第7話 初日
朝は、思ったより早く来た。
倉庫の裏に用意された簡易寝台は、寝心地がいいとは言えない。
それでも、地面よりはずっとましだった。
瑠衣は身体を起こし、肩の具合を確かめる。
噛み傷はまだ痛むが、動作に支障はない。
(……動ける)
無理をしない。
それだけを意識して立ち上がった。
倉庫の中は、すでに人が動いていた。
昨日見かけた年配の女性と、若い女性が二人。
男たちは荷車の準備をしている。
(……ちゃんと、仕事場だ)
年配の男が瑠衣を見ると、短く手を上げた。
合図だ。
木箱を指す。
昨日見たものと同じ大きさ。
同じ並び。
(……運搬)
瑠衣は箱に手をかける。
重いが、想定内だ。
(二十五キロくらい)
肩は使わない。
箱を身体に寄せ、膝を曲げ、背中を立てる。
脚で立ち上がる。
(……この重さなら、続けられる)
歩幅を一定に保ち、置く場所も揃える。
急がない。
止まらない。
一箱、二箱。
最初は、誰も見ていなかった。
新人が雑用をしているだけだ。
だが、時間が経つにつれて、周囲の動きが変わる。
男の一人が、腰に手を当てる。
別の男が、箱の前で一瞬止まる。
瑠衣は変わらない。
呼吸は一定。
肩も、庇えている。
(……まだ、大丈夫)
年配の女性が、ちらりと瑠衣を見る。
心配するような視線。
瑠衣は何も言わず、同じ動きを続けた。
昼前、休憩の合図が出る。
瑠衣は、ちょうど箱を置いたところだった。
そのまま立って待つ。
(……座ると、戻るの面倒だし)
昼食が配られた。
固いパンと、薄いスープ。
瑠衣は受け取ってから、一瞬だけ目を落とす。
——量が、少し多い。
周りの皿より、パンが一つ多く、
スープも深めに注がれている。
年配の女性が、何も言わずに置いていった。
(……評価、か)
瑠衣は軽く頭を下げ、黙って食べた。
味は変わらない。
でも、身体に入る感覚が違う。
午後も作業は続いた。
男たちが交代で休む中、
瑠衣は同じペースを保つ。
無理はしない。
でも、止まらない。
(……トレーニングとしては、普通)
作業が終わったのは、日が傾いてからだった。
年配の男が帳面のようなものを見て、手を止める。
箱の列を見比べる。
瑠衣の前に積まれた数は、少し多い。
大体、一・五倍。
男は何も言わない。
ただ、一度だけ瑠衣を見た。
それで終わりだ。
夜。
寝台に横になる。
肩と脚の具合を確かめる。
悪くない。
追い込んだ感じもない。
(……今日も、ちゃんと使った)
特別なことはしていない。
ただ、働いただけだ。
それで、寝る場所がある。
食事もある。
(……十分)
瑠衣はそう判断して、目を閉じた。




