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異世界で普通に生きるために危ない仕事をする 〜なぜか体だけが強すぎる元会社員、目立たず働きたいだけなのに〜  作者: Yuki
第一章 普通の仕事ができるまで

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第51話 基礎修行③ 剣を振りながら

「……俺も、見てていいですか」

 木立(こだち)から出てきたのは、レインハルトだった。借り物の大きすぎる盾を背負っていて、歩くたびに、ガリ、と草の根を擦る。

「昨日、通りかかって。あ、違います。医療棟に行ったら、もう外に出たって言われて。外ってどこですかって聞いたら、門の外だって。門の外のどこですかって聞いたら、番兵の人が『呼吸の人なら、あっちだ』って」

「呼吸の人」

「はい。番兵の人の間では、そう」

 門の、寝不足の番兵の大あくびが浮かんだ。

「医療棟の連中も番兵も、口が軽い」

 カルヴァンは、ため息を一つついた。

「見るのは勝手だ。口は出すな」

「出しません!」

 レインハルトは木の根元に腰を下ろした。盾が地面につかえて、背中が反った。反った拍子に、幹が目に入ったらしい。目の高さに、短い横の傷が二本、並んでいる。

「それ、何の数ですか」

「口は出すなと言った」

「出してないです。聞いただけです」

 カルヴァンは答えずに、小石を一つ拾い、ルーシーに放った。

「次は、剣を使う。抜いて、刃を寝かせろ。腹を上だ。石はその上に乗せる。振るな。構えろ」

 刃の平らな面を上にして水平に構え、親指の先ほどの小石を真ん中に乗せた。呼吸を回す。肩が固まりそうになるたび、吐いて落とす。小石は動かない。

 草地の脇の道を、話し声が近づいてきた。

 若い二人連れだった。短い槍(やり)を肩に担(かつ)ぎ、胸元で銅色の札が揺れている。ギルドの窓口で、すぐ後ろに並んでいた二人だ。浅層(せんそう)の割当へ向かう格好のまま、剣を水平に構えて突っ立っているルーシーを見つけると、歩く速さを落とした。

「お、呼吸の人だ」

「突っ立って銀貨になるなら、俺も吸うわ。すううう、はあああ」

 片方が胸を大きくふくらませてみせ、もう片方が、札を指でいじりながら笑った。

 根元のレインハルトが、盾ごと腰を浮かせた。

「あの、今の――」

「口は出すな」

 カルヴァンは、道のほうを見もしなかった。

「向こうにもだ」

 レインハルトが、浮かせた腰をゆっくり下ろした。

 言い返す言葉なら、日本語でいくつか浮かんだ。浮かんだ分だけ、吐いた。

 剣の腹の上で、小石は、乗せたときの向きのまま動かなかった。

 笑い声が、道の先へ遠ざかっていった。

「これ、何の練習なんですか」

「何の練習だと思う」

「え。石を、落とさない練習?」

「追わない練習だ」

「何を追わないんですか」

「それが分かるようになる練習だ」

 レインハルトは首を右へ傾け、左へ傾けてから、言った。

「はい」

「次は振る。だが、遅く。石を落としたら、追ったと思え」

 吐きながら、ゆっくり振る。肩から先を、水の中で動かすつもりで。小石は乗ったまま、半円を描いて戻ってきた。

 根元のほうで、ぷっ、と空気の漏れる音がした。

「あ、すみません。いや、なんか、すごく、ゆっくりで。ダンジョンじゃ、あんなに速かったのに。猫が伸びしてるみたいで。遅く振るだけなら、俺でもできますよ。村で、毎朝鍬(くわ)を振ってたんで」

