第5話 移動、応急、借り
移動は、翌朝だった。
外が明るくなり、瑠衣はようやく時間の感覚を取り戻した。
焚き火は消え、空気は冷えている。夜よりはずっと状況が見える。
肩の痛みは、相変わらず鈍い。
包帯は巻き直されているが、治った感じはない。
(……止めただけ、だね)
それ以上を期待するのは、普通じゃない。
外に出ると、森の縁に細い道が見えた。
踏み固められた土。
人が使っている道だ。
三人のうちの一人が、道の先を指さした。
次に、腰袋を軽く叩く。
意味は分からない。
でも、意図は分かる。
(……町まで連れて行く。代わりに、何か出せってこと)
当然だった。
瑠衣はポケットを探る。
スマートフォン。
社員証。
財布。
紙幣と硬貨。
どれも、この世界では意味を持たない。
(……想定内)
瑠衣は少し考えてから、腕時計を外した。
金属の質感。
細かい仕上げ。
この世界の装備とは、明らかに違う。
差し出すと、三人の視線が集まった。
一人が慎重に受け取り、光にかざす。
しばらくして、小さく頷いた。
「……コレ」
短い言葉とともに、道を指す。
(……交渉成立、かな)
完全な信頼ではない。
だが、拒否もされていない。
移動中、会話はない。
だが、距離は少しだけ縮まった。
(……囚われてるわけじゃない)
それもまた、妥当だった。
町は、思ったより近かった。
木の柵。
低い石壁。
簡素な門。
門をくぐると、視線が集まる。
服装。
髪。
装備。
そして、瑠衣。
違和感は、隠しようがなかった。
囁き声。
指差し。
露骨な好奇。
(……まあ、そうなるよね)
建物の一つに入る。
中は、簡素な治療所のようだった。
薬草の匂い。
布。
年配の男が、瑠衣の肩を見る。
言葉は分からない。
だが、表情と動きで分かる。
——大したことはできない。
実際、その通りだった。
布を外し、
傷を洗い、
薬草を当て、
新しい布で縛る。
痛みは残る。
だが、悪化は防げそうだ。
(……応急処置、だね)
終わると、男は肩をすくめるような仕草をした。
ここまでだ、という意味だろう。
それから、冒険者の一人を見る。
短いやり取り。
金の話だと、分かった。
(……立て替え、かな)
瑠衣は何も言えない。
だが、理解はしていた。
無料じゃない。
ただ、今すぐ払えないだけ。
治療が終わると、外に出された。
拒否ではない。
「これ以上は無理」という線引きだ。
門の近くで、冒険者の一人が指で円を描き、
次に、瑠衣を指した。
(……あとで、清算)
逃げ道は、ない。
でも。
(……助けてもらったのは、事実)
瑠衣は深く一礼した。
意味が通じなくても、
態度は通じる。
町を見回す。
店。
人。
仕事の匂い。
(……金、稼がないと)
治療費。
護送代。
たぶん、まだ増える。
ここは異世界だ。
だが——
(……やることは、変わらない)
瑠衣は、ゆっくりと息を吸った。




