第72話 中級ダンジョン
ケスディアが小さく咳払いをして、目線だけでルーシーを指した。
「……そう、あれって、どうやって出したんだ」
「出した、って何のことですか」
セリナが割り込む。
「分かってるでしょ。あの異常なスピード」
ケスディアは言い直すみたいに、言葉を削った。
「俺は、見たことがない。剣が、あんな風に速く動くのを」
ルーシーは少しだけ考えてから、正直に言った。
「……あぁあの時は、夢中で修行の時のことを思い出したら力が湧いてきました」
「ふつうはそれができないから聞いてんのよ」
セリナが杯を揺らす。
「出そうとして出せるなら、世の中が平和だわ」
カイゼルが口を挟む。
「俺も詳しくは知らないが。多分ヴァルキアだ」
エリーがぴくっと反応した。すぐに視線を落とすが、耳だけは向いている。
「Aランク以上の戦士は全員使える。身体の出力を上げる能力だ」
「Bランク以下ではいないの?」
セリナが聞くと、カイゼルは少しだけ眉を寄せた。
「いるにはいるが、制御できないから事故る」
セリナが肩をすくめる。
「事故はもう嫌」
「制御できるかどうかで話が変わる。制御できずに使うと、自分か味方がケガをする」
ケスディアが黙って頷いた。反論がないのが珍しい。
ルーシーは杯を持ち上げて、口をつけた。薄い酒が舌を熱くして、喉の奥が少しだけ痒くなる。
「私、……修行前は制御できなくて勝手に上がってました」
セリナが即座に刺す。
「怖いこと言わないで」
「勝手に上がるのを止めるのは、今でも難しいです。でも、今日は」
ルーシーは言葉を探して、指先で杯の縁をなぞった。
「少しだけ、自分で開けてみました」
「少しだけ、って何」
「全開にしない。広げない。一本にする。そういう感じです」
ケスディアが眉を上げた。
「……何だそれ」
「説明すると変になるので」
セリナが笑った。
「説明しても変だし、しなくても変」
マレーナが口を挟む。
「いいの。本人がそう言えるなら、前よりいいわ」
ルーシーは頷く。
「はい。巻き込みたくなかったので、距離を取ってからやりました」
カイゼルがその言葉を拾う。
「そこは評価できる。距離を取った。味方の射線を切った。それで初めて、開いた」
ケスディアが小さく息を吐いた。
「……俺が前に出なければ、もっと楽だっただろ」
セリナが即座に返す。
「今さら言うな。今日は飲め。反省会は明日、勝手にやってちょうだい」
ケスディアは口を閉じ、杯を持った。飲み方がぎこちない。
カイゼルが続ける。
「Aランク以上の剣士は、あれをコントロールして使う。出し過ぎない。事故らない為にだ」
「出し過ぎなければ、事故を起こすこともない。どこまで上げられるかは人による」
セリナが目を細める。
「つまり、あなたは今日、制御できたってこと」
「9割くらい」
ルーシーは短く答える。
「でも、ずっとは無理です。集中してないと、まだ勝手にでます」
カイゼルは黙って頷いた。杯を一口飲んで、少し間を置く。
「……俺が知ってるAの連中より、力が出てた気がする」
セリナが顔を上げた。
「今それ言う?」
「言わないと、俺が気持ち悪い」
「気持ち悪いのはいつもでしょ」
「俺のことじゃない」
カイゼルは視線をルーシーに戻す。
「お前、どこで覚えた」
ルーシーは首を横に振った。
「覚えた、というより。必死になって、やりました」
「必死って何よ」
セリナが聞く。
ルーシーは少し笑いそうになって、やめた。
「……石が痛かったので」
一瞬、沈黙が落ちて、次にセリナが吹き出した。
「理由が雑」
ケスディアが口の端を上げる。
