第42話 カルディナ③ 評価と対価
ルーシーたちが通された応接室は、倉庫の奥にあった。飾り気はないが、机の天板だけは磨かれている。
マーサが帳簿の束と、オーウェンの署名が入った検品票を机に並べた。ルーシーは、背中の剣を壁に立てかけてから座った。
エドガーは、検品票を指で叩いた。
「オーウェンの印を見た。言うことはない」
続けて、封蝋の跡がある厚い封筒を机に置いた。
「推薦状だ。中央寄りの仕事を回すときの紙だ」
ブレイデンが目を細めた。
「珍しいな。あんたが紙を出すのは」
「珍しいから出す。今回の荷は高い。盗賊が出た所で、しくじる目は跳ね上がった。それを潰した。だから、次も同じ質を買う」
ブレイデンが封筒を取り、封の脇に並んだ宛名書きに目を落とした。角ばった、癖のある字だった。指が、一か所で止まる。
「名前が七つあるな」
「護衛は七名だった。違うか」
ブレイデンは、封筒を机に戻した。
ルーシーは膝の上で、こっそり指を折った。バルドリック。フィンレイ。ロウェナ。エステル。カルヴァン。それに、ブレイデン。
六人。
七つ目を探した人さし指が、行き場をなくして、自分の胸もとで止まった。
エドガーの視線が、ルーシーへ向いた。
「お前」
「はい」
「最初に会った日、俺はお前の装備を見て、分不相応だと言った。ランク詐称か、訳ありか、ともな」
ロウェナが頬杖から顎を浮かせ、バルドリックが椅子をきしませて座り直す。
エドガーは、袖口の擦れた腕を、机の上で組み直した。
「荷は着いた。……あの言葉は、取り消す」
いつもと同じ、感情を乗せない声だった。それなのに、部屋の誰も、身じろぎしなかった。
「悪かった。お前は『仕事ができる』」
ルーシーは、すぐには返事ができなかった。
気づくと、胸もとで止まっていた人さし指を、ゆっくり折っていた。
「ありがとうございます」
声が、少しかすれた。
「帳簿に、礼の欄はない。次もそう動け」
エドガーの声は、やはり平らだった。
ブレイデンが、封筒を指で机の中央へ押し戻した。それから、エドガーのほうへ顎をしゃくった。
「あんたが謝るのは、紙を出すより珍しいな」
「うるさい。金の話は、マーサからだ」
マーサが革袋を二つ、机に置いた。ずっしりとした音がする。
「内訳は聞くか?」
「聞く。勘定の合わない金は、受け取らない主義だ」
マーサが内訳を読み上げた。往路、別枠、雑務、計上。半分も分からなかった。『薪』のところでだけ、マーサの目が、ちらりとこちらへ来た。
フィンレイは指を折って何かを数え、途中で諦めて、その手で頬を掻いていた。
「――それと、ルーシー。あなたに」
そこだけは、はっきり分かった。
マーサが小さな袋を一つ、ルーシーの前に置いた。さっきの二つよりずっと小さいが、置いたときの音は重い。
袋の口を開けて、そっと閉じた。それから、もう一度開けた。
銀貨だ。思っていたより、ずっと多い。
(え、これ、桁が)
「あの、これ、多くないですか。荷を、少し下ろしただけで」
「規定よ。倉庫の人手を一人、雇わずに済んだの」
ルーシーが袋を押し戻しかけると、インクの染みた指が、上から袋の口を押さえた。
「返されると帳簿が狂う。受け取れ」
「受け取ります」
(冬の外套が買える。当分、ご飯の心配もない。……あと、串焼き)
口元を引き締めた。引き締めたつもりの顔を、エステルが横から覗きこんだ。
「串焼き、って書いてあるわよ。顔に」
ルーシーは、両手で頬を押さえた。
エドガーが立ち上がる。
「これで締める。明朝、解散だ」
それから、ルーシーに目を戻した。
「剣、使いこなすまでに自分を壊すな。荷より先に護衛が潰れると、次は買えん」
「はい」
◇
倉庫の外に出ると、昼の光が眩しかった。
フィンレイが大きく伸びをした。
「エドガーの爺さんが謝るの、初めて見たぞ」
「あたしも」
ロウェナが弦を指で弾いて、ぴん、と鳴らした。
「明日、雨が降るね」
ブレイデンは荷車の陰で護衛班の袋を開け、銀貨を一人ずつに渡していった。バルドリック、フィンレイ、ロウェナ、エステル、カルヴァン。最後に、ルーシーの手のひらにも同じ枚数が落ちた。
バルドリックが、大盾の鋲を一つ、指で弾いた。
「新入りに同じかよ」
「同じ荷を守った。払いも同じだ」
バルドリックは口をへの字に曲げ、それから大盾の角で、ルーシーの肩を軽く小突いた。
「文句じゃねえよ。俺の新入りの頃は、半分だった」
ルーシーは手のひらの銀貨を見下ろした。さっきの袋とは、別の重さがあった。
ブレイデンが歩き出しながら、振り返らずに言った。
「今夜は二本裏の酒場だ。払いは、班の袋から出す。……好きなだけ食え」
次で35話終わります。あと一部・・・
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