。剣先が開けているのは、通路の左半分だけだ。三体はそちらへ寄り、正面の群れへ流れていく。そこには、カイゼルの盾がある。

「撃て」

 矢が盾の上を越え、正面の奥へ一直線に飛んだ。後ろから押していた一体が倒れ、それにつまずいた何体かで、前の押しが一瞬ゆるむ。

「抜ける」

 五人は左へ抜けた。ルーシーはカイゼルとセリナの間に体を入れ、ケスディアは通りすがりに、苔(こけ)の上の矢を一本拾い上げた。

 二つ目の交差点では、角に着く前に、カイゼルが言った。

「ルーシー、右」

 言われた口に立つ。剣先を置く。群れが曲がる。矢が飛ぶ。抜ける。

 後ろで、セリナが小声で言った。

「声は名前と指示だけなのに、ちゃんと回ってるわね」

「回さないと、死ぬ」

 ケスディアが言った。

「そういう言い方しかできないの?」




    ◇




 三つ目の交差点は、小さな部屋ほどに広かった。天井も少し高く、太い石の梁(はり)が十字に渡してある。梁(はり)と天井のあいだには、腕一本分ほどの暗い隙間があった。

 正面の群れが、カイゼルの盾に三体まとめて重なった。一体が正面を叩(たた)き、一体が縁(ふち)に肩を入れ、一体が二体の背中を押す。カイゼルの靴底が、濡(ぬ)れた苔(こけ)の上をじりじりと後ろへずれていく。

 ルーシーは右の通路を見ていた。右からは何も来ない。その目の端に、動くものが入った。

 梁(はり)の上。一体のゴブリンが、梁(はり)と天井の隙間を四つ足で這(は)っていた。盾の上を越えて、頭上(ずじょう)へ回りこんでいる。カイゼルは盾の前を、カルヴァンは正面の奥を見ている。ケスディアは「撃て」を待っている。誰も、気づいていない。

 ゴブリンが、梁(はり)の上で止まった。真下に、セリナ。

 その体が、縮んだ。

 外の人間の前では、やるな。――ここにいるのは、五人だけだ。

 胸の奥の扉を、一段開けた。

 一つ。

 縮んだ背中の筋が、一本ずつ見えた。セリナまで、二歩。一歩目の先に、苔(こけ)のはがれた継ぎ目がある。

 つま先を掛けて、蹴(け)る。二歩目は、セリナの脇の、苔(こけ)の薄い所へ。体を、セリナと落ちてくる筋のあいだに入れた。

 ゴブリンが梁(はり)を離れた。その体が目の高さを過ぎる前に、剣を振る。刃の通り道は、セリナから離れる向きに引いてあった。

 手ごたえは、一つ。落ちてくる体が二つに分かれ、ルーシーの肩をかすめて左右に落ちた。

 刃は、床の苔(こけ)の、指二本分上で止まった。

 二つ。

 扉を閉めた。肩は、下げたままで。

 セリナがゆっくり振り返った。結んだ髪の、こめかみのあたりに、赤い線がひとすじついている。

 そのとき、手の中で音がした。剣を下ろそうとした拍子に、柄の内側で、金と木がこすれるような、短く乾いた音。耳ではなく、握った手のひらで聞いた。

 (……今の、何)