「雑なのに、結果が出ているのが腹立つ」
「腹立てるな。次に生かせ」
カイゼルが切る。
エリーが勇気を出したみたいに、小さく口を開いた。
「……あの」
全員が一瞬だけそちらを見る。エリーは固まって、言葉が詰まる。
マレーナがすぐに拾う。
「いいのよ。言って」
エリーは喉を鳴らして、やっと出した。
「その……怖く、なかったですか」
ルーシーは少し考えた。
「怖いです。でも、怖いままやると、失敗します」
セリナが頷く。
「正しい。怖いなら、段取りを組む。飲み会も同じ」
「飲み会は段取りじゃないわよ」
マレーナが言うと、セリナが笑う。
「段取りよ。酒と食事と、喋る順番」
カイゼルが杯を置いた。
「話はここまで。結論は一つ」
全員が黙る。
「次の仕事で、同じことをやるな」
ルーシーが頷く。
「はい。次は止めてください」
「俺が、止められればな」
短い約束だった。
セリナが杯を掲げる。
「はい、重くなりかけた。乾杯し直し」
「最初から勝手に飲んでたよな」
「いいの。いいの。雰囲気でやるの」
杯が軽く当たる音がして、場が戻った。
カイゼルが少しだけ声を落とす。
「……それで、次の話をする。カルディナだ」
セリナが杯を置いた。
「カルディナって、あの街?」
「そうだ」
カイゼルは指で机を軽く叩く。
「明後日から動く。護衛を一本取って、その流れで中級へ入る」
「中級って、例の……」
セリナが眉を上げる。
「五層までしか分かってない所?」
「分かってるのは、そこまでだ」
カイゼルは言い切った。
「名前は、竜哭の遺跡。カルディナの連中はそう呼ぶ」
「趣味悪い名前」
「みんながそう呼ぶ。意味があるんだろ」
カイゼルは淡々と続ける。
「五層までは、記録があるダンジョンだ。湿ってて、足場がわるく暗い。落石もある」
「普通ね」
「普通が一番やっかいだ」
カイゼルは短く返す。
「一層と二層は普通の魔獣。攻撃力は大したことないが、群れが出る。三層から毒入りの武器を使う相手と大型個体が混じる。四層は狭い通路で逃げ道がない。五層は広くて、強力な敵が多い」
セリナが顔をしかめる。
「嫌だわ。数が多いの、嫌い」
「嫌いでも行く」
「はい、はい、分かった」
セリナは杯を取る。
「ルーシーも一緒に行くわよね」
「大きなダンジョンには、まだ行ったことないので、行ってみたいです」
「体が洗えないのが嫌なのよね」
「それは、嫌だけど、しょうがないでふね」
「ん?ルーシー今噛んだ?かわいいわね。今日お持ち帰りしようかしら」
「おい。そろそろ、いいか」
カイゼルが話を戻す。
不機嫌そうにセリナが言う
「で、五層まで攻略済みって言ってたけど。ボスは?」
「いない」
カイゼルが即答する。
「大物の報告がない。代わりに、雑魚が多い。入れ替わる。奥へ行くほど密度が上がる」
ケスディアが視線を上げる。
「……繁殖するってことか」
「そういう見立てだ。巣か、穴か、どこかで増えてる」
セリナがため息をつく。
「最悪、本当にいやになる」
「最悪の手前、だ」
カイゼルは言い切った。
「六層より先は、帰ってきた奴がいない。記録も途切れてる」
「つまり、六層から先は未開拓ってことね」
「ああ」
ケスディアが杯を置く。
「……未開拓」
「現時点では未開拓だ。六層以降の話は信頼性の確度が薄い」
「薄いって言い方、嫌だわ」
セリナが嫌そうに言う。
「嫌でも現実だ。長期戦になるから行くなら、野営をする必要がある」
カイゼルが淡々と続ける。
「一日で往復できる距離じゃないからな」
セリナがすぐに反応した。
「食事もしっかりとらないとね、あとお酒も大事」
