第8話 呼びにくい名前
二日目の朝、瑠衣は少し早く目が覚めた。
肩は重い。
だが、嫌な痛みではない。
(……使ったな、って感じ)
身体を起こし、腕を回す。
可動域は問題ない。
(……今日も、動ける)
倉庫に入ると、昨日と同じ顔ぶれがいた。
男たちは荷車の準備。
女性たちは仕分け。
空気は、昨日よりも静かだった。
(……慣れた、のかな)
年配の男が瑠衣を見ると、箱ではなく別の場所を指した。
積み替えと整理。
運ぶ距離は短いが、回数は増える。
(……判断としては、正しい)
瑠衣は黙って作業に入った。
箱の重さは同じ。
持ち方も、歩幅も変えない。
ただ、身体の反応が少し違う。
(……脚が、よく動く)
疲労はある。
だが、昨日より動きが軽い。
周囲の視線が、時折こちらに向く。
昨日のような確認ではない。
もう少し、日常に近いものだ。
作業の途中、背後から声がした。
「……ル、ルイ」
少し引っかかる音。
瑠衣は振り返った。
(……私、だよね)
頷くと、若い女性がほっとした顔をした。
だが、続けて何か言おうとして、口を止める。
「ル……ルゥ……」
言い直そうとして、うまくいかない。
近くにいた別の女性が、くすっと笑って言った。
「ルーシ」
短く、はっきりした音だった。
(……ルーシ)
瑠衣は一瞬だけ考えてから、
その呼びかけに返事をした。
言葉は通じない。
でも、意味は伝わる。
午後になると、その呼び方が増えた。
「ルーシ、これ」
「ルーシ、終わった?」
イントネーションは人によって違う。
だが、誰も「ルイ」とは言わなくなった。
(……まあ、呼びやすいなら)
訂正する理由はない。
昼の食事は、今日も少し多い。
昨日と同じ。
(……固定、だな)
年配の女性が、ちらりと瑠衣を見て、
何も言わずに皿を置く。
視線に、悪意はない。
(……見られてるけど、嫌じゃない)
午後の作業も、同じように続いた。
瑠衣は、無理をしない。
でも、止まらない。
作業が終わる頃、
年配の男が短く声をかけてきた。
内容は分からない。
だが、最後に聞こえた音は、はっきりしていた。
「……ルーシ」
その呼び方に、瑠衣は少しだけ間を置いてから、頷いた。
(……この世界では、これでいいか)
夜、寝台に横になる。
肩と脚を確かめる。
問題なし。
今日一日を振り返る。
働いた。
食べた。
名前を呼ばれた。
それだけだ。
(……でも)
確かに、昨日とは少し違う。
呼ばれ方が変わっただけ。
でも、それは、
——ここにいていい、という合図のようだった。
瑠衣は、静かに目を閉じた。