 握り直してみる。今度は、鳴らない。

 正面では、カイゼルが残りの三体を、ケスディアの矢と短い剣で片づけていた。最後の一体が倒れると、盾を構えたまま、梁(はり)を見上げる。

 ケスディアは自分の矢を二本拾い、羽の折れた一本を別の場所に差して、並んだ羽を指でなぞった。

「残り、三十五」

 カイゼルが、ルーシーを見た。

「梁(はり)の上。いつ気づいた」

「縮んだときです。跳ぶ前に。踏み出したのは、二歩です」

 カイゼルの指が、盾の縁を一度叩(たた)いた。

「俺は、盾の前しか見ていなかった」

 それだけ言って、次の通路へ盾を向けた。

 セリナが、こめかみの赤い線を指でなぞりながら、ルーシーの首の後ろを見ていた。

「……また湯気、出てるわよ」

「やかんじゃ、ないです」

「言ってない」

 ケスディアの肩が、小刻みに揺れていた。




    ◇




 昼の休みは、扉の残っている小部屋でとった。

 入口の分厚い木の扉は、蝶番(ちょうつがい)一つでかろうじてぶら下がっていた。

「はめておけ」

 カイゼルに言われて、扉の下の端に両手を入れた。残った蝶番(ちょうつがい)は、枠の木ごと腐って黒い。そのまま持ち上げれば、重さが全部そこにかかる。

 (重い側は、自分で持つ。……倉庫と同じだ)

 扉の重さをいったん全部手のひらに受けてから、蝶番(ちょうつがい)を遊ばせたまま、枠の高さまでそっと上げた。錆(さ)びた釘(くぎ)は、一度も鳴らなかった。持ち上げた扉の脇を、セリナが何も言わずにくぐって中へ入っていく。

 カイゼルが反対の端に手を添え、二人で入口にはめこんで、内側から石を二つ噛(か)ませた。完全には閉まらないが、何かが来ればすぐにわかる。

 カルヴァンが腰のポーチの口を開けると、床に豆のスープの鍋と、水樽(みずだる)と、黒パンの包みが出てきた。短い蝋燭(ろうそく)に火を移して、松明は苔(こけ)に押しつけて消す。

 蝋燭(ろうそく)の光の中で、カルヴァンの額(ひたい)に汗が浮いていた。湿って冷えた部屋で、汗をかくようなことは何もしていない。手の甲で額をぬぐい、壁に背中を預けて、目を閉じる。

「カルヴァン。林の坂で、染料の箱を出したときも、汗をかいていました」

 カルヴァンが目を開けた。

「……見てたか」

「見ていました」

 少し間を置いてから、指がポーチの口を叩(たた)いた。

「出し入れで食う。重い物ほどな。しまっておくだけなら、食わん」

「じゃあ、宿で全部入れたときも」

 セリナが言った。

「重かった」

 あっさり返ってきた。セリナが鍋の取っ手に手を伸ばすより先に、カルヴァンが鍋の腹へ手のひらを当てた。炎は出さない。しばらくすると、鍋から湯気が立ちはじめた。

「それは、食わないの?」

「これくらいは、食わん」

 食事の途中で、扉の外の回廊を何かが通っていった。苔(こけ)を踏む足音がいくつも重なり、噛(か)ませた石のすぐ外を、右から左へ過ぎていく。十か、それより多い。五人は匙(さじ)を置いたまま、足音が奥へ消えるのを待った。

 セリナが、ケスディアの右の肩に手を当てた。

「何本」

「七本。続けては、三本」

「なら、いいわ」

 黒パンを持ったまま、ケスディアが壁の一点を見ていた。

「さっきの交差点。三つとも、いちばん多いのは北東の通路からだ」

「右から来たり、正面から来たりしてたぞ」

 カイゼルが言った。

「こっちが曲がって、向きが変わってただけだ。地図の上なら、全部北東。……今、外を通ってったのも、北東から来て、南西へ抜けた」

 ケスディアの黒パンが、左、右と小さく向きを変えた。

 カルヴァンが背嚢(はいのう)から一枚の紙を出した。ネイサンの帳面(ちょうめん)から写させてもらった、一層の地図だ。木炭の棒で、三つの交差点から北東へ一本ずつ線を引く。