「確かに、お前は飲むからな」
「私じゃないわよ。隣よ」
セリナがルーシーを見る。
ルーシーはパンをちぎる手を止めずに、少しだけ首を傾けた。
「……食事は、普通に食べますよ」
「普通じゃない」
セリナが笑って、杯を揺らす。
「放っといたら鍋ごと消える」
ルーシーが真面目に言う。
「鍋は返します」
「返すな。量が足りなくなるって意味だ」
ケスディアが小さく息を吐いた。
「……つまり、補給が要る」
「そうだ」
カイゼルはそこだけ強く言った。
「荷物持ちが要る。寝具も食料も、水も火も。回収した物も運ぶ」
セリナが頷く。
「回復役が荷物持ったら死ぬわよ」
「分かってる」
カイゼルは目線をマレーナに移した。
「それで、条件がある」
「条件?」
エリーが小さく反応する。
カイゼルは指を折った。
「アイテムボックスがあること。攻撃ができること。余計な真似をしないこと」
セリナが即座に突っ込む。
「誰かさん、みたいにね」
「蒸し返すな」
ケスディアが少しだけ口を開いた。
「……今度は大丈夫、もう一人は魔法使いか」
「そうだ。土か水か火。どれでもいい。できれば攻撃寄りがいい」
セリナが杯を置く。
「火は分かりやすいわね。焼けば片付く」
「焼きすぎると全滅だけどな」
「知ってる。事故は嫌」
カイゼルは一度だけ頷いて、話を戻した。
「俺たちだけでも、行けなくはない。だが、長期になると荷物が増える。補給がなくなったら、終わりだ」
ルーシーが口を開く。
「……五層まで、通った人がいるなら。そこまでは、予定を組んで行けますね」
「予定通り進むのは、想定外がないときだけだ」
カイゼルは淡々と言った。
「雑魚が多い。増える。消耗で削られる。そこで余計なことをしたら終わる」
ケスディアが目を逸らした。
セリナが笑う。
「今の、誰のこと?」
「さあ、このPTにはもういない」
カイゼルが切る。
マレーナがようやく口を挟んだ。
「探すなら、ギルドで当たるのが早いわ」
「頼めるか」
カイゼルが即座に返す。
マレーナは少しだけ考えるふりをして、すぐに言った。
「ちょうど条件に近い冒険者が一人いるわ」
ルーシーの手が、ほんの一瞬止まった。
マレーナはそれに気づかないふりで続ける。
「実務は確実。線引きができる。撃つ時も撃たない時も、理由を持ってる」
セリナが目を細める。
「いいじゃない、それ」
「いいといっても、まだ来るとは限らないわ」
マレーナが言う。
「明日、声をかけてみるわ。向こうの予定もあるし、無理なら別を当たりましょう」
「わかった」
カイゼルが言った。
「明日は報告書もある。明日出発の準備をしよう」
セリナが杯を上げる。
「決まりね。じゃ、今日は飲む。明日は働く」
ケスディアが小さく笑った。
「……明日、働けるのか」
「働かせるわよ」
セリナが即答した。
ルーシーは少しだけ息を吐いて、杯を持ち上げた。
「……私も、手伝います。段取り、覚えたいので」
「頼むぞ」
カイゼルが杯を置く。
「店の勘定は今日は俺が持つ。今日の金も入ったしな」
セリナが即座に言う。
「それは違う。今日は割り勘でいいわ」
「割るなら、均等じゃない」
カイゼルの視線がルーシーの皿に落ちる。
ルーシーは口の中のものを飲み込んでから言った。
「……私、たくさん払います」
「いいわよ新人」
セリナが指を鳴らす。
「じゃあ、こうしましょう。PTの分はカイゼルが払って、ルーシーの分はみんなで割りましょう」
「勝手に決めるな」
「もう決めたわ」
セリナは杯を上げる。
「今日の仕事に。明日の段取りに。乾杯」
「乾杯」
杯が触れて、小さく鳴る。