 カルヴァンが、足元から小石をもう一つ拾った。

「できるか。なら、やれ。盾を置け」

「了解です!」

 声が裏返った。

 レインハルトは剣を抜き、刃を寝かせて小石を乗せた。乗せた瞬間に、転がり落ちた。

「……あれ」

 三度目で、ようやく落ち着いた。剣先が細かく震えている。

「遅く、ですよね。見ててください」

 一振り目。ゆっくりと、半円を描く。

「ほら」

 二振り目。さっきより速い。

「ほら、ほら」

 三振り目で、腕が気持ちよさに負けて、振り抜いた。

 小石はきれいな放物線を描いて、草むらの向こうへ消えた。草むらの奥で、鳥が一羽、驚いて飛び立った。

「三振り目で追ったな」

「追ってないです。俺、何も追ってないです」

「石は、どこだ」

 レインハルトは、空になった剣の腹を見下ろした。

「遅く振るのって、遅く振れないんですね」

 ルーシーは、笑わないように唇を結んだ。結んだ拍子に肩が固まりかけて、慌てて吐いた。石は落ちなかった。

 (笑うのにも、肩を使うんだ)

「あいつは見て分かる。お前は見えないから厄介だ」

 カルヴァンが、ルーシーにだけ聞こえる声で言った。

「俺、見て分かるんですか」

 聞こえていたらしい。

「石が飛ぶ。声が裏返る。さっき笑ったのも、聞こえてる」

 レインハルトは両手で口を押さえ、目だけでルーシーに謝った。

 新しい小石を拾って、二人で並んで振った。

 遅く振ると、余計に重い。十五回目で、レインハルトの剣先がゆっくり下がっていった。

「十五回で、腕が上がらないです」

 自分の腕を見下ろした。張りも、重さも、来ていない。

 (まだ全然疲れてない。……これ、言っちゃ駄目なやつだ)

「ルーシーは、どうですか」

「少し、重いです」

 嘘(うそ)ではなかった。剣は重い。ただ、腕がそれを重いと言わないだけだ。

「お前は疲れないのが問題なんだよ」

 カルヴァンが、ルーシーの腕に目をやった。

「疲れれば、力は勝手に抜ける。お前は抜けない。なら、誰が抜く」

「私、ですか」

「ほかに誰がいる」

「いいなあ、疲れないの」

 レインハルトが、腕をぶらぶらさせながら言った。

「いいことじゃない」

 低い声だった。レインハルトは、ぶらぶらさせていた腕を、そっと体の脇に下ろした。

 六、七、八と振る。石は乗っている。乗っているから、大丈夫だと思った。

 九振り目で、刃が、髪一本ぶん速くなった。

 振り終わりで、刃は止まった。小石は止まらなかった。

「いっ……!」

 腕を休めていたレインハルトの額(ひたい)に当たって、小石はぽとりと草に落ちた。

「す、すみません!」

「今の失敗は、悪くない。失敗が見えた」

 カルヴァンが、草の小石を小枝の先でつついた。

「見せてください」

「平気です。……盾、置かなきゃよかった」

 額の真ん中が、小石の形に赤くなっていた。さっきレインハルトが草むらへ飛ばした石より、ずっと短く、ずっと速く飛んだ石だった。

 ルーシーは、止まったままの自分の剣を見下ろした。刃の上には、もう何も乗っていなかった。

 (剣は止まっても、乗っている物は、止まらない)

 草から小石を拾い、剣の腹に乗せ直す。乗っている、と思うたびに、吐いた。

 レインハルトが、額を押さえたままカルヴァンへ向き直った。

「明日も、来ていいですか」

「石を避ける練習もしておけ」




    ◇




 昼前、ギルドで依頼札を受け取ろうとすると、ハンナが、珍しくペンを置いた。

「ルーシーさん。指名です」

 差し出された紙に、見覚えのある名前があった。

「グレイン商会の倉庫、オーウェンさんから。荷運びです。明日の朝から。人が足りないそうで」

「私を、ですか」

「名指しです」

 ペン先が示した所に、ルーシーの名前が、癖のある太い字で書かれていた。

 ルーシーは、その太い字を、指で一つずつなぞった。

 けれど、明日の朝だ。一日でも来なかったら、そこで終わりだ。

 (夜明け前に、倉庫。昼までに、草地)

「倉庫は、何刻から開いていますか」

「オーウェンさんなら、夜明け前には起きていると思います」

 ペンが、一瞬だけ止まった。

「両方、やるつもりですね」

「はい」

「では、そう書いておきます」

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