 三本の線が、一点で重なった。そこには何も描かれていない。古い通路が一本、行き止まりになっているだけだ。

「出どころがあるな」

 カイゼルが言った。誰も反対しなかった。

 セリナは、乾きかけたこめかみの血を、濡(ぬ)らした布でぬぐっていた。

「助かったわ。ありがとう。……でも、ここ、髪は洗えないのよ」

「すみません」

「謝るところじゃないわよ。頭を割られるより、ずっといいもの」

 昼のあと、カイゼルが荷を割り振った。

「鍋はセリナ。使いかけの水樽(みずだる)はルーシー。出し入れのたびにカルヴァンの魔力を食うより、そのほうがいい。以上」

「水なら、運べます。樽(たる)で」

「知ってる」

 カイゼルは、もう盾を持ち上げていた。

 (知ってる、と言われた)

 樽(たる)の紐(ひも)を肩に掛けると、水が背中で一度だけ揺れて、すぐに落ち着いた。




    ◇




「確かめるだけだ。出どころがわかれば、二層への道を、そこから遠い側で選べる」

 カイゼルはそう言って、北東へ盾を向けた。

 北東へ向かう通路は細く、天井も低かった。壁から染み出した水が、床に浅い筋になって流れている。筋は、北東から手前へ流れていた。奥が、わずかに高い。

 途中で二度、北東から来た小さな群れを通路の脇へ流した。奥へ進むにつれて、壁の石が手前へせり出し、継ぎ目に指が入るほどの隙間が開いてくる。

 通路を曲がった先で、カイゼルが手を上げた。

 右の壁の一部が崩れ、四角い石がいくつも床に転がっていた。崩れたところに、人がかがめば通れるくらいの、縦に長い裂け目が口を開けている。

 石は、どれも通路の側に転がっていた。向こうへ落ちた石は、一つもない。割れ口は白く乾いていて、苔(こけ)がまだ一枚もついていなかった。

「内側から、押されてる」

 ケスディアが言った。

 裂け目の奥から、湿った冷たい風が来ていた。松明の炎が、手前へ傾く。風に混じって、土の匂いがした。奥のほうで、石と石のあいだを何かがこすれて通っていく音が、かすかに聞こえる。小さな気配が、いくつも。

「風があるなら、奥は広い。どこかへ抜けている」

 カルヴァンが言った。

「潰(つぶ)しに行かない。記録だけだ」

 カイゼルは、盾を裂け目に向けたまま動かなかった。ケスディアの目が、裂け目からカイゼルへ移る。

「出どころがここなら、ふさげば減るんじゃないのか」

「ふさぐ石を、誰が積む」

 カルヴァンが答えた。

「かがんで入れば、盾は構えられない。松明一本で、風の吹いてくる穴に入る理由はない」

「目標は五層だ。ここは、帰って記録係に渡す。あの帳面に足りないのは、それだと言われただろう」

 カイゼルの言葉に、ケスディアは弦(つる)から指を離した。

 カルヴァンが地図を膝に広げ、ただの壁だった所に、小さなばつ印を書きこんだ。横に、短く書き添える。新しい。内から。風あり。

 ルーシーは裂け目の縁へ、一歩だけ近づいた。カイゼルがちらりとこちらを見たが、止めはしない。崩れ残った床の石を踏み、足の裏に意識を集めた。街道のくぼみの縁で感じた、あの浅さを探す。

「カイゼル。ここの床は、ふつうです。街道のくぼみの感じは、ありません」

 カルヴァンが、ばつ印の横にもう一言書き足した。床、ふつう。

 (違うのに、どっちも、内側から何かが来ている)

 カイゼルが、盾を裂け目に向けたまま、一歩ずつ後ろへ下がりはじめた。

「下がる。背中は見せるな」

 五人は裂け目から目を離さずに、来た通路を後ろ向きに戻った。ルーシーはカイゼルの盾の右後ろで、裂け目と自分のあいだに剣先を置いたまま、一歩ずつ下がった。

 裂け目の奥からは、湿った風と一緒に、数えきれない小さな気配が、ゆっくりとこちらへ流れてきていた。

いつも読んでいただき、ありがとうございます!

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや、ページの一番下にある【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、執筆の励みになります。

応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。