エリーは遅れて、そっと杯を合わせた。音が弱い。
それが逆に、丁寧だった。
料理はもう少しだけ続いた。
焼いた茸に塩を落とした皿が来て、油がまだ熱いまま舌に当たる。
根菜の甘みが強い煮込みも来て、口の中が少しだけ重くなる。
最後の湯を飲むと、香草の匂いが鼻の奥に残った。
セリナが背もたれに寄りかかる。
「……はぁ。生き返った」
「死んでない」
「死んでたのよ。気持ちが」
ケスディアが水を飲みながら言う。
「……明日、本当に働くのか」
「もちろん。あなたもね」
セリナが即答すると、ケスディアちょっと嫌な顔をした。
カイゼルが立つ。
「帰るぞ。明日は仕事の準備だ」
店を出ると、夜の空気がさっきより冷たかった。
石畳の湿り気が、足裏に残る。
マレーナはエリーの隣に立ち、短く言う。
「送るわ。道、暗いから」
「だ、大丈夫です」
「大丈夫でも送る」
エリーは小さく頷いた。
ルーシーは二人に向けて言う。
「……今日は、ありがとうございました」
マレーナが頷く。
「こちらこそ。明日、声をかけておく」
「お願いします」
「任せて。フィリスにも働かせるから」
その言い方に、セリナが笑う。
「雑」
「信頼よ」
マレーナはそれだけ言って、エリーと歩き出した。
カイゼルが前に出る。
「ルーシー」
「はい」
「明日はゆっくり寝てろ。段取りはその後だ」
ルーシーは少しだけ迷ってから、素直に頷いた。
「はい。ゆっくり起きます」
セリナが横で笑う。
「寝る前に、パン食べるんでしょ」
「……一つだけ」
「一つだけで済むと思えない」
ルーシーは返さず、歩き出した。
街灯の光が途切れる場所でも、足が迷わない。
明後日から、カルディナ。
五層の先は、まだ誰も知らない。
その前に、明日。
帰り道は、店の灯りから離れるほど静かになった。
セリナは歩きながら、今日の酒の残りを確かめるみたいに息を吐く。
「……あの店、また来る。絶対」
「お前の基準は店か」
カイゼルが言うと、セリナは肩をすくめた。
「生き残った日の店は覚えるの。次も生き残るために」
ケスディアが小さく言う。
「……縁起が悪い」
「縁起が悪いのは仕事よ」
セリナが即答する。
「だから、段取り」
カイゼルが短く言った。
「明日、朝。ギルドに顔を出す。報告書を出す。回収班の連絡を受ける」
「それから?」
「休む。動くのは明後日」
ルーシーが頷く。
「荷物は、私もまとめます」
「勝手に増やすな」
カイゼルが即座に切る。
「必要なものだけ。軽く。忘れるな」
「はい」
セリナが笑う。
「カイゼル、ほんとにお父さんみたい」
「言うな」
ケスディアが、珍しく口を挟む。
「……明日、矢は補充する」
「当然」
カイゼルは歩みを止めない。
「次は声を出せ。位置を言え。勝手に前へ出るな」
「……分かってる」
その返事は小さかったが、逃げる音じゃなかった。
ルーシーは横目でそれを見て、何も言わない。
言わないまま歩く方が、今は合っている。
ギルドの屋根が遠くなっていく。
今日の終わりは、やっと終わったという終わり方だった。
そのせいで、明日が少しだけ現実に見えた。
あまり更新が出来なくて申し訳ございません。
最新仕事が忙しくてなかなか時間が取れませんでした。
次回でいったんエルデンのまちとはお別れです。
次の話をもって第一章完結とします。
皆様のおかげでルーシーもやっと普通の仕事がこなせる剣士?になることができました。
第二章からは、護衛任務で街を移動した後、しばらく、ダンジョンに潜ることになります。今回のPTメンバ―に誰が加わるか楽しみにしていてください